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第41話 ジェラートよりも甘い(前編)

滞在二日目。

今日はノルベルトとヴォーゲンで買い物をすることにした。


「アベル、用意ができた」


ノルベルトは村の普通の服を着ているが、高い背丈と立派な体躯からか、シンプルながらスタイリッシュな格好だった。羨ましい。

俺はというと、リュトムスで着ていたパッとしない私服。神父服は目立つし、レネ・ホフマンのうさんくさい格好は論外だからだ。

……ミカエラが見たら笑うだろうな。あんた、ヴォーゲンでよくそんなダサい格好できるわねって。絶対会うことはないだろうけど。



ちょっと引け目を感じつつ、俺はにこりとノルベルトに微笑みかけた。


「では行きましょうか」

「わかった。最初はどこへ?」

「村のみんなのお使いを済ませましょう。大通りの専門店街に向かって、そのあとは広場でスイーツでも」


地図を指さして説明する。

ヴォーゲンの街は店が集まっているから楽だ。

広場周辺は食べ歩きができるし、北のあたりは本屋や雑貨、専門店街が並んでいる。

俺たちはまず専門店街に向かった。

ナイフや鋤、鎌やハンマーなどが大小さまざま展示されて興味深い。

色々見て回って、村のお使いは無事終わった。




そして、実は一番楽しみにしていたのが、本屋だ。

レンガ造りの建物で、見上げても見上げきれないくらい大きい。この国でも最大規模のこの本屋は、古今東西さまざまな本が集まる。

リュトムスに本屋はないから、村人たちは基本的に教会の本を借りて読む。本は俺が毎年ヴォーゲンから買っていくのだ。子どもたちのための絵本や大人にも人気の小説。実用書でいえば、医学書、農法、税の本など。


今年はみんなに何を買って帰ろうかな。

半ばスキップするような気持ちでもあった。


「楽しそうだな」

「ええ! どんな新刊あるかな~とか、こんな作品があったんだ~とか……。本棚を見てるだけでも楽しくないですか?」

「……ああ、楽しいな。見てるだけでも」


ノルベルトがくすっと笑う。

今、絶対俺を見て楽しいって言ったよね。そんなに面白かったかな。

調子を取り戻すように、こほん、と咳払いをした。


「村の娯楽が懸かっていますからね。責任重大ですよ」

「村の本はすべてアベルが選んでいるのか?」

「まあ大体は。みんなの好みを聞きながら選んでます。人気なのは冒険小説ですかね」


ドラゴンやドワーフなどが出てくるファンタジー小説が特に人気だ。村出身の勇者が魔王を倒す話。弱虫だった勇者が幼なじみのために剣を握り、立ち向かっていく姿はついつい応援したくなる。


「あ、これです! 新刊出てたんですね。買わないとな」

「アベルもこのシリーズが好きなのか?」

「ええ! いいんですよ、この勇者。一生懸命で。あとね、エルフがね、口は悪いんですけど憎めなくて、可愛いんですよ。ドラゴンも強くて……」

「本当に好きなんだな」


ノルベルトはくすくすと笑った。

なんだか恥ずかしくなる。勢いよくまくし立てて、ちょっとアホみたいじゃん。


「……様々な種類の生き物がそれぞれの力を使って協力していくんですよ。欠点だと思ってたところが長所になって……。道徳心が身につきます」

「そうか。ぜひ読んでみたい」

「オススメですよ! 一巻は家にありますので、ぜひ!」


落ち着いて良さを伝えようと思ったのに、勢いは止まらなかった。聖書よりも布教してしまった。

反省しつつ、ノルベルトが興味を持ってくれたようで嬉しかった。


そうこう話しながら村に買っていく本を決めていく。道徳とか教育とかはそんなに考えたことないけど。ひとを傷つける内容のものはスルーしていた。

小説コーナー、絵本コーナーを抜け、実用書の方へ向かう。


「農法は去年と変わらないですかね。医学書も……去年買ったしなぁ」

「村人もこれらを?」

「読みたいって言えば貸しますよ。農法の本を借りていく人が多いです。でも、医学書や税制度の本は人気ないですね。使うのは私くらいです」

「そうか」


じっと棚に目を通していくと、哲学や天文、幾何学の難しい本が目に入った。

……俺はわからないから教えられなかったけど。ノルベルトがいれば、村人たちにこういった高度な教育をすることもできるだろうか。彼らも将来、村を出るかもしれないし。いつか役に立てば……。


