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ランタナ・パーティ  作者: 鈴木まる
第1章 大空へ
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第2話 油断

 イヴァンの鍵――それを探すことは他種族交流同様、禁忌とされている。


 そんなものなければ、母も兄も……


 ルイは視線を落とした。自身のブーツの先に意識を集中し思考を止め、平静を装う。


「知ってる。『人の理を変える力、ここに眠れり。――チズム』って書かれた箱を開ける鍵だろ」


中身不明の、今は失われし古代の技術で造られた箱とその鍵。


「そうそう! 百年くらい前にイヴァンが一度見つけたけど、また行方不明になっちゃった鍵」


ルイの答えに喜ぶマイリ。ルイは返事をせず、素早く深呼吸し甲板に目を走らせる。そんなことより、この状況を抜け出すことに専念しよう……


「お前さっき、わざと急所を外したな?」


その言葉に、ルイは思わず視線をスヴェンへと戻す。


 ――何で、わかったんだ?


 ルイと目を合わせ、スヴェンは続ける。


「お前はさっき、わざと致命傷を避けるように俺に向かって撃った。ノーチェスもだ」


ルイは、睨みつけたまま言い返す。


「……狙いが外れただけ、とは思わねぇのか」


ルイの言葉に全く動じず、スヴェンは答える。


「だったら、俺はさっきの弾をあんなに上手く避けられていないはずだ。お前の視線と銃口の向きを見て動いたんだから。お前の狙いは始めから俺の足下だった。相手の命を気にしないなら胴体を狙う」


自分の狙いがばれていたことにルイは舌を巻いた。そう、散々騙し奪っておきながら、殺すことは――食べるためでないのなら動物でさえも――ルイには耐えがたかった。そこが、散々見てきた歪んだ心の空賊たちと自分とを分ける境界線だった。何も言い返せないルイに、スヴェンは畳みかける。


「それに、狙撃が下手なら隠し持っていた銃も最初から使ったはずだ。試行回数が多い方が当たる確率は高いし、二丁持ちは威圧感があってはったりにもなる」

「船の整備ができる碧瞳族の仲間が欲しいの。それが無駄に命を取らない、腕のいい狙撃手だったら言うことなしよ」


マイリは屈託のない笑顔を向ける。ルイが今まで見てきた空賊に、こんな風に笑う者はいなかった。頭が混乱してきた。


「あなたまだ十二、三歳くらいかしら? こんなところにいるより私たちと一緒に冒険した方がいいわよ」


実際はあと三つ程上の年齢だったが、ルイは黙っていた。マイリはするすると、ルイを縛っていたロープを解いた。さらに訳が分からない。


「おい、解いていいのかよ」

「ええ、話を聞いてほしかっただけだから。その気になったら、明日の夜明けに出発するからそれまでにここに戻って来てね」


スヴェンは「ほら」とルイに二丁の銃を返す。ルイはホルスターに銃を収めながら、首を傾げた。にっこり笑うマイリに「ふんっ」と鼻をならし、船から飛び降り夕日に染まる町へと駆けていった。




 ルイは去り際に船から盗んだりんごを齧りながら、薄暗い路地を歩いた。道端にぼろ雑巾のような服を着た自分より小さな子どもが一人、しゃがみ込み項垂れていた。大方どこぞの家から逃げてきた奴隷だろう。この町ではよく見る光景だった。ルイは一口だけ齧ったりんごをその子の足元へそっと置き路地を抜けた。


 太陽はすっかり沈んでしまい、狭い空には星がうっすらとごく控えめにその光を投げかける。この時期は昼間は暖かだが、夜はまだ冷える。路地を駆ける風に身震いし、これまた盗んだ山吹色のバンダナも首に巻いた。


 先程聞いた話をルイは思い返した。そろそろこの島を出てもいい頃だとは考えていたし、スヴェンとマイリは悪い人間には見えなかったが……。貨物船に密航するのと彼らの仲間に一時的にでもなるのと、どちらが安全だろうか。判断のヒントにしようと、スヴェンとマイリの話し方や表情を鮮明に思い出すためふと足を止めた。


