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幸と恵の物語  作者: リンダ


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何も落とさない飛行機

『幸と恵のものがたり』


第36話 何も落とさない飛行機


昭和二十年、夏。


広島の空には、以前より敵機が姿を見せることが増えていた。


空襲警報が鳴る日。


鳴らない日。


高い空を通過するだけの日。


町の上を大きく旋回し、そのまま去っていく日。


爆弾を落とさない飛行機。


機銃掃射もしない飛行機。


ただ、広島の町を上空から眺めるように飛び続ける機体。


人々は、その正体を知らなかった。


「偵察機かもしれん」


そう話す者もいた。


「天気ば見に来たんじゃろ」


と冗談めかして言う者もいた。


「爆弾を持っとらんかっただけじゃ」


と胸をなで下ろす者もいた。


けれど、誰にも確かなことは分からない。


分からないまま、人々は空を見上げた。


一 広島の夏空


その日の朝。


幸は鉄道官舎の共同井戸から戻る途中だった。


桶には、ようやくくみ上げた水。


額には汗。


空は、夏らしい青さを見せていた。


雲は少ない。


遠くの山並みまで、はっきり見える。


「あつかねぇ」


幸は一人でぼやいた。


「長崎も暑かったけど、広島も負けとらん」


そのときだった。


遠くから、低い音が聞こえた。


最初は、蒸気機関車の排気音かと思った。


だが、音は空から来ている。


幸は立ち止まった。


桶を地面へ置き、手をかざして空を見る。


高い。


かなり高いところ。


銀色の機体が、夏の陽光を反射していた。


「飛行機?」


近くにいた官舎の女性たちも空を見上げる。


三宅澄江が、幼い娘のいない静かな家から出てきた。


「また来たんかね」


「澄江さん、あれ何です?」


「分からんよ」


「警報、鳴っとらんですよね」


「うん」


飛行機は、広島の上空をまっすぐ通過しなかった。


少し大きく旋回する。


町を確かめるように。


川の流れ。


橋。


駅。


機関区。


工場。


住宅地。


まるで何かを記憶するかのように。


「なんか、気味悪かね」


幸が言った。


澄江も顔を曇らせる。


「爆弾、落とさんのんかね」


「落とさんなら、何しに来たと?」


誰も答えられない。


二 空襲警報の鳴らない朝


町内の防空係も、敵機の姿を確認していた。


だが、警報は鳴らなかった。


その頃には、敵機の飛来が珍しくなくなり、すべてに十分な対応を取ることは難しくなっていた。


迎撃する戦闘機の姿も見えない。


高射砲の音も聞こえない。


飛行機は、誰にも止められることなく広島の空を飛んでいる。


幸は、その光景に違和感を覚えた。


「日本の飛行機は?」


澄江が尋ねる。


幸は首を横に振る。


「来んですね」


「追い払わんのん?」


「分からん」


敵機が町の上を飛んでいる。


それなのに、空は静かだった。


戦争の初め頃。


ラジオや新聞は、日本の空は守られていると伝えていた。


敵機を近づけない。


本土は安全。


そう聞かされてきた。


だが現実には、アメリカ軍機が日本の都市上空を飛び。


迎撃も受けず。


自分たちの好きな方向へ旋回し。


そのまま去っていく。


「守られとらんやん」


幸は、小さく呟いた。


澄江が周囲を見る。


「幸さん」


「分かっとります」


声を落とす。


「でも、見たら分かることやろ」


誰も追い払わない。


誰も止められない。


その事実は、新聞を読まなくても空を見れば分かった。


三 広島機関区の勝男


