91.宵闇
草木も眠る丑三つ時。
月のない、静かな夜だった。
竜一は足音を立てずに、そこへ近づいた。
そこは、廃墟と化した工場跡地。
錆びついた壁に、ひび割れたガラス。
一階建ての建物で、学校の体育館程度の広さがあるだろうか。
「来たね。泉谷君」
そう言って竜一に声をかけたのは、長髪で丸眼鏡の男、朽葉 八雲。
「はい。お待たせしました」
竜一の返事を聞き、一つ頷くと、八雲は工場跡地に視線を移した。
「中に居るのは三人。その内の一人は変異種。やれるかい?」
「やれます」
「では、よろしく」
竜一は前へと歩き出した。
竜一の右手には武器。その武器は、異形種の角を加工して作られた刀、白角。
竜一は工場跡地の扉まで近づくと、勢いよく右足を蹴りつけた。
扉は簡単に吹き飛び、工場跡地内部へと飛んでいく。
「な、なんだ!?」
中から焦りの声が聞こえた。
竜一はその声には応じず、内部に侵入。それから、身を低くし、刀を抜いた。
白い刃が闇の中で瞬く。
竜一は、一瞬で二回刀を振った。
中に居たのは男三人。三人共、年齢は三十代と思われる。
その内二人の首が飛んだ。
一瞬で二人の首を刎ねた竜一は、残りの男を見据えた。
「て、てめえ……何者だ?」
苛立ち交じりに竜一にそう尋ねたのは、坊主頭で屈強な体躯の男だった。
闇の中で光る男の赤い瞳。
この人が変異種か。
結構、強いな……。
竜一は、男の雰囲気から強者の匂いを感じた。
「答えねえか。まあ、いい」
そう言って男は、腰からナイフを取り出し、竜一へと接近した。
巨体に似合わない素早い動きだった。
竜一は男が突き出すナイフへと刀を合わせた。
ナイフと刀が接触。
そして刀はナイフをあっさりと切断し、男の喉を切り裂いた。
「―――なッ!」
男は驚愕に目を見開き、喉元を両手で押さえた。
刀は男の喉を深く切り裂いていた。
両手で押さえた程度では、出血は止まらない。
「や、やべえ……」
男は瞬時に判断した。
身を翻して走り出した。
全力で逃走する男の背中を、竜一は追いかけなかった。
この時、もうすでに仕事を終えていたから。
男は走り出してすぐに異変を感じた。
「あ……あれ……?」
男は見た。頭部を失った、人の体を。
「う、うそ……だろ……」
それは、己の体だ。自分は今、首を刎ねられた。
そう確信した瞬間、男は意識を失った。永遠に。
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「泉谷君、お疲れ様」
八雲は優しい声音で竜一に声をかけた。
竜一は静かに言葉を返した。
「いえ」
八雲は優しい口調を崩さずに言う。
「後悔していないかい?」
その言葉を聞いて、竜一は右手に握る刀に視線を落とした。
この刀の銘は白角。八雲から譲り受けた物だ。
この刀を譲り受けるとき、八雲は言った。
この刀は純粋種ですら殺せるこの世に二つとない代物だが、扱うには大きな代償を伴う。
その代償とは、刀に込められた異形の呪い。
刀の持ち主を侵し、やがて死に至らしめるほどの強力な呪いである。
死を回避する方法は、人を殺し続けること。
この刀で、ある間隔ごとに人を殺し続ければ、呪いに浸食されることを免れる。
竜一はソレを受け入れた。
かけがえのない者達を守るため、己の手を汚し、呪いを受け入れることを。
「もし苦しければ、誰かにその刀を譲渡するといい」
八雲にそう言われ、竜一はそれを否定する。
「いいえ。それは出来ません」
この刀を他者に譲渡すれば、呪いはその者に移る。
刀に認められなければならないが、譲渡された者に呪いが移るのだ。
「俺にはこれが必要です。これがあれば、これからも皆を守れます」
「……そうかい」
「はい。では失礼します」
「分かった。お休み」
竜一は一礼して、八雲の前から居なくなった。
竜一が居なくなったあと、八雲は工場跡地に視線を移した。
そして、一人呟く。
「彼、何も聞かなかったな……」
竜一は殺害した三人の素性を一切聞かなかった。
竜一は八雲に頼まれた依頼を、何の疑問も抱かずにこなしたのだ。
「フフッ。いいね、僕が見込んだ通りだよ。泉谷君」
小さな笑い声が、静かな夜に響いた。
これで本作は完結となります。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
今後も何か書いていくつもりです。今後ともよろしくお願いします。