 ルイの足元をちょろちょろとねずみが通り過ぎる。いつもなら、夜の路地裏のど真ん中で考え事に耽るなんてことはなかった。この街では、油断は命取りである。背後から近づく男にルイは全く気が付かず、抵抗する間もなく顔に袋を被せられ拘束され担がれた。ルイは激しく足をばたつかせ叫ぶ。


「おい、放せ!」


地面に降ろされたと思った直後、腹に鉄球でも投げられたかのような衝撃を受けた。ルイは体をくの字に折り曲げ倒れた。呼吸すら苦しく、それ以上動くことができなかった。




 船縁にもたれながら、マイリは隣のスヴェンに話しかける。


「あの子、来るといいわね。ここにいるよりこっちの方が絶対楽しいと思うんだけど」


齧ったりんごを飲み込んだスヴェンは、わずかに眉間にしわを寄せる。


「あいつの名前……どこかで聞いたことがあった気がしたんだが。わからん」

「珍しいわね、あなたが思い出せないなんて。……あれ?」


マイリは頭の山吹色のバンダナに触れた。スヴェンも自分の腕のバンダナに目をやった。ノーチェスは鋭く「ホー!」と一声鳴いた。


「恐らく、昼間のルイだ……! 一枚足りない」


スヴェンがバンダナの枚数を数えてそう言うと、マイリは甲板に針を刺し陣を描いて呪文を唱え始めた。




 顔の袋を取られたのは寂れた教会の中で、ルイは銃を奪われ立った状態で柱か何かに縛りつけられていた。今日二回目だぞ……とルイは一人首を振った。


 月明かりに透かされ、ところどころ割れてしまったステンドグラスがひっそりと色を放っていた。月の神が邪悪な海の神から人々を逃れさせるために、島を空へと浮かしている。


 種族分けの根拠とされる、青天教の聖典に綴られた場面だ。第一章ロドフェイト創造記の……何節の話かはルイは覚えていなかった。


 それにしても、首がやけに熱い。このバンダナ、発熱している?


「お前、最近うちの店から金盗んだよなぁ?」


ルイは目線を上げた。ナイフをペチペチと手のひらに叩きつけながら話すこの痩せぎすの男。見覚えはない。もう一人、隣にかなりがたいのいい坊主頭の男が立つ。こちらもルイは誰だかわからなかった。


「知らねぇよ。誤解だ」


ルイが盗みは働いたのは確かだった。しかし、「うちの店」がどの店だかはわからないし、どちらにせよ認めるわけにはいかない。


 坊主男が大きく拳を握った腕を引く。来る……! ルイは先程の腹への衝撃を思い出す。


 ルイは勢いよく脚を振り、ブーツを吹っ飛ばした。見事に痩せた男の顔面にヒット。坊主男は攻撃の手を止め、仲間の方へ顔を向けた。その隙に、ルイは精一杯腕を伸ばし足を曲げる。食い込むロープが薄く皮膚を削ぐ。


 どうにかふくらはぎに巻き付けたホルダーに入っているナイフを取り、縄を切る。


 坊主頭の男はその気配に、すぐさま振り返る。ルイが構える前に、左頬に固い拳を打ち込んだ。鈍い痛みが顔面に響く。


「がはっ……」


ルイは吹っ飛び全身を壁に打ちつけた。ナイフが床を滑る乾いた音が響く。全身が痛み、ルイはその場にずるずると座り込んだ。視界が回り口の中に血の味が広がる。


「顔、殴っちまった」

「いいさ、売るのはなしだ! 情報も吐かねぇだろうし、もう殺してしまおう」


頬に靴の裏の後が残る男は、ナイフを構えて荒々しく足音を立てながら近づいてきた。逃げなくては……そう思うのに、相変わらず目は上手く焦点を結ばず体は動いてくれない。こんなところで薄汚い奴らに殺されて終わるのか。


 瞬間、悲しみを瞳の奥に隠した優しい笑顔と自分の名を呼ぶ温かな声が、ルイの脳裏に蘇る。


 そうだ、兄を見つけなければ、会わなければ……こんなところで死ぬわけにはいかない。気力を振り絞りかろうじて四つ這いになったルイに向かって、男は容赦なくナイフを振りかざした。

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