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ランタナ・パーティ  作者: 鈴木まる
第5章 整備士
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第25話 巣立ち

 スヴェンの荒い息、ルイに狙撃され痛みに呻く警備員たちの声。そんなものは全く耳に入らない様子のカジミールは、固く拳を握りしめる。


「なんだその恰好は。フラヴィニー家のものにふさわしくない! この家の敷居を跨ぐのならば、正装しなさい!」


汚れた作業着姿のアベルにカジミールが怒鳴りつけた。アベルは涼しい顔をして言い返す。


「ご心配なさらず、父上。俺は今すぐ出て行く。この人たちと一緒に旅立つ。さあ、船に乗って!」


脇腹を刺されたスヴェンをどうにか支えつつ、ルイたちは船に登った。ルイの首に巻いた山吹色のバンダナ。その熱が、スヴェンの傷の深さを訴える。


 カジミールが「行くな!」「やめろ!」と叫び続けていたが、アベルは無視してはしごに手をかけた。カジミールは倉庫の入り口から動こうとしない。


「俺はあなたの言葉ではもう止まらない。衣食住の提供だけはありがたかったよ。さようなら」

「行くな! その船には爆弾が積んである!」


カジミールの顔には焦りが見える。アベルを乗せさせまいと必死なようだが、幼稚なその場しのぎの嘘をついているようにはルイには見えなかった。爆弾のことを知っている……?


「お前が……ブノワの情報を流したのか……!」


辛うじて意識のあるスヴェンが絞り出すように言った。


「どういうこと?」


アベルははしごの途中で止まり、父親を気味の悪い化け物でも見るかのような目で見た。


「全ては、お前のためだ! 私は……お前があの男を脱獄させたことを知っていた。この事実をもみ消すためにどれだけ苦労したか……」


カジミールは大きく息をつく。アベルを見つめ、声を轟かせる。


「私はお前からあの男を引き剥がしたかったが、再逮捕すればお前も脱獄補助、犯罪者隠匿の罪に問われるかもしれなかった。フラヴィニー家の名に傷を付けるわけにはいかない」


名に傷……? ルイはカジミールの言葉に大きな違和感を覚えた。大切なのは、アベルではないのか。


「だから時を待ち、人を雇い奴の仲間を探させたのだ。奴を連れ去らせるために。復讐すると言い出したときにはどうしたものかと思ったが、被害が最小限で済む場所に爆弾を仕掛けさせるよう誘導できた。多少の犠牲はやむを得まい」


そこまでするか、とルイは吐き気がした。彼の言う「多少の犠牲」の中には島民の命も含まれるのだろうか。なんて、身勝手なのだろう。名声や地位にしがみつき、財力と才覚をあらぬ方向へ使っている。


 今やカジミールの目は血走っている。彼は泡を飛ばしながら続けた。


「さあ、私はお前のためにここまでのことをしたのだ。戻ってこい! そしてわがフラヴィニー家を継ぐのだ!」


カジミールのあまりにも自分本位な言い分に、ルイの中で何かがプツン、と切れた。


「あのなぁ……親だったら自分の子供が大切にしているものを、そんな風に奪わねぇよ! お前のすべきだったことは、馬鹿みてぇな法律を変えることだろうが! 何が『お前のため』だ。勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」


ルイの声は倉庫の中にわんわんと響き渡った。怒鳴られたカジミールだけでなく、スヴェンもリアムも唖然としていた。ルイははっとし、らしくないことをしてしまった……とおずおずと口を結んだ。


「ルイ、かっこいいな。ありがとう」


父親の制止を聞き入れず、はしごを上りきったアベルが真っ直ぐにルイと目を合わせ笑顔で言った。


「いや、悪い……余計な事言った」


かーっと熱くなる頬。ルイはうつむいて片手で顔を隠した。アベルの感謝を受け止めきれない。


「アベルさん、悪いけどバクダン? の解除とこの船の出航を指揮してもらえませんか。スヴェンさんを早くマイリさんに見せた方が良い」


リアムが氷の魔法で止血をしているようだが、スヴェンの顔は青白い。あまりのんびりはしていられない。


「……爆弾はそこのマストの裏だ。頼む」


スヴェンの言葉にうなずき、アベルは舳先側のマストの裏へ回った。ルイは舌打ちした。荷物を積み込んだ時には行かなかった方だ。


「ここを、こうすれば……よし、これでもうこれは起爆しない」


ルイが手伝うまでもなく、アベルはあっという間に爆弾を無効化した。そしてそれを持ち上げると、思い切り父親へ向かって投げた。


「家名もお前もどうでもいい! 俺は、自由だ!」

「こんなこと……あってはならない! 名家フラヴィニーの跡取りが……!」


起爆しない爆弾だとは知らないカジミールはアベルやルイたちをののしりながらも慌てふためいて、屋敷の方へと走り去っていった。


 船に乗り込んだはいいが、ここは倉庫だ。ルイは今更になってなんて間抜けなことをしたのだろうと思った。壁と屋根に囲まれているのだから、まず船を牽引して倉庫から出さねば飛び立つことはできない。


「おい、この船を引っ張る道具は……」

「大丈夫、あと十秒だよ」


ルイの言葉を遮り、アベルは懐中時計を見ながら得意げにカウントダウンを始めた。


「あ、耳ふさいでかがんでおいて! 三、二、一……」


ルイが言われた通り耳をふさいですぐ、腹の底まで響く轟音が起こり、倉庫が激しく揺れた。ガラガラと倉庫の壁が崩れていく。屋根も吹っ飛ばされたが、不思議と船の上や近くに何も落ちてこなかった。うっすらと差し始めた朝日が船を照らす。


「計算通り! さあ、船を出そう!」


アベルは得意げに笑顔を浮かべ、目をキラキラと輝かせている。穏やかそうな顔してとんでもないことする、とルイは思わず笑ってしまった。




 マイリとノーチェスを拾った船は、サンテミラ島を後にする。甲板でなびく髪を押さえ、ルイはふと目を落とす。


 自ら父親と縁を切り、アベルが高らかに叫んだ「自由だ!」という言葉が耳の中で反響する。


 ルイは自身のシャツの胸の辺りをくしゃっと握る。今、仲間とともに空を飛び回る自分は、はたして自由なのだろうか――?


 そっと盗み見たアベルの横顔は、朝日に照らされ酷く眩しかった。

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