VSグリフォン リンクス再び
ドゥラーゴを出て二日が経ち、だいぶ三人と打ち解けたフェイ。ぴるぴるとも仲良くなり、たまにぴるぴるはフェイの頭にも乗っていた。
「さて、もうすぐでリンクスに着くね」
リヴィが楽しみだよ、と言った。夕霧もオレンジジュースの味を思い出しにやにやし始める。
「またオレンジジュースのこと考えてるの?もう、お姉ちゃんの食いしんぼ~」
と、笑うフェイ。リンクスの話題が出るたびにオレンジジュースのすばらしさを語っていたのだ、仕方ないだろう。
「うるさいな、人間食べることは超大事なんだよ」
口を尖らせる夕霧。
しかしにやける表情は変わらない。もうすぐでリンクスの村に着くのだ、仕方ないだろう。風景が見覚えのあるものに変わるにつれて、三人は違和感を覚え始めた。
もうすぐ着くはずの村が見えてこないのだ。
「道、間違えたかな」
と、トーガ。
「そんなはずないでしょ、いつも通りに歩いてきたんだから」
この辺もリヴィの庭らしい。彼は学生時代、ヴィペールくらいまでなら一人で足を伸ばし探索をしていた。
しかし、リヴィも不安に思ったのか魔法でリンクスを探し始める。
「コークシーティオ(探せ)」
氷人形に指示を出すが、人形たちは困ったように動かない。
「どうしたのさ」
リヴィは眉をひそめる。
「なぁ、ここもしかしてもうリンクスなんじゃね?」
夕霧が少し青ざめた表情で、とある場所を指差す。
そこは確かに酒場があった場所だ。少し手前の広場にあった噴水の跡がその証拠。
夕霧が指差す噴水の跡は、見るも無残に破壊されている。
荒れ地。リンクスは、その言葉がぴったりと似合う土地になっていた。
「一体誰がこんなこと……」
呆然と呟くトーガ。リヴィは辺りを見回し警戒心を強める。自然災害でここまでなるわけがない、誰かが故意にやったとしか思えない程にリンクスは荒れ果てていた。ぴるぴるは怯え、夕霧のジャージに入り込んでしまっている。
辺りを見回しながらリンクスだった場所を歩きまわると、フェイが街の外れに瓦礫の山を発見した。
「これ、リンクスの村の建物だったんじゃないかな……」
トーガが呟く。確かにリンクス特有のこげ茶色をした木片が多く積み上がっている。
これで確定した、リンクスを襲ったのは悪意ある誰かだ。
「村人たちは逃げられたのかね……」
山猫事件でできた、何人かの友人。マスターだって心配だ。夕霧が呟くと、ぴるぴるがもぞり、と動く。大丈夫だよ、とでも言うかのようにぺちぺち、と夕霧を優しく撫でるぴるぴる。
「ん、ありがと」
夕霧はジャージ越しに彼を撫でた。
「死体が残ってない以上、生きてる可能性があるよ」
瓦礫の山を見る限り死体は刺さっていない。
どこかへ逃げたのだろうと三人が話していると、いきなりフェイが、びくん、と体を跳ねさせ辺りを見回し始めた。
「やだ……怖い、怖い人がいるよ!」
指差した方向に、いつの間にかチンピラ風の男とマッチョの男が立っていた。
「誰……?」
リンクスの村に、こんな二人組はいなかったはずだ。三人はフェイを守るように二人組に向かい立つ。
チンピラ風の男が、動いた。
リヴィの前に立ち、目を合わせると。
「探してたんだぜぇ? リヴァイア君よぉ」
と言った。リヴィは眉間に皺を寄せながら彼を睨んだ。
「僕を、探す? なんの目的があって?」
くっくっく、と笑うチンピラ男。
「知らねーの? オレたちみたいな奴がお前を探す理由……一つしかねーだろ」
なぁ? と、リヴィの反応を見て楽しんでいるチンピラ男。
「レディ・サタンの一人息子、リヴァイア君よぉ」
ピシリ、と空気が凍った。
まだそう決まったわけじゃない、と反論しようとする夕霧だが、それを手で制すリヴィ。
「どうしてそう思うの」
彼の眼光が強くなる。チンピラ男はそれを見て楽しそうに笑った。
「そりゃ父親がこのオレだからだよ。レディの右腕であるこのオレがな」
凍った空気が割れる音がする。少しの間が空いた。
「……嘘だ」
リヴィが絞り出すような声を出す。
「嘘なもんか、オレが正真正銘てめぇの父親だ……見ろよ、目つきなんて超そっくりだろ、鏡でも見てるのかと思ったぜ」
確かに目つきはそっくりだ。しかし……