同じ頃。


広島機関区でも、勝男たちが空を見上げていた。


D51の足回りを点検していた勝男は、工具を持ったまま動きを止めた。


藤原重治も、機関車の脇から空を見る。


「また来とるのう」


「あれ、何をしよるとですか」


勝男が尋ねる。


「分からん」


藤原は短く答えた。


「爆弾は落とさん」


「はい」


「機銃も撃たん」


「はい」


「じゃが、ただ通り過ぎるだけにも見えん」


飛行機は広島駅の方角へ進み。


そこから少し旋回する。


勝男は目を細めた。


「町ば見よるように見えます」


藤原は黙った。


鉄道員たちは、誰も大きな声を出さない。


しかし、同じ不安を抱いている。


駅。


機関区。


操車場。


燃料施設。


軍需貨物列車。


鉄道は、空襲の標的になり得る。


呉で、その現実をすでに見た。


「もし偵察なら」


勝男が言いかける。


藤原が低い声で止める。


「決めつけるな」


「はい」


「じゃが」


藤原は空を見たまま続ける。


「用心はしとけ」


「はい」


「何も落とさん飛行機ほど、次に何をするか分からん」


その言葉が、勝男の胸へ残った。


四 何も起きなかった


飛行機は、しばらく広島上空を飛んだあと、南西の方角へ去っていった。


爆弾は落ちなかった。


建物も壊れなかった。


火災も起きなかった。


負傷者も出なかった。


何も起きなかった朝。


人々は、少しずつ日常へ戻った。


共同井戸の列。


配給所。


工場。


路面電車。


機関区。


洗濯物。


子どもの泣き声。


遠くの汽笛。


しかし、一度空を見上げた人々は、しばらく視線を戻せなかった。


「あれは何やったんかね」


幸は、桶を持ち直しながら言った。


澄江が答える。


「ほんまに、何じゃったんじゃろ」


「爆弾ば落とさんなら、来んでもよかとに」


「向こうにも、何か目的があるんじゃろうね」


「目的」


幸は、もう一度空を見る。


何もない。


青い空だけ。


だが、先ほどまでそこに敵機がいた。


「なんか嫌か」


「うん」


「空だけは、昔と変わらんように見えるとにね」


澄江は答えなかった。


五 夕食の話


その夜。


勝男が官舎へ帰った。


「ただいま」


「お帰りなさい」


幸は、いつものように迎えた。


食卓には、薄い麦粥。


少量の野菜。


勝男が座ると、幸はすぐに話し始めた。


「今日、飛行機見た?」


「見ました」


「なんかよう分からんやつ」


「はい」


「警報も鳴らんかった」


「はい」


「爆弾も落とさんかった」


「はい」


「何しに来たと?」


勝男は箸を置いた。


「分かりません」


「勝男さんでも?」


「鉄道員ですから」


「飛行機も乗り物やろ」


「何でも分かるわけではなかです」


幸は少しむっとする。


「町ばぐるっと見よったように見えた」


「俺もそう思いました」


「機関区も?」


「たぶん」


「嫌な感じした?」


「しました」


二人は黙った。


「藤原さんは何て?」


幸が尋ねる。


「何も落とさん飛行機ほど、次に何をするか分からんって」


幸の表情が曇った。


「怖かこと言うね」


「はい」


「でも、ほんまかもしれん」


「はい」


幸は、しばらく粥を見つめた。


「長崎にも飛びよるとかな」


「飛んどるかもしれません」


「恵たち、大丈夫かな」


「手紙を書きましょう」


「うん」


六 恵への手紙


食事のあと。


幸は、小さな机へ向かった。


紙は貴重だった。


一枚を無駄にしないよう、文字を詰めて書く。


『恵へ。


体は戻った?


ちゃんと食べよる?


龍弥さんから手紙は来た?


