第5話 ナンパ
ルイたち三人と若者は一緒に店から出た。飾り付きの帽子をかぶった茶髪の若者は、ルイと年のころはそう変わらなさそうだった。首のあたりまである髪がくるくると跳ねている。
通りに出てすぐ、スヴェンが切り出した。
「金は必ず返す。どこに届ければいい?」
若者は柔らかに手を振って言った。
「いえいえ、いいんですよ。お金なんかより……お嬢さん、僕とこのあとお茶なんかどうですか?」
「……は?」
若者は、ルイと目を合わせてにっこりとほほえんだ。ルイは自分が「お嬢さん」と呼ばれたことに驚愕した。
「ちょっと! そういうのは……」
少し厳しい顔をして、ぐいっと若者とルイの間に身をはさんだマイリの手を若者は取った。
「美しいお姉さま、あなたもぜひ」
あくまでも笑顔を崩さない。スヴェンがマイリの手を握る若者の手を払った。
「おい、いい加減にしろ」
睨みつけるスヴェンに、素敵なお二人だったのでつい、と若者は笑った。
「代金の代わりに……少し、手伝ってもらいたいことがあるんです。ついてきてもらえませんか?」
穏やかな表情のまま、若者は言った。怪しげな雰囲気があったが、事をあらだてたくない三人はとりあえずついていくことにした。
細い路地に入り、何度か角で折れ曲がりルイの方向感覚がなくなってきたところで、若者はぼろぼろの扉を開けて三人を建物の中に招き入れた。
建物の中は扉と遜色なく古びていた。テーブルや椅子は塗料がはげ、ささくれ立っていた。本棚があったが、書籍の代わりに埃だけが分厚く鎮座していた。
「さて、手伝ってほしいことは……あ、その前に僕はダインと言います。お名前を伺っても?」
ルイたちはそれぞれ名乗った。ダインはそれぞれに対して頷きながら聞いた後、口を開いた。
「では、スヴェンさんたちにお願いしたいことなんですが……あなた方は最近この郡で政権交代があったのをご存知ですか?」
広場の掲示板で見た、とスヴェンが鋭い視線をダインに向けながら答えた。
「あれは、嘘なんです」
ダインは強く拳を握りしめ、一瞬目線を床へと向けた。が、すぐルイたちに向き直り続ける。
「王の弟は、時間をかけて周りの重鎮たちを抱き込み、そして王を毒殺しました。彼の政策は殺された王とは違い、かなり強硬派のものです。他郡への派兵を秘密裏に準備しています」
そう語るダインの声は微かに震え、翠の瞳には隠しきれない激しい感情が映った。見ているものが気圧されるほどの怒りがそこには燃えていた。
ルイは町中のあの妙な雰囲気の正体がわかった気がした。強引な政権交代、虚飾のお祝い。
マイリは首を傾げた。
「あなた、何でそんなことわかるの?」
「噂になっているというのもありますが……僕は、元新聞記者です。僕が政権交代の真実を探っていたことを嗅ぎつけられ、身分を追われ命を狙われました。奴らの目を欺くために、ヴァイオリン弾きとして生活していました」
ダインは肩にかけているヴァイオリンの入ったケースを指さした。人差し指にシルバーのシンプルな指輪が光る。マイリは「ふぅん」と納得したようなそうではないような、曖昧な返事をした。
「あなた方には、民に真実を伝える手伝いをしていただきたいんです」
ダインの顔つきは、先程ルイたちをナンパしていた時のものとは、全く違った。別人のようだ。ルイたちの返事を待たず、「作戦があるんです……」とダインは続けた。
ダインの話はこうだ。夜、警備の薄いところから城へ侵入する。秘密の通路を使い現王の私室へと行き、策略の証拠をつかむ。
「そして、郡民へ真実を伝え、最終的には王権を現在は身を隠している前王の息子へ譲渡させます」
これが城の地図です、と荷物から丸めた紙を取り出し淀みなく話を続けるダイン。ルイはテーブルに掌を叩きつけ、広げられた地図を押さえた。
「待てよ、そこまでやる義理はねぇだろ?」
ダインの真剣さは己の命をも賭す覚悟を伴っている。王権交代の真実を語り出してからの彼は、ルイが恐怖を覚えるほどの怒り……そして使命のようなものをその身に纏っていた。その活動に殉じることは、昼食を奢ってもらった代償としては大きすぎる。ルイとマイリは視線をスヴェンに向けたが、彼は腕を組んで黙っている。
「そうですか……協力してもらうことはできませんか」
そう言ってダインは懐から何かを取り出した。ルイたち三人の似顔絵だった。簡潔だが、しっかり特徴を捉えている。この絵を手がかりに見ず知らずの人でも自分たちを特定できそうだった。
似顔絵の下には、それぞれ碧瞳族、紅瞳族、翠瞳族とメモが書かれていた。
「もう一組同じものを用意しました。あるところに隠してありますが、回収しなくてはそのうち人の目に触れる場所です。あなた方は違法な他種族混合の集団……これが警備隊にばれたら、罰せられます。おそらく極刑です。でも、僕の計画に協力してくれるなら、このことは黙っています」
色眼鏡では誤魔化しきれなかったようだ。ダインは食堂に入る前から、ルイたちに目をつけていたのかもしれない。用意周到なことだとルイは唸った。
「さあ、どうします?」
ダインは口元だけ笑って見せた。




