1-25 貫く思い
流血・死亡の描写があります。苦手な方はご注意ください。
「馬鹿な…終焉属性に防御呪文などあるわけが無い!」
「じゃあ、目の前にあるこれは何だよ?」
揺るがぬ薄い光の壁を見て、男は苦々しげに呻く。それがどんな術であれ、終焉属性の攻撃を受けきって小揺るぎもしないということは、男にとって…いや、誰にとっても信じがたいことであった。
苦悩の表情で呻く男。隙だらけの彼を前にして、ティアは何もせず立っていた。…いや、何も出来なかった。
(何だよ、この術…精神負担、半端じゃねぇ…)
背中にじっとりとかいた嫌な汗が気持ち悪い。ひそかに流れた冷や汗を、何気ない動作で拭いながら、ティアは思った。
多分、そう長い時間は発動させ続けられないだろう。下手したら倒れる…と。その前に、決着を…。
そう思っても、ティアの体は動かなかった。精神を全力で術の制御に傾けていないと、暴走してしまう…!
「ティア、もういい。術を解け」
涼しげな顔をしながらも、焦るティアの後ろから、レヴィンの声がした。必死で魔術の制御を保ちつつ、何とか後ろを振り返る。
レヴィンは、立っていた。まだ、顔色は悪いが、しっかりと大地を踏みしめて。
右肩の傷口に当てた手に、黄金色の光。地属性の回復術だと、ティアは悟る。地属性は発動が全属性中最も遅い代わりに、攻防回復、全て並以上の強さを誇る。時間さえあれば、傷の回復は容易い。
その更に後ろでは、セフィも立ち上がって、杖を構えて魔術発動を始めている。
ティアは、ふと微笑んだ。もう大丈夫だと、そう思って。
「はい…師匠」
魔力の放出を止め、構築していた術を放棄する。最後の一瞬まで、制御に手は抜けない。光の壁が空に溶け消え、ティア達を護るものが消えた、その瞬間…
「〈焼き清める紅蓮の大輪〉」
レヴィンが魔術を解放する。決して大きな声ではないのに、何故だかよく通る声。それと共に炎が地を舐めるように広がり、それに触れた終焉属性たちがばたばたと倒れていく。
火属性の特殊能力、浄化魔術の応用。『浄焔』のレヴィンの二つ名の元となったその術は、終焉属性たちを戒めていた洗脳術すら焼き払う。
守る者たちがいなくなった男に向かって、ティアは抜き身の剣をぶら下げて歩み寄る。
「お前さ、もう諦めたほうがいいぞ」
「まだだ!」
諦め悪く、男は腰のサーベルを抜き放ち、ティアに切りかかる。それは、それなりに素早いものではあったが、今のティアにとっては軽くいなせる程度のもの。
一瞬だけバスタードソードで受け止め、すぐに打点をずらして、刀身の上を滑らせる。勢いがついている分、受け流した後に出来る隙は大きい。体制を崩した男の手に、ティアは剣を突き刺した。
「ぐぁ…ッ!」
「終わりだ」
冷ややかな声で宣告し、彼の手から剣を引き抜く。今度こそ急所を狙い、振り下ろそうとした刃は…
「ティアさん! 殺すのはダメです!」
セフィの声で、一瞬止められた。
「甘いな、セフィ。一旦、剣を抜いたんだ。殺し殺される覚悟は出来てるだろうよ。それに、こいつを生かしておいたら、また同じ事を繰り返すだろう。…ここで、止めないといけないんだ」
「原因は、この国なんでしょう!? それでしたら、この人も被害者です!」
「お前な…どこまでお人よしなんだよ…」
呆れたような声で、ティアは言った。自分自身、奇麗事を貫こうとしているわけだが、ここまでではない、と思いつつ、気勢がそがれてしまったため崩れた構えを直し…
「そうだな。御主が正しい」
気づけば、その数瞬のうちに、男はティアの刃の下から逃れていた。しかし、形勢は定まっている。終焉属性たちは倒れ、男の利き腕も潰した。ティアが読み取った魔力の流れからして、男が魔術を使える様子はない。
再び油断なく剣を構えて、ティアは言った。
「なら、大人しくしたらどうだ?」
その声に、少々の苛立ちを込めて。しかし…男は嗤った。
「儂には、最後の任務が残っておる。ファルマフォルクの名誉を汚すわけにはいかん」
何故か…ティアは、酷く嫌な予感がした。
そう思った瞬間、ティアは走り出す。剣を構え、男の胸を貫き通し…
「…! ティア、やめろ!」
レヴィンが、気づいたように声を上げるも、もはや手遅れ。
「このネルス=デルハイトの命、くれてやろう。…御主らの命と引き換えに、な」
ぞぶり、と。手に伝わるのは、肉を貫く鈍い感触。
剣を伝う、生温い血。
それが、床に滴った、その瞬間…
男-ネルスの躰が、火を噴いた。
「…っぁ!」
痛みに近い熱を感じて、ティアはとっさに剣から手を離し、距離を取る。次の瞬間、ネルスであった火柱が爆散し…『白銀の炎』のアジト全体が、大きく揺れた。
「何だ、一体…!?」
全く訳がわからない、と、困惑もあらわにティアは叫ぶ。
「やられたな」
「師匠! 何が起こったんですか、これは」
その呟きを聞きとめて、ティアはレヴィンに問う。レヴィンは、既に跡形もなくなった『ネルス』がいた場所を一瞥し、言った。
「命を魔術の対価とし、強引に暴走させた。すぐに、ここは爆発するぞ」
「…って、何ですか、それ!? オレそんなの知りませんよ!」
「言ってる場合じゃない。とっとと脱出するぞ。…おい、そこの。お前もだ。死にたくなかったら、逃げろ」
「は…はい!」
放心していたセフィも、レヴィンの言葉で我に返る。慌てて走り出したセフィに、ティアも続こうとして……
「……は…っ…」
唐突に、世界が揺らいだ。
何だか、頭が痛い気がして。何故か、天井が見えている。
倒れたのだ、とティアが理解するまでに、しばしの時間を要した。
「おいティア! 起きろ! この馬鹿弟子!!」
(馬鹿弟子は、酷いな、師匠……)
軽口を叩こうとするも、唇からはか細い吐息が漏れるだけ。
(ああ、どうしよう…。体が……動か、な…い………)
そして、ティアの意識は闇に飲まれた。