こっちは今日、なんかよう分からん飛行機が広島上空を飛んどったんよ。


警報も鳴らんかった。


爆弾も落とさんかった。


機銃も撃たんかった。


ただ、町の上をぐるっと回って、何か見よるように飛んでいった。


あれは何やったんかね。


勝男さんも分からんって。


鉄道員のくせに、飛行機のことは分からんらしい。


役に立たんね。


勝男さんは横で怒っとる。


うちは少し気味が悪かった。


町ば覚えに来たみたいやったけん。


でも、何も起きんかった。


今日は無事です。


恵も、そっちで変な飛行機ば見たら、空ば見過ぎんで、すぐ安全なところへ行ってね。


幸』


勝男が横からのぞく。


「役に立たんって書いたとですか」


「事実やろ」


「飛行機のことまで求められても困ります」


「鉄道員は乗り物の専門家やないと?」


「鉄道の専門です」


「狭かね」


「専門というのは、そういうものです」


幸は笑った。


「恵に伝わるよう、絵も描こう」


「飛行機の?」


「うん」


七 幸の絵


幸は、手紙の余白へ鉛筆を走らせた。


広島の町。


川。


橋。


小さな鉄道官舎。


遠くの機関区。


その上に、飛行機を一機。


大きく描いた。


勝男が見る。


「これは飛行機ですか」


「そうたい」


「鳥に見えます」


「翼があるやろ」


「鳥にもあります」


「なら、機体に窓ば描く」


「窓、見えたとですか」


「想像」


飛行機の横には、矢印。


「ぐるっと回った」


と文字を書く。


さらに、地上で空を見上げる幸。


隣には桶。


その横に澄江。


「幸さん、自分ば大きく描きすぎでは」


「主役やけん」


「手紙の主役は飛行機でしょう」


「うちが見た飛行機やけん、うちも必要」


勝男は呆れたように笑った。


幸は、最後に飛行機の横へ小さく書いた。


『なんやろ?』


そして、地上の自分には吹き出しをつけた。


『爆弾落とさんなら、何しに来たと?』


勝男が言う。


「恵さん、きっとツッコみますね」


「何て?」


「飛行機に直接聞いても答えんよって」


幸は少し笑った。


「やっぱり、恵のツッコミがないと物足りんね」


八 長崎へ向かう手紙


翌朝。


幸は手紙を郵便へ出した。


広島から長崎へ。


鉄道で運ばれる。


途中、空襲や運行障害で遅れるかもしれない。


検閲で開かれるかもしれない。


それでも、恵へ届くことを願った。


手紙の中には。


幸の言葉。


勝男への軽い悪口。


広島の町。


そして、空を旋回した正体不明の飛行機の絵。


幸は郵便箱へ入れたあと、しばらく手を置いていた。


「ちゃんと届いてね」


九 長崎の恵


数日後。


長崎の大村家。


恵は、まだ完全には体力を取り戻していなかった。


それでも布団から起き上がり、家の中を少し歩けるようになっていた。


郵便配達員が来る。


節子が封筒を受け取った。


「幸からよ」


恵の顔が明るくなる。


「本当?」


「絵が入っとるみたい」


恵は手紙を受け取り、ゆっくり開いた。


文字を読む。


幸の変わらない調子。


勝男を役に立たないと書く姉。


そして余白いっぱいに描かれた飛行機。


恵は、しばらく絵を見つめた。


「これ、飛行機?」


節子がのぞく。


「魚が飛んどるようにも見えるね」


恵が吹き出した。


「お姉ちゃん、絵も音痴やん」


久しぶりに、しっかりしたツッコミが出た。


節子も笑う。


「幸が聞いたら怒るよ」


「手紙に書く」


恵は絵をさらに見る。


大きな幸。


小さな官舎。


空を飛ぶ魚のような飛行機。


『爆弾落とさんなら、何しに来たと?』


その吹き出し。


笑えるはずなのに。


恵の胸へ、不安が残った。


「広島の町ば見よるように飛んだって」


「うん」


「何でやろ」


節子も表情を曇らせる。


「偵察かもしれんね」


「偵察?」


「詳しかことは分からんけど」


「町ば調べよったってこと?」


「そうかもしれん」


恵は、姉の描いた飛行機へ指を置いた。


