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ランタナ・パーティ  作者: 鈴木まる
第1章 大空へ
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第1話 カモ

 あれはカモだ――と春の暖かな日差しの届かない細く汚い路地で、ルイは笑みを浮かべた。偽名を名乗り始めてからの生活で、人から奪うことにはすっかり慣れてしまった。骨の目立つ筋張った手で腰の銃を撫で、どぶの匂いを含む風に揺れる短い金色の髪を耳にかける。その碧い瞳に映るのは、白地に真っ黒なカラスの羽ばたく旗――空賊の証。


 見慣れぬ小型の飛空艇が、ベルドの町はずれの丘に向かうのを見かけたルイは、慌てて追いかけてきたのだった。その飛空艇は帆を畳まず、激しく船体を揺らし草地に着陸した。下手をすれば島の端を越えて下に広がる真っ白な雲の中、上海(じょうかい)へ突っ込んでしまいそうな程危なっかしい操縦だった。


 飛空艇から降りてきたのは男女二人組で、身なりはそれなりに小綺麗だ。船荷は期待できそうだ。二人は船番にふくろう一羽しか置いていかなかった。なんとも不用心で、ルイには好都合だった。


 二人組が十分離れたのを確認し、ルイはフードを目深にかぶり船に近づいていった。





 ならず者どもの巣窟、ベルド島。無造作に集合住宅が建ち並び、日の届かない薄暗い路地には真っ当な世界では生きられぬ、影を好むものがうごめく。大通りの商店街はまだ活気があったが、通りの空気は澱んでいた。売り物には多くの盗品が混ざり、売り主の心は下卑たものだった。客の様子を見て値段を決めるので、相場の十倍程することもざらだった。


「陰気な町だな」


男は顔をしかめ、鼻をつまむ。その隣を歩く女が大きく頷き、高い位置で一つにまとめた長い黒髪が揺れる。


「そうね、さっさと必要なものだけ買って次行きましょ!」


頷いた勢いでずれた揃いでかけている色眼鏡を押し上げ、ちょうどいい位置に戻す。揃いなのは色眼鏡だけではない。男は右上腕、女はポニーテールの結び目に髪飾りのように、山吹色のバンダナを巻いている。この島では見ない出で立ちの二人に、商店の売り子や主人たちは目を光らせる。


 信じがたい値段のりんごを巡って、二人が八百屋で値切り交渉をしていた時だった。突然それぞれのバンダナに手を触れ、顔を見合わせた。


「あ、おい! それでいいとはまだ言ってないぞ!」


希望額の小銭をカウンターに置き八百屋の主人の怒りの叫びを無視し、りんごの入った袋を引っ掴んで二人は駆けだした。





 ルイが船に近づいてみると、船番のふくろうは眠っているように見えた。右足に山吹色のバンダナを付けている。ますます仕事がしやすいと内心喜び、ルイが音を立てずに甲板に飛び乗った時だ。


「ホー!」


目を覚ましたふくろうが、ルイの頭めがけて飛んできた。心臓が跳ね上がる。甲板を転がり、かろうじてふくろうの攻撃を避けた。


「んだよ、邪魔くさいな!」


ルイは腰の銃を抜いた。


 しかし、ルイが撃つ前にふくろうは船の陰へと隠れてしまった。ルイは次の攻撃へ備える。こういう場合、敵は自分の死角を狙ってくることが多い。


「甘いな」


ルイが真後ろに振り向き構えた先に、ふくろうはいた。嘴か鉤爪か、ルイに攻撃しようと真っすぐ突っ込んでくる。ルイは狙いを定めて引き金を引いた。鋭い音と共にリボルバーが回る。腕に伝わる反動。


「ホー!」


狙い通り弾丸は右翼にかすった。ふくろうはよろよろと軌道を変えて、またルイからは見えなくなってしまった。


 ふうっと息を吐き、ふくろうはしばらく攻撃して来ないだろうと踏んで、ルイは船を物色し始めた。しかし、船はすっからかんだった。金目の物どころか、食料や水さえない。あったのは数枚の山吹色のバンダナだけだった。とんだ外れくじだ。


 ルイが舌打ちをして船から離れようとしたその時だった。


「ノーチェス!」


船のすぐそばから女の声がしルイは思わずびくりと肩を震わせた。船の持ち主が戻ってきたようだった。ルイが想定したよりもずっと早い。見つかる前に船から離れようと声とは反対側から草原へと飛び降りた。


 迂回して背の高い草に隠れながら町に戻ろう、と身をかがませ歩くルイの目の前に、色眼鏡の男が立ちふさがった。派手な赤いロングコートが風に揺れる。


「お前か?ノーチェスを傷つけたのは」


静かな中に激しさを孕んだ声だった。男の額には血管が浮き出ていた。手に鉤爪のような武器。ルイは躊躇せずホルスターから銃を抜き、男の足元を狙った。風に混ざる硝煙の匂い。


 しかし、命中しなかった。弾は狙った場所へと飛んでいったにも関わらず。この距離で避けられた……?ルイはすっと冷たいものが喉から腹へと走る思いがした。ルイがハンマーを落とし次弾を撃つ前に、ポニーテールの女が船の脇から現れた。男の反対側だ。つまり、ルイは二人に挟まれる形となった。


「逃がさないわよ!」


女が武器であろう大きな針を何本も腰のポシェットから取り出し、器用に指の間に挟み構えた。男も攻撃を繰り出そうと大きく腕を引いた。ルイは腰の後ろへ左手を回し、隠し持っていたもう一つの銃も取り出した。両手に一丁ずつ銃を持ち、かなりのスピードで近付いてくる二人の額へ銃口を向けた。


「動くな!」


ピタッと二人は動きを止めた。距離が十分近く、素人でもわかるくらい、ルイが引き金を引けば二人の頭に風穴があくのは明らかだった。ルイは慎重に、狙いをずらさず膝を曲げ、ぐっと力を入れてひらりと甲板へとジャンプした。


 船の反対側へ行って、町まで真っすぐ逃げればこっちのもの……ルイがそこまで考えたところで、何かが後頭部に当たった。バランスを崩し手をついた拍子に銃が甲板を滑る。ふくろうが鋭い鉤爪でそれを持ち去る。


「ノーチェス、よくやったわ! 任せて」


背後で女の声が響く。立ち上がったのも束の間、目に見えないロープで縛られたかのように体の自由を奪われ、芋虫のようにルイは甲板に転がった。


 懸命に身をよじるルイに、背後から二人の足音と満足気なふくろうの鳴き声が聞こえた。

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