ちらりとノルベルトに目をやる。難しそうな哲学の本を開いていた。……なんだか様になるな。

まあ、いいか。村人のために簡単そうな入門書をいくつか選んだ。興味を示したものがあれば来年詳しいのを買ってあげよう。


ノルベルトは哲学書をじっと読んでいる。気になるならあとで買ってあげようかな。

集中しているようなのでそのままにしてあげた。

そっと店内をひとりで歩く。




「……あ」


本棚の隣に、雑貨が置いている棚がある。

ヴォーゲンのデザイナーが作った小物類らしい。


薄い銀でできたプレートの栞が目にとまった。

花のモチーフが細工されている。職人が削りだしたのだろう。金色のリボンがちょこんと結ばれていた。手に取って角度を変えると、見え方も変わって面白かった。


ちらりとお値段を見ると、やっぱりお高い。

銀細工だし、職人が彫っているとなるとそれなりにするんだろう。

……いいなって思ったけど。

……うん。予算もあるし。なんならお高めの専門書が買える値段だし。

じゃあ、うん、……別に。


「アベル、どうした?」

「うぉぉっ! びっくりしたぁ。驚かさないでくださいよ」


突然声をかけられて肩が跳ねる。

ノルベルトは俺の手元をじっと見ていた。


「それは?」

「あ、栞です。きれいですよね。ヴォーゲンのデザイナーさんが作ったようですよ」

「……ほしいのか?」

「えー、いや。大丈夫です。お値段もしますからね。だったら村に本を買ってあげたいですし」


俺はそっと栞を棚に戻した。

欲しくないと言えば嘘になるけど。そんな余裕はないのだし。


「ノルベルトは? さきほど熱心に哲学書を読まれていたようですが」

「いや、いい。あまり俺が欲しい情報ではなかった」

「そうですか。欲しいものがあったら遠慮なく言ってくださいね」


村に買っていく分の本も決まって、俺たちは本屋をあとにした。村のみんなの反応が楽しみだ。





俺たちは広場に向かった。

スイーツの露店やカフェが並んで、楽しい雰囲気が立ち込めていた。看板も色とりどりでワクワクだ。


噴水前のベンチに腰かけて休憩する。

露店で、ミルクたっぷりのジェラートを買った。とろとろのハチミツがかかっている。看板を見た時から気になっていたのだ。手のひらサイズのジェラートはひんやり冷たい。

一口食べると、ミルクとはちみつの甘みが広がる。まろやかな味が最高だった。


「美味しい……! はわぁ~~。もう、ジェラートって、なんでこう、美味しいんでしょうね」

「さあ。でも、美味いな。ナッツがいいアクセントだ」

「ですよね! そう、そうなのです。あと、スパイスも入ってるのかな。不思議な味ですね。いいなぁ、村に持って帰りたい…けど、溶けちゃいますよねぇ」

「アベルは甘いものが好きだな」

「ええ、好きです!」


ぱっとノルベルトを見上げると、愛おしそうな瞳で俺を見つめていた。

……なんか、めちゃくちゃ、甘いんだけど。視線が。

急に照れてきた。ジェラートひとつでこんなにはしゃいじゃって恥ずかしいし、なんかこう……むずかゆい。


「俺も好きだ」

「あ、っ……。そ、そう、ですか」

「ジェラートも好きだし、アベルが美味しそうに食べてるのを見るのも好きだ」


ノルベルトはしれっとした顔でジェラートを食べる。

なんでこの男はこう…! 小っ恥ずかしいことをしらふで言えるんだ。


「都市部のデートもいいな。村であなたといるのも楽しいけれど、……より、年相応な気がして。見ていて面白い」

「……年甲斐もなくはしゃいでる自覚はあるんですよ」

「もっとはしゃいでもいいのに」


ノルベルトは口元を緩めて微笑んだ。

その表情に胸がどきりとする。


「子供扱いして……」

「恋人扱いのつもりだったんだが。キスでもするか?」

「なっ……! ひ、人前ですよ!」


赤くなって叫ぶと、ノルベルトは楽しそうに笑った。


ぱくり、手元のジェラートを食べる。こってりミルクと蜂蜜が甘すぎる。

恋人扱いなんて、ノルベルト以外にされたことないから。どうしたらいいのかわからない、けど。

確かに、村の外で、肩の力も抜けている。

素の自分が出て、はしゃいでるのかも。

……まあ、たまになら……。こういうのもいいかな。


ちらりとノルベルトを見上げると、ジェラートよりも甘い瞳で俺を見つめていた。

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