「幸姉ちゃん」


小さく呟く。


「空ば見過ぎんでって書いた本人が、一番見よるやん」


十 恵の返事


恵は、すぐに返事を書いた。


『幸姉ちゃんへ。


手紙と絵、届きました。


あれは飛行機やなくて、羽の生えたメイボやろ。


飛行機も音痴な絵になるとね。


勝男さんへ。


お姉ちゃんの絵を止めてください。


でも、その飛行機は少し気味が悪かね。


町ば見よるように回ったなら、何か調べよったのかもしれん。


お姉ちゃんこそ、空ば見上げすぎんで。


警報が鳴らんでも、変だと思ったら防空壕へ行って。


勝男さんも、お姉ちゃんば一人にせんでね。


うちは少しずつ元気になっています。


龍弥さんからも葉書が来ました。


生きとるって。


四人とも、今は生きとる。


それを大事にしよう。


恵』


書き終えたあと。


恵は、幸の絵を丁寧に畳んだ。


枕元へ置く。


龍弥の葉書の隣。


姉の手紙。


夫の葉書。


離れた大切な人たちの言葉が、恵のそばに並んだ。


十一 防空の限界


広島では、その後も高い空を飛ぶ敵機が現れた。


警報が鳴ることもあった。


鳴らないこともあった。


一機だけ。


あるいは数機。


町の上を通り過ぎる。


日本側の防空体制は、すでに大きく弱っていた。


燃料がない。


戦闘機が足りない。


熟練した搭乗員も失われている。


高高度を飛ぶ敵機を、十分に迎撃することはできない。


人々は、その事情を詳しく知らない。


だが、空を見れば分かった。


敵機が来る。


日本の飛行機は来ない。


敵機は好きな方向へ飛び。


自分の判断で去っていく。


「守るって、何ね」


幸は、官舎の窓から空を見ながら言った。


澄江が隣で答える。


「国は守っとるって言うとるね」


「でも、あの飛行機は止められん」


「うん」


「うちら、自分で逃げるしかなかと?」


澄江は、三次へ疎開した千代からの手紙を胸へ抱いた。


「もう、そうなっとるんかもしれん」


十二 空を見上げる勝男


機関区。


勝男は、列車の点検をしながらも空を気にしていた。


藤原が言う。


「上ば見過ぎるな」


「はい」


「足元のボルトば見落としたら、それこそ事故じゃ」


「はい」


「じゃが、音は聞いとけ」


「はい」


列車を守る。


空も警戒する。


線路も見る。


機関車の状態も確認する。


戦争が悪化するほど、現場へ求められることは増えていった。


「藤原さん」


「何じゃ」


「あの飛行機、また来ますかね」


「来るじゃろう」


「何を見とるとですか」


「広島の町じゃないんか」


「何のために」


藤原は、しばらく答えなかった。


「攻撃する場所を、先に見ることはある」


勝男の手が止まる。


「なら」


「分からん」


藤原は強く言った。


「確かなことじゃない」


「はい」


「じゃが、覚悟だけはしとけ」


「はい」


「幸さんにも、防空壕の場所をもう一度確認させえ」


勝男は深くうなずいた。


十三 防空壕の確認


その夜。


勝男は幸と一緒に、官舎近くの防空壕を確認した。


入口。


避難経路。


水桶。


砂。


非常用の布。


持ち出せる最低限の荷物。


「ここまでせんばと?」


幸が尋ねる。


「念のためです」


「何も落とさんかった飛行機やろ」


「次もそうとは限りません」


幸の顔が曇る。


「やっぱり、あれ偵察やったと思う?」


「分かりません」


「勝男さん、分からんばっかり」


「嘘ば言うよりよかでしょう」


「それはそうやけど」


勝男は幸の肩へ手を置いた。


「警報が鳴ったら、すぐ入ってください」


「勝男さんは?」


「機関区です」


「また別々?」


「はい」


幸は防空壕の暗い入口を見る。


「嫌かね」


「はい」


「うち、一人で入ると?」


「澄江さんたちと一緒です」


「でも、勝男さんはおらん」


「仕事です」


幸は唇をかんだ。


「必ず帰ってきて」


「はい」


「空襲の日も」


「はい」


