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第42話 ジェラートよりも甘い(後半)

ジェラートを食べ終え、俺は空いたカップを捨てに席を立った。荷物があるからノルベルトはベンチで待たせている。

少し離れた路地裏に向かった。



「あら、アベル。何してんの?」


……嫌な予感がする。この声。

振り返ると、案の定、ミカエラが立っていた。




「え、アベル、なにその服。ださ」

「うるさいな! しょうがないだろ、今の俺は村の神父なんだから!」


小声で叫ぶ。

なんでこんなとこで遭遇してしまうんだ。絶対ミカエラには見られたくなかったのに。

ミカエラは眉をあげて「ふぅん」と答える。

今のミカエラは人間の姿をしていた。シャロンは見当たらない。


「ミカエラこそ。何してんだよ。ここは広場だぞ」

「だからこの格好してるんでしょ。まあ、ちょっといろいろあってね。……あんたは?」


俺にちらりと視線を向ける。

言いよどむと、ミカエラはにやりと目を細めた。


「ああ、そう。デートだ?」

「そんなこと言ってないだろ!」

「うふふ、へぇ、そうなの。ふーん。あんた、相手の前だとそんないい子ちゃんなキャラなのねぇ。可愛いじゃん」

「いい子ちゃんじゃなくて、神父だから!」


ミカエラはからからと笑った。

そして、あたりをちらりと伺う。さりげなく服の袖口を近づけ、冷たい石をそっと手渡した。


……共鳴石だ。

俺たち魔物だけに伝わる振動でやりとりをする、通信手段のひとつ。

見た目はただの黒い石で、人間にはわからない。魔物の中ではまあまあメジャーなアイテムだった。

石は魔法を込めやすいから、魔物の間ではよく魔法を介する道具として利用される。


「何があったんだ」

「何も。ただ、最近ちょっときな臭いからね」

「……わかった」


ミカエラの勘は当たる。

俺はそっとポケットの中に共鳴石を忍ばせた。


「使わないことを祈ってるよ」

「あら、さすが神父。アタシの分も祈っといて」

「ヤだよ。めんどくさい」


はぁ、と小さく息を吐いた。

ミカエラと話していると手のひらでもてあそばれてる感覚がする。




まあいいや。そろそろ帰ろうかな。

ノルベルトも待たせているしーーーー。



「……アベル? 何してるんだ?」



…………ノルベルトの声がした。

重い荷物を持ったノルベルトが、俺を探しに来ていた。






「ノルベルト………。その、え~~」


俺は言いよどんだ。言葉が出ない。

ノルベルトにミカエラを会わせたくない。

いろいろバレたくないし、そもそもこんな治安の悪そうな女と知り合いと思われたくない。

ミカエラにノルベルトを知られるのも嫌だ。絶対ニヤニヤされるに決まってる……!



案の定ミカエラは目を輝かせていた。

わかってるな、こいつ。いろいろ。


「知り合いか?」

「えっと…………そ、その…………」

「ええ、そうよ。よろしく。アタシはミカエラ。この街のバーテンダーよ」

「……バーテンダー?」


ミカエラは笑顔で右手を差し出す。握手だ。

……心臓がハラハラする。ちょっともう、どうしたらいいかわからない。


「アタシはリュトムス出身なの。アベルにはよくしてもらっててね。この街に店を出してからもたまにお世話になってるのよ」


……白々しい嘘だが、正直助かる。

俺はほっと息を吐いた。適当に話を合わせればいいだろう。

ノルベルトは、そうか、と小さくうなずいた。リュトムス出身と聞いて安心したようだ。


「俺はノルベルトだ。よろしく。アベルの……」

「えっと、彼はリュトムスの近くで倒れてまして! 介抱して、教会で世話をしてるって感じですよ。ね?」

「…………ああ。そうだ」


ノルベルトはためらいながらも言葉を飲み込んだ。

絶対いま「恋人」って言おうとしただろ。ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。ミカエラには特に。


「あら、そう。そうなの。へぇ。立派な体ね。騎士様かしら?」

「…………いや。ただの小間使いだ」


昨日の会話といい、俺たちの関係はほとんど筒抜けになっている気がする。

ミカエラは意味深に笑った。


「アタシ、もう行かないと。お邪魔みたいだしね」

「………ぜんぜん、だいじょーぶですよ」

「はいはい。またこっちに来たら連絡ちょうだい」


手をひらりとさせて、ミカエラは去っていった。高いピンヒールでかつかつと歩いていく。

俺は気づかれないように小さく息を吐いた。

とりあえず嵐が去ったみたいで安心だ。




「アベル、彼女は……バーで働いているのか」

「……ええ。先進的な街が好きらしくて、リュトムスを離れたんですよ。ヴォーゲンに来たら会う……ええと、友人の一人です」

「そうか。アベルのイメージと違ったから少し驚いた、が」

「……まあ、性格はあんなですが………。悪い人じゃないですよ。頼りになります」


ノルベルトは小さく「そうか」と呟いた。

俺は気まずくて服をぎゅっとする。

俺のイメージ……壊れちゃったかな。いい子でいるつもりはなかったけど、こう……いざイメージが崩れたらって思うとハラハラする。


「ずいぶん親しいようだったな」

「いえ! ぜんっぜん! 会うのだって年に一回ですし、全然親しくないですよ!?」

「……そのわりには俺より気安く接してるように見えた。……本当に、友人、なんだよな」

「はぁっ!?」


俺は叫んだ。

何を勘違いしてるの!? まさかそっちにとられるか!?

