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短編書庫  作者: 三日坊主
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2/2

エネルギー研究記録 194

久々の投稿になります。

今回の作品は少しグロテスクな場面や残酷な描写があると思われます。なので閲覧される際には注意して下さい。

「1500でどうだろうか。」

「3000だ。これは譲れんと何度も言っているだろう。」

「分かった…2000にしよう。」

「この娘は見目が良いんだ。お前らの失敗しかしないような研究施設に入れなくても買い手は見つかる。」

「待ってくれ、3000出そう。3000で売ってくれ。」

「最初からそうすれば良いんだよジジイ。早く3000払え、金はあるんだろうな?」


 横に立っている少女は、目の前で己の価値を決められていると言うのに何も言わない。目は塗りつぶされたように黒く光を宿さない。人形のように美しく、人形のように何もしない。生きているのか、存在しているのかを疑いたくなるような少女は研究者の男が金の詰まった袋を差し出して初めて口を開く。


「お買い上げありがとうございます。」




 研究者の男と少女はそのまま車に乗り、研究所へと向かう。研究所は森の奥にあり一般人の目にはつかないように作られている。


「北部でフェリツィーヤ王国との戦争が激化しているのは知っているだろう。その戦争で我々の国が奴等に勝利する為に建てられたのが人間改造研究所だ。ここで人の体内にエネルギーを注入し、人工的に変化を生み出すのが僕達の仕事だよ。君にはこれから一緒に最終処理施設を見に行って欲しいんだ。」


 少女が頷いたのを見て研究者はエレベーターで最終処理施設に案内する。音声は無機質に最上階に着いた事を告げる。

 エレベーターのドアが開いた先には柵に囲まれた緑豊かな庭と池、そして異形の数々があった。ガラスの天窓から月の光が差し込み、形を成さない何かに降り注いでいた。


「ここが最終処理施設。研究者の間では最後の楽園って言われているんだ。

 今までラボフェーズで行われるエネルギー注入に耐えられなかった子供達が行き着いた先がここだよ。人間として社会で生きる事が許さなくなってしまった彼等に、せめて最後の時まで幸せに過ごせる空間を提供するため作られたんだ。これはせめてもの償いでもあるんだ。

 恐らく君は…いや君もこうなるだろう。残酷だけどそれを伝えたかったんだ。申し訳ない。」


 研究者の声から救えなかった者達への懺悔の様なものが滲み出ていた。しかしそれをつまらないと言っているかの様な黒い目が否定する。


「私は構いませんよ。早くこの地獄の様な世界から解放されるのなら。魑魅魍魎でも死でも全く良いんです。早くこの脳を消し去って楽にして下さい。私は所詮燃えるゴミなんですから。」


 少女は心底どうでもいいと言う様な溜息を吐いてエレベーターに向かった。慌てて研究者が少女を追う。少女はエレベーターで研究者に尋ねた。


「ラボフェーズは何処ですか?」


 研究者は少女をポッドの中に寝かせた。機械には様々な情報が表示されている。それを見つめながらエネルギー注入量と書かれたツマミを捻り調整を行う。数値が安定したのを確認して研究者はラウンジに休憩を取りに行った。




 熱く飲めない手元のコーヒーをかき回して冷ましながら少女の資料を眺めている研究者の横にパン菓子を手に持った白衣の男が並ぶ。


「行き詰まっているようだね。また担当を持ってしまったのかい。可哀想に。」

「本当ですよ。誰もこんな仕事したくない。もうこれ以上子供が化け物になっていく様を見ていたくない。彼女もきっとそうなってしまう。」

「そういえばいつも子供達に名前を付けているじゃないか。今回の子にはなんて名前を付けたんだい?」

「今回は付けない事にしました。愛着が湧かないようにしたいんです。失うのが分かっているから。」


 2人の研究者の間には長い沈黙が続く。回し過ぎて冷え切ったコーヒーを啜りながら資料にまた目を落とす。彼女の目にこの世界はどう映っていたのだろうか。菓子パンを頬張る彼の見る新聞には隣国がエネルギー研究に成功し身体の一部を石化する人間を造ったと大々的に報道されている。




「待たせたね。」


 エネルギー注入を完全に切ってポッドの中から少女を出す。見たところは異常無いようだ。


「今日はこれで終わりですか?意識はありますが。」

「ああ。今日は耐久テストと慣らしのようなものだ。明日は完全に実験に入る。」


 研究者は少女を食堂に案内し、自販機に売っていた飲み物と食事を買って与えた。少女を気遣ってと言うのもあるが、今のうちに食事を摂って万全の状態にしてもらわないと翌日の研究に影響が出てしまうからと言うのが本命の理由だった。


「美味しいですね。初めて食べました。」

「そうなんだ。珍しかったかい?」

「いえ、私の生まれでは食べられない物だったので。もしかして他にも美味しいものを知っているんですか?」


 少女の黒い瞳に初めて光が宿った気がした。少女は今までと違う世界を見ていた。研究者にとって当たり前の世界は彼女にとって知らない世界だった。そして少女にとって当たり前の世界は研究者にとって知らない世界だった。

 もっと知りたい、調べたい、聞きたい。彼等には欲が出てしまった。そんな2人は一晩中自販機で買った菓子袋を開き、己の知る世界を語り合った。


「私もっと先生の知っている世界を知りたいんです。知らないことがまだ沢山あるって分かったんです。だからこれからはもっと生きてみたいです。」

「そうだね。もっと生きよう。生きて知ろう、調べよう。」

「私今知りたい事があるんです。」

「なんだい?」

「先生はなんて言う名前なんですか?」

「僕か。僕は…マークだ。」

「そうなんですね!マーク、私はエリーって言います!覚えて下さいね。」

「分かったよ。エリー。」

「フフッ。嬉しいです。」




 研究者は硬い椅子の上で目を覚ました。隣に少女は居ない。きっと先にラボフェーズに向かってしまったのだろう。時計を見てみれば予定時間を大きく過ぎていた。重い頭を抱えながらエレベーターに乗りラボフェーズへのボタンを押した。

 ラボフェーズの中央に大きくそびえ立つポッドの中には少女が入っている。心地良さそうに眠る彼女の横には画面が幾つも表示されており全て安定していた。

 研究者は椅子に座り少女を眺める。眠さでボヤけた視界を何度も拭って直しながら。少女のデータを乱れた筆跡でひたすら書いていく。研究者が紙に目を落とした時、音がした。いや、してない。したと認めたくない。


"グチャッ"


 眠さで働かない頭は聞いた音を受け付けなかった。拒絶した。ポッドの中を恐る恐る見た。肉片が散らばって動いていた。眠さでボヤけた目には…涙で歪んだ視界にはよく映らなかった。

 研究者はエネルギーのツマミをオフにしてポッドを開けた。動く肉片は少しづつ死を迎え止まっていく。口の部分が「教えて、教えるの。」と呟いていた。少しづつ肉片をかき集めた。全て動かなくなった。


「ごめんね…ごめんね…。もっとちゃんと見ていればよかったね…。知りたかったね、伝えたかったね。ごめんね…。」




 研究者は冷たくなった肉片を1人で火葬して埋めた。研究所の日の光が当たる最後の楽園には彼岸花が咲いている。

読んで頂きありがとうございます。

少女の名前はエリフローナです。少女の資料には一応こちらの名前が記載されていると言う設定です。元々研究者は名前知ってたのでは?

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