「絶対」


「約束します」


十四 何も落とさないことの恐怖


普通なら。


爆弾が落ちなければ安心する。


何も壊れなければ喜ぶ。


怪我人が出なければ胸をなで下ろす。


だが、何度も敵機が来て。


何もせず。


町を見て。


去っていく。


その繰り返しは、別の恐怖を生んだ。


次は何をするのか。


どこを狙うのか。


いつ来るのか。


なぜ今は何もしないのか。


人々は、何も起きなかった空を見て不安になった。


爆発音のない朝。


火災のない町。


壊れていない家。


それでも、確実に何かが近づいている。


そんな感覚だけが残った。


十五 絵に残った空


幸は、恵へ送った絵と同じものを、もう一枚描いた。


広島の町。


川。


橋。


機関区。


官舎。


空を旋回する飛行機。


今度は、勝男から指摘されたため、少し機体らしく描こうとした。


だが、やはりどこか鳥にも魚にも見える。


「また描いたとですか」


勝男が尋ねる。


「記録たい」


「記録?」


「あとで、あの日の飛行機は何やったんか分かるかもしれんやろ」


「はい」


「戦争が終わったら、恵と見比べる」


「はい」


「あれは偵察やったねって笑えるかもしれん」


「笑えるとよかですね」


幸は、絵の下へ日付を書いた。


昭和二十年、夏。


そして一言。


『何も落とさんかった日』


その絵は、官舎の小さな箱へしまわれた。


白い髪飾り。


恵からの手紙。


龍弥の木製機関車。


原田から勝男へ送られた手紙。


夫婦の大切なものと一緒に。


十六 広島を測る目


幸たちは知らなかった。


高い空を飛ぶ機体が。


広島の天候。


雲の量。


地形。


町の広がり。


軍事施設。


川と橋。


目標となる場所。


そうしたものを確認している可能性を。


知らなかった。


その空が。


一か月もしないうちに。


人類が初めて都市へ使用する原子爆弾を抱えた爆撃機の通り道になることを。


幸は知らない。


勝男も知らない。


藤原も。


澄江も。


広島の町で暮らす誰も知らない。


だから。


人々は、その日も働き。


食事を作り。


手紙を書き。


汽車を走らせ。


家族の帰りを待った。


十七 長崎でも


長崎の恵は、姉から届いた飛行機の絵を何度も見ていた。


「変な絵」


そう言って笑いながら。


その紙を大切にしていた。


龍弥の葉書の隣へ置く。


「幸姉ちゃん」


恵は絵へ話しかける。


「戦争が終わったら、絵の練習もせんばね」


そして、飛行機の横へ小さく書き加えた。


『これは飛行機ではありません。姉の想像上の生き物です。恵』


姉へのツッコミ。


いつもの双子の掛け合い。


離れていても続く、何気ない笑い。


だが。


その絵を描いた幸と。


ツッコミを書き加えた恵。


二人の上空へ。


やがて別々の原子爆弾が運ばれてくる。


広島と長崎。


二つの町。


二人の姉妹。


同じ夏空の下で。


運命は、静かに近づいていた。



次回予告


広島上空を旋回した、何も落とさない飛行機。


幸はその姿を絵に描き、長崎の恵へ送る。


「これは飛行機ではありません。姉の想像上の生き物です」


恵はいつものようにツッコミを書き加え、姉妹は離れた町で笑い合った。


しかし、広島の空を観測する飛行は続く。


昭和二十年七月。


日本各地では、空襲によって鉄道網も大きな被害を受け始める。


橋が壊され。


線路が寸断され。


駅が焼かれ。


機関車が失われる。


広島機関区にも、損傷した機関車と負傷した鉄道員が次々と運び込まれる。


そして勝男は、空襲で傷ついた若い機関助手と出会う。


青年は、焼けただれた手を見つめながら言う。


「もう、石炭ば投げられん」


次回、第37話。


「焼けた手」


汽車を動かしてきた手。


家族へ手紙を書いた手。


その手さえも、戦争は奪おうとしていた。

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