ミカエラと俺は売人と客という関係でしかない。友人関係であるかすら怪しい。気安く接してるつもりもない。

……かといって「偽装身分証を作ってもらってます」なんて言えるわけもない、から。




「わ、私が好きなのはノルベルトだけですから! そんな勘違いしないでください!」




咄嗟に叫んでしまった。路地裏に俺の間抜けな声が響き渡る。

……カップルや家族連れが俺たちを興味深そうな瞳でじろじろと見ていた。


「………アベル。嬉しい、のだが、ここは…………」

「わっ、わかってます! 違うんです! 違くないけど! え〜〜〜、もう! 帰りますよ!」








急いでホテルに戻った。大量の荷物を抱えてだからちょっと疲れた。

公衆の面前であんなことを叫んでしまうとは。

顔を赤くして、うつむく。本当なら羞恥で部屋を転げまわりたいくらいだ。まだ顔が熱い。


夕食まで一息つくことにする。紅茶を淹れると気持ちも落ち着いた。

いろいろあったな。主にメンタルで。



ソファに並んで座り、買ってきた荷物を軽く整理する。村のみんなのお使いメモと照らし合わせて確認した。


「だいぶ買いましたねぇ。重かったでしょう」

「気にするな。これくらい平気だ」

「ふふ。頼りにしてますよ」


笑いかけるとノルベルトは嬉しそうに微笑んだ。

瓶や壊れやすいものを布で巻いて、カバンに詰める。

ヴォーゲンの滞在もあと少し。明日の夕方にはリュトムスへ帰らなければならない。

いつもより一瞬だったな。観光したところはいつもと変わらないんだけど。


「明日の夕方には荷馬車に乗りますよ。何か買い残したものとかあります? 見ておきたいものとか」

「いや、………そうだな、その、ミカエラのバーに行ってみたい」

「え!? 嫌です。それ以外でお願いします」

「……そうか」


絶対もうミカエラに会わせたくない。

そもそもバーは東地区だし。魔物だらけだし。

俺が珍しく必死に止めたからか、ノルベルトはそのまま引いた。そして、うーん、と首をかしげて、「スイーツをもっと食べたい」と呟いた。


「スイーツ?」

「ああ。今日のジェラートも美味しかったが、ほかにも、クレープやプリンなんかもあっただろう。俺はあまり甘いものが得意ではなかったのだが、ここのスイーツは美味しかった」

「まあ! なら食べないとですね。たくさん食べましょう!」


食べ歩きデート、続行だ。楽しみだな。

俺は、プリンは食べたことがあるが、クレープは食べたことがない。

店の種類は豊富だから明日一日でも食べ尽くせないだろう。どれから食べようかな。考えるだけで胸が躍る。

明日の予定を軽く話して、笑い合った。






すると、ノルベルトが「アベル」と声をかけた。


「どうしました?」

「あの…もし、よかったら。その………これを」


ノルベルトが手渡したのは、俺が本屋で眺めていた銀細工の栞だった。


……どうして、これを。

視線をあげると、ノルベルトはやや照れたように口を曲げていた。


「あなたが興味深そうに見ていたから。その……プレゼント、だ」

「……わ、私に…………?」


震える手で受け取る。

あの綺麗な栞だ。細かな装飾がきれいで………

ほしいなって、思ってたやつ、

だけど。


「た、高かったでしょう。お金は………」

「あ、いや。俺の金で出した。安心してくれ」

「いや、そういうことじゃなくて、その…………」

「俺があげたかったんだ」


ノルベルトはまっすぐな視線を向けた。




「アベルは、いつもみんなを優先するから。俺があなたにしてあげたかった」




ふいに、心臓が跳ねる感覚がした。


栞をぎゅっと握る。

固い栞は俺の体温で少し熱を持った。

なめらかな手触りと繊細な感覚がする。

胸がきゅっとして、じんわりと嬉しさが広がっていった。



「……ありがとう、ございます」



なぜだか、いつもより頬が熱くて。

心臓がどきどきして。



自分のことなんか、諦めてた、のに。

ノルベルトは見てくれてたんだな。


………俺のこと、大切にしてくれてるって。

全身から伝わってきた。

次回「始まる」

(再度言いますが、この物語はハピエン保証ですのでご安心くださいませ)

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