「僕の父は貴方じゃない。何故なら僕はただの魔法使いで、貴方の属性を受け継いでいない。レディ・サタンは魔法使いだった、けれど人間だ。人間と幻獣が交わってできた子供には強く幻獣の属性を引き継ぐ。幻獣の血が強いから……ねぇ、フィオル・グリフォン。レディ・サタンの右腕であり一番の狂信者だ」
すらすらとチンピラ男を論破していくリヴィ。話すにつれてフィオルの澄ました顔が崩れていった。
「っち。レディの息子を手に入れようとこんなつまんねぇ場所まで来てやったっていうのに……」
「この村は犬死にってわけだな」
マッチョがニヤニヤしながら三人を見る。その言葉を聞いて、夕霧が刀を握った。
「お前らがリンクスを……」
怒りに震える夕霧。今にも刀を抜いて飛びかかって行きそうだが、それを必死にトーガが抑えている。
しかし、ジャージの中に隠れていたぴるぴるにまで気が回らなかった。
ジャージから白い霧が溢れだし、それと共に化け狐が飛び出した。
「貴様、よくもリンクスを!」
象のように大きな牙を突き立てようとフィオルに飛びかかるが、フィオルはまったく動じない。
「はははっ! 低俗な獣がちょっと長生きしたくらいでオレに立てつこうとはな!」
フィオルは狐に化けたぴるぴるに手を伸ばし、首に手を掛けると……
ボキィ
乾いた空気は音を良く伝える。ぴるぴるの首の骨が折れる音が、夕霧の耳に響いた。
「あっけねぇもんだぜ……ん、まだ子供か。持って帰って鍋にするのも良さそうだな」
即死。フィオルに投げ捨てられ、地面に当たるまでにぴるぴるの変化は解けていた。苦しむ間もなく、息が途絶えたのだろう。
「ぴる……! おいてめぇぴるぴるに触んな! 離せ、トーガ! あいつを殺してやる!」
夕霧はもう周りが見えていない。見えるのは、フィオルがぴるぴるを殺した、その事実だけ。トーガを振り払うと、刀を抜きフィオルに切りかかった。
「夕霧!」
「お姉ちゃん!」
トーガとフェイの止める声も彼女には届かない。フィオルの怖さを知っているリヴィも、彼女を止めようと魔法を放つが、間に合わなかった……ガキィ、と刀が硬いものに当たり弾き飛ばされる夕霧。
「人間の刃ごとき、オレに届くかよ……そんなにこの汚ぇ子狸が大事か」
フィオルはプレゼントだ、と倒れる夕霧にぴるぴるの死体を投げ捨てた。
「おっと、人間ごときがこのオレに斬りかかってきたんだから、その程度の怪我で収まるとは思ってないよなぁ」
チャキ、と二丁の銃が夕霧に向けられる。
それと同時にマッチョがトーガとフェイの動きを封じようと二人を襲った。
リヴィは二人を凍らせようとしたが、フィオルの方が早い。
夕霧の足を撃ち抜くと同時にリヴィに襲いかかりローブを破った。
「ちょ……僕そんな趣味ないんだけど! レディ・サタンに相手されなかったからって、僕に性欲向けるのはおかしくない? !」
抵抗しようにも、手を抑えつけられているリヴィ。これでは魔法を使っても狙いが定まらないため、攻撃魔法をしても仲間に当たっては意味がない。
「黙れ、俺だってそういう趣味はねーよ!」
口ではそう言っても、どこかにやついているフィオル。
誰に当たってもいいから魔法を乱発しようか、なんて思うリヴィだったが、ちらりと夕霧を見た。足元に血だまりができていて、気を失っているらしくぐったりとしている。もし彼女に当たってしまっては止めを刺すことになりかねない……魔法は使えなさそうだ。
リヴィのローブがどんどんはだけていく。
「あった……」
フィオルはリヴィの持ち物から宝石を取り出した。太陽の光を浴びて、怪しく青く光る。
それは、リヴィがリンクスの村で、山猫と戦った時に失敬したものだった。
「見つけたんだな、フィオル!」
マッチョがそれに気を取られ、隙を作る。
それが仇となったようだ。
フェイは元の姿に戻り、トーガを傷つけないようにマッチョだけを狙い彼を切り裂いた。
「うわ……うわぁあああああああああ」
マッチョマンは元に戻る暇もなくご臨終。
さすがに分が悪くなったと感じたのか、フィオルは元の姿に戻り空高く舞い上がり逃げの姿勢に入る。
みるみる小さくなっていくフィオルの背を、フェイの咆哮だけが空しく追っていった。




