第20話 隠れ家
マンホール下のはしごを降りていくと、薄暗い水路が続いていた。地上から漏れ入る光と地面に置かれているランタンの明かりで、ルイにはなんとなく様子が見えた。水路の両脇に歩道のように足場がある。人が通るには十分な大きさだが、普段はネズミや虫が主な通行者のようだった。
「俺に着いてきて。安全なところまで案内するから」
ランタンを持ち上げて男が言った。先程マンホールから聞こえていたのと同じ声だ。薄暗く、顔はよく見えない。ルイたちは黙って男の後についていった。ルイは一応銃に手を添えていたが、男から殺気や悪意をまるで感じなかった。
二十分は歩いただろうか。突然男は立ち止まり、壁を独特なリズムで軽く叩いた。
「おお、無事戻ったか」
壁は隠し扉だった。中から初老の男性が出てきて、ルイたちを招き入れた。
「上手く見つけられてよかったよ」
男はにこやかに返事をした。部屋は六人が入っても窮屈には感じない、裕福な家の食堂ほどの広さだった。左側の壁にくっつけるように三人くらいが座れそうなベンチが置かれている。反対側には工具がたくさん置かれた作業台があった。最奥には戸棚がある。
部屋の天井には照明がぶら下がっており、ルイは案内してくれた男の姿をよく見ることができた。
スヴェンと同じかそれ以上の身長。被っている日除け付きキャスケットを一度取り、赤髪をくしゃくしゃと掻く。歳はルイとあまり変わらないように見えた。着ているつなぎの作業着は汚れているが、彼の碧い瞳は澄んでいて穏やかだ。
ルイは、この男はベルドの街のかつての自分ほどすさんだ生活は、送っていなさそうだと思った。
「俺はアベル。こっちは、ブノワ。おれはじいちゃんって呼んでるけど」
ブノワは人のよさそうな笑顔を浮かべて、ハンチングハットを軽く持ち上げてあいさつした。アベルと同じような作業服を着ている。たった今まで何かの作業をしていたのか、はめている皮の手袋は油で汚れていた。
「私はマイリよ。鼻が良いスヴェンに、レディーファーストのリアム、あと……」
「ルイ・スタイナーだ」
マイリに変な紹介をされる前に、ルイは自分でフルネームを名乗った。
「マイリたちは、空賊なの?」
好奇心に満ちた瞳で、アベルは尋ねてきた。
「だとしたら?」
リアムが疑問で返した。その声には警戒の色が混ざる。初対面の《《男性》》にはある程度の距離を取るんだな、とルイは少し可笑しく思った。
「もしそうなら、お願いがあるんだ。じいちゃんと俺をこの島から連れ出してほしい!」
アベルは頭を下げた。ブノワも「頼む」と右に倣う。当惑するルイ達にアベルは事情を話し出した。
「五年前にね、ここサンテミラに難破船が流れ着いたんだ。それは黄瞳族の船で……」
黄瞳族は龍の姿を持つとされている種族だ。ロドフェイトの掟では、他種族同士の交流は厳禁。島の人々はこの難破船を助けず放っておいた……ならまだ良かった。掟を重んじる島の人々は黄瞳族を極刑に処した。
「わしは旅の途中、船の整備ができないかと懇願されてたまたまその船に乗っていたんじゃ」
人助けのために乗船していたブノワは碧瞳族だ。この島の住民たちと同じ種族である。それにもかかわらず、この島の裁判所は彼も極刑に処すという判決を下した。
その判決が許せなかったアベルはこっそり手引きし、ブノワを脱獄させた。それ以来、正体を隠しブノワはこの島で暮らしていると言う。
「この島がこんなに掟にぴりぴりしているのは、俺が生まれる前に空賊の襲撃を受けたことが関係してるらしいんだ。それこそ、難破船のふりをしてやってきた奴らがいたんだって」
アベルの言葉に、嫌な空賊がいたものだとルイは顔をしかめた。それにしても、他種族だからと難破した人々を極刑に処してしまうとは、かなり極端な法律である。ルイの知っている範囲では、意図的に関わりあっている場合を除いてそんな重い刑が下されることはない。その空賊からの被害が甚大なものだったのかもしれない。
「そんな話があるのに、お前はよく空賊の俺たちを助けたな」
スヴェンがもっともな意見を述べた。確かに、アベルの話だとこの島では空賊はとても嫌われていそうだとルイは軽く頷いた。……まあ、どの島でも違法者の空賊は好かれてはいないけど、と心の中で付け足して。
「俺はじいちゃんと一緒に、どうしてもこの島を出たいんだ。これは俺たちにとって、千載一遇のチャンスなんだよ。それに……」
柔らかな笑みを浮かべてアベルは続けた。
「じいちゃんから、空賊には色んなタイプがいるって聞いてるから。略奪目的のやつらから、冒険心旺盛なやんちゃな人たちまで」
アベルとブノワは目を合わせ、頷き合う。
「声をかける前に、少し観察させてもらったんだ。追われてるのに楽しそうに食事してたし、誰にも被害が出ないように上手に逃げてたでしょ? 悪い人だと思えなかったんだ」
人懐っこい笑顔を浮かべるアベル。あの昼食は失策だったとルイは思っていたが、結果として助けられたのなら良かったのかもしれない。
「で、お願いは聞いてもらえるかの?」
ブノワはルイ達を見つめて、返事を待った。すかさずマイリが口を出した。
「仲間になってくれるのなら大歓迎よ! ね、スヴェン?」
笑顔のマイリと対照的にスヴェンは渋い顔をしている。
「仲間が増えるのは俺としても嬉しいが……俺たちは船を持っていない」
そうだった。これだけ追われている身なのだから、ルイたちの乗ってきた船は恐らく取り押さえられているだろう。新たなメンバーを乗せて出航どころか、自分たちさえも出られない状況にルイは胃の中に大粒の石が落ちてきたような感覚を覚えた。




