第2話 スカウト
身動きが取れず甲板に転がったルイは、二丁の銃を奪われた上、実物のロープでマストに括り付けられた。念入りなことだ……と長く息をつく。
男女二人組は小声で短く何事かを話し合った後、色眼鏡を外してまじまじとルイを見つめた。船縁にとまったふくろうまでもが首を回しまん丸な目をルイに向ける。
「あなた、すごく身体能力高いのね。ね、スヴェン?」
スヴェンと呼ばれた男は軽く頷き腕を組む。にこりともしない。
「お前、名前は?」
ルイは言いかけたが、声に出す前に女がスヴェンを小突いた。
「あなた、そういう尋問官みたいな聞き方するからダメなのよ。もっとかわいげのある話し方しなさい」
「かわっ……」
女の無茶な注文にスヴェンは絶句している。
「私はマイリ。こっちの無愛想だけどとっても頼りになるのがスヴェン。あの賢くて優しいふくろうがノーチェスよ。あなたは?」
「ルイ・スタイナーだ」
相手に聞き間違えられぬよう、偽名をしっかりはっきりと名乗ったルイは、相手の反応を見る。二人はこの名前に特別何かを感じてはいないようで、ルイは小さく舌打ちした。
マイリに覗き込むようにして目を合わせられて、ルイは初めてあることに気が付いた。マイリの目の色は、ルイの碧とは違い翠だった。そしてスヴェンは――右目は眼帯で覆われていたが――紅だ。
「翠瞳族と紅瞳族の他種族混合の集団……」
目の色の違う他種族の者たちが入り乱れた集団、ランタナ・パーティ。ルイの言葉にマイリとスヴェンは頷いた。少し面倒くさそうな顔をしている。
「……そりゃそうか。空賊だもんな」
ルイの冷静な言葉に、二人はきょとんとして顔を見合わせた。マイリが嬉しそうに口を開いた。
「他種族だと気付いて恐がらないのは、あなたが初めてよ」
「今まで自分が正気をなくすと思ってるやつばかりだったな」
聖典をもとに世界中央政府が作った法律により、他種族同士の交流は禁止されている。「他種族といると邪心が芽生え正気を失う」という話は広く信じられていたが、ルイはそれを迷信だと思っている。
「オレをどうする気だ。言っとくが金目のものは持ってねぇぞ」
「だろうな」
スヴェンが視線をルイの頭のてっぺんから足先まで走らせ、ため息交じりに言った。薄汚いフード付きマント、裾がぼろぼろと崩れた革のベストと薄汚れたシャツ。穴の開いたデニム、底がすり減ったブーツ。
「あなたを人買いに売りつける……」
女は楽しげな笑顔を浮かべた。ルイはやはりな、と視線を落とした。人身売買は、この辺りではよくあることなのだ。空賊のやり口としても珍しいものではない。
特に高く売れるのは若い女。種族が違えば子は成せない。それを都合良しと考える、下衆な連中がいることをルイは知っていた。
「なぁんてことはしないわ」
軽やかなマイリの言葉にルイは顔を上げた。彼女の翠の瞳はいたずらっぽく笑ったままだった。スヴェンの紅の瞳が、日の光をきらりと反射させる。
「お前、俺たちの仲間に……空賊にならないか」
「私たちは『イヴァンの鍵』を探しているの。知ってる?」
マイリの言葉に、追い詰められ歪む兄の顔がよぎった。ルイの胸中に、黒い憎しみがじゅわっと染み出す。
イヴァンの鍵――それを探すことは他種族交流同様、禁忌とされている。
そんなものさえなければ……
ルイは視線を落とした。自身のブーツの先に意識を集中し思考を止め、平静を装う。
「知ってる。『人の理を変える力、ここに眠れり。――チズム』って書かれた箱を開ける鍵だろ」
中身不明の、今は失われし古代の技術で造られた箱とその鍵。
「そうそう! 百年くらい前にイヴァンが一度見つけたけど、また行方不明になっちゃった鍵」
ルイの答えに喜ぶマイリ。ルイは返事をせず、素早く深呼吸し甲板に目を走らせる。そんなことより、この状況を抜け出すことに専念しよう……
「お前さっき、わざと急所を外したな?」
その言葉にはっとし、ルイはスヴェンの顔を見る。
――何で、わかったんだ?




