↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸と恵の物語  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/64

三十年後 ― 幸の結婚式

 エピローグ

 三十年後 ― 幸の結婚式


 一九七五年、夏。


 被爆から三十年。


 長崎の町は、復興を遂げていた。


 龍弥は五十二歳。


 夏菜子は五十二歳。


 二人で築いた家庭には、笑いが絶えなかった。


 長女・幸は二十七歳。


 次女・恵は二十五歳。


 長男・勝一は二十三歳。


 それぞれが自分の人生を歩み始めていた。


 そして、その夏。


 長女・幸が結婚する日を迎えた。


 相手は、佐賀県鹿島市出身の青年。


 田中嶺二。


 誠実で穏やかな人柄に、龍弥も夏菜子も安心して娘を託せる青年だった。


 夏菜子の故郷へ


 結婚式は、夏菜子の故郷である佐賀県鹿島市で行われた。


 夏の青空。


 入道雲。


 蝉の声。


 白い百合が飾られた式場には、親族や友人たちが集まっていた。


 控室で、純白のドレスに身を包んだ幸は、鏡の前に立っていた。


「母ちゃん」


「何?」


「似合う?」


 夏菜子は少し目を潤ませながら微笑んだ。


「よう似合うよ」


「世界一きれい」


「ほんと?」


「今日はね」


「今日は?」


「明日からは普通に戻る」


「母ちゃん、そういうこと言う」


 二人は笑った。


 父と娘


 式が始まる前。


 龍弥は娘の前に立った。


 白い手袋。


 白いドレス。


 小さかった娘は、いつの間にか立派な女性になっていた。


「父ちゃん」


「何ね」


「泣かんでよ」


「まだ泣いとらん」


「目、赤い」


「気のせいたい」


「昔もそう言いよった」


 幸は笑った。


「目にごみが入っただけって」


 龍弥は思わず笑う。


「それ、誰に似たんやろうね」


「幸さん」


 二人は同時に答えた。


 静かな笑いが控室に広がる。


 バージンロード


 扉が開く。


 オルガンの音色が流れ始める。


 龍弥は娘の腕を取った。


 一歩。


 また一歩。


 ゆっくり歩いていく。


 祭壇の前には、田中嶺二が待っていた。


 真っすぐに龍弥を見つめる。


 龍弥は嶺二の前で立ち止まった。


「嶺二君」


「はい」


「幸を頼みます」


 嶺二は深く頭を下げる。


「必ず幸せにします」


 龍弥は娘の手を嶺二へ預けた。


「ありがとう」


 その一言しか出なかった。


 誓い


 司式者の言葉が静かに響く。


 二人は誓いの言葉を交わす。


 指輪を交換する。


 拍手が起こる。


 夏菜子は静かに涙をぬぐった。


 隣では恵も泣いている。


「お姉ちゃん」


「とうとう結婚したね」


「うん」


「でも、家では相変わらずやったよね」


「昨日まで勝一のお菓子取ろうとしよった」


「最後までやめんかった」


 勝一が苦笑する。


「姉ちゃんらしか」


 天国から


 その頃。


 青く澄んだ空の上。


 雲の向こうから、多くの人々が式場を見守っていた。


 幸。


 恵。


 勝男。


 大村勝一。


 節子。


 原田正勝。


 山崎区長。


 伊藤勝。


 そして龍弥の父と母。


 皆が穏やかな笑顔で立っている。


 幸は、花嫁姿の幸を見て目を丸くした。


「わぁ……」


「きれい」


 恵も微笑む。


「ほんとに」


「幸ちゃん、大人になったね」


 勝男は少し照れながら言う。


「幸さんも、もし生きていたら、こんな日があったんでしょうね」


 幸は静かにうなずく。


「うん」


「でも」


「この幸ちゃんが幸せなら、それで十分たい」


 節子が目を細める。


「龍弥さんも約束守ったね」


 勝一もうなずいた。


「ちゃんと生き抜いた」


「ちゃんと家族ば作った」


「ほんによかった」


 祝福


 恵は空から妹のように新しい幸へ語りかける。


「幸ちゃん」


「いっぱい笑って」


「いっぱいけんかして」


「いっぱい旅行して」


「北海道にも行ってね」


 幸も笑う。


「駅弁は一人一個よ」


 勝男が笑いながら言う。


「そこは最後まで変わりませんね」


「大事なことやけん」


「食べ物は平等たい」


 皆が笑った。


 龍弥の空


 披露宴が終わり。


 夕暮れ。


 龍弥は一人、式場の庭へ出た。


 夏の風が吹く。


 空を見上げる。


「幸さん」


「恵さん」


「勝男さん」


「勝一さん」


「節子さん」


「みんな」


「見とるやろ」


 龍弥は微笑んだ。


「約束どおり」


「幸せに暮らしました」


「子どもたちも」


「立派に育ちました」


「ありがとう」


 その瞬間。


 やわらかな風が吹き抜けた。


 百合の花びらが、一枚だけ空へ舞い上がる。


 幸と恵の物語


 空の上。


 幸は恵へ笑いかけた。


「終わったね」


 恵もうなずく。


「うん」


「でも」


「終わりじゃなかね」


 地上では。


 新しい幸が、嶺二と並んで歩き始める。


 その後ろには。


 龍弥。


 夏菜子。


 恵。


 勝一。


 家族の笑顔。


 幸は静かに言った。


「名前は受け継がれた。」


「でも」


「人生は、それぞれ違う。」


 恵が続ける。


「それでよか。」


「それが一番うれしか。」


 夕焼けの空を背景に。


 二人は手をつないで歩き出す。


 その向こうには。


 蒸気機関車が白い煙を上げながら、ゆっくりと未来へ向かって走っていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。