表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/91

88.狂気と呪いの底で5

 桜色の棘が、竜一の手足を貫いた。

 竜一は顔をしかめながらも、両腕で頭部を守り、そのまま前進。


 手足の傷は大した問題ではない。

 放っておいても、すぐに再生する。

 絶対に避けなければならないことは、致命傷を喰らうこと。

 最も守らなければならないのは頭部。


 傷つくことを顧みず、竜一は美桜へと接近。


 桜色の棘が複数に枝分かれし、まるで大樹の枝が迫ってくるようだった。

 それでも、竜一は止まらない。

 胸を貫かれ肺が傷ついても、足首の腱が裂けても、首筋を刺されても、体を修復させながら突き進む。


 しかし、美桜まであと二メートルの位置にまで近付いたところで、竜一の足が止まった。

 大量の棘が竜一の体に刺さっている。棘によって、強制的に前進を止められたのだ。


「お兄さん、引いてください。そのままでは死にますよ?」


 体中に開いた穴から血を流しながら、竜一は答える。


「断る。絶対に引かない」


「……何故ですか? 何故そこまで……」


「言っただろう……家族は何よりも大切なんだ」


「この状況でまだそれを言いますか。私のことは放っておいてください。そうじゃなければ、私は……」


「嫌だ! 放っておくもんか!」


「な、何故……?」


「分からない!」


「なっ!?」


「自分でも分からない! 何で君に執着するのか! 俺はもしかしたら、妹と君を重ねているのかもしれない! でも、君を助けたい! それだけは本当だ!」


「お兄さん……」


「さあ、俺は止まらないぞ。俺を止めたいのなら、俺を殺すしかないぞ!」


 この時、美桜は理解していた。

 御形家が長い年月を掛けて練り上げた純粋種の力は、棘を媒介にして相手を死滅させる呪いの力。

 最大の武器は、相手を殺すほどの呪力。

 そしてその呪力は、相手を憎むほどに威力を増す。


 しかし今、その呪いが発動しない。

 それは何故か。分かり切っている。


 美桜は竜一のことを欠片も憎いと思っていない。

 そう思えない。

 むしろ、それとは逆の感情が胸の内から溢れてくる。


 何もかもを鮮明に思い出すことが出来る。

 竜一と共に過ごした、暖かい桜色の日々を。


 美桜の瞳から、一滴の涙がこぼれた。


「私……普通に生きたい。普通に学校に通って、放課後にはクレープを食べて、お休みの日はお買い物をして……。それから、お兄さんの作るお味噌汁が、もう一度飲みたい……」


 竜一は己を奮い立たせ、無理やり体を前進させた。

 全身から血を流しながら、手を伸ばせば美桜に触れられる距離にまで近づく。


 竜一は手を伸ばし、人差し指で美桜の涙を拭ってやった。


「その言葉が……聞きたかった」


 竜一がそう言い終わると、棘が動き出した。

 棘が美桜の両腕に戻っていく。


 棘から解放された竜一は、自分の体に意識を向けた。

 全身にあいた穴が塞がっていく。

 痛みも消え、両手を動かして状態を確認。


「……よし。問題ない」


 そう呟いたのち、美桜に笑顔を向ける。


「まずは、ここは脱出しよう」


 美桜は涙を拭って、柔らかく笑った。


「はい」


 その時だった。竜一の前方、廊下の先から低い声が聞こえた。


「ここにいたか」


 前方に目を向けると、白髪の男がいた。

 三十代と思われる格のいい男。

 現斯貴家当主を務める男、斯貴 廻雲だった。


 唐突に現れた廻雲に竜一は面食らうが、同時に安堵する。

 斯貴家とは現在協力関係にある。

 つまり廻雲は頼もしい味方だ。


「よかった……」


 気を緩める竜一であったが、美桜は真逆の態度を見せた。


「お兄さん」


「ん?」


「逃げましょう」


「え?」


 美桜は竜一の反応を待たず、竜一の手を強く引っ張った。


「どうしたの?」


 戸惑う竜一であったが、少し考えて思いつく。

 そうか。自分にとって廻雲は味方だが、美桜にとってはそうではない。


「大丈夫。俺が説明するから」


 美桜は首を振って答えた。


「いいえ、そうではありません」


「どういうこと?」


 竜一がそう尋ねた時、低い声が聞こえた。

 逃げ出すには既に遅かった。廻雲がすぐ傍に居た。


「少年、その娘を捕らえるのだ」


「まっ、待ってください。彼女は―――」


 その時、竜一は悟ってしまった。

 廻雲の瞳を見た。表情を見た。


 金色の瞳が鈍く光っていた。顔に浮かぶ表情は無。

 その瞳と表情は、酷く既視感があった。


「ま、まさか……貴方は……」


 竜一の疑問に答えるように、美桜が言った。


「それが新しい器ということですか。ご当主様」


 美桜の発言によって、竜一は確信する。

 今、目の前に居るのは斯貴 廻雲であって、斯貴 廻雲ではない。

 その正体は、斯貴 廻雲の体を乗っ取った、御形 御影だ。


 廻雲もとい、御影は淡々と述べる。


「この体は仮宿にすぎない。御形 美桜、巫女としての務めを全うせよ」


「ご当主様、それは、謹んでお断りいたします」


「……ならば、実力行使になるが、それでよいのか?」


「望むところです」


 美桜と御影はお互いを見据え、戦闘の態勢に入った。

 一触即発。

 張り詰める空気の中、竜一が声を上げた。


「御形家の当主様! 待ってください! 他に道はないのでしょうか!?」


「少年……君は部外者だ。君には関係ない」


「いいや、俺にも関係があります。俺は―――」


 その瞬間、竜一は両肩を貫かれた。

 竜一の両肩を貫いたのは、蜘蛛の爪。

 御影は背中から蜘蛛の脚を出現させ、その脚の先の爪で竜一を穿ったのだ。


「―――くッ!」


 竜一は痛みに顔をしかめながらも、爪を抜こうと、蜘蛛の脚を握りしめた。

 竜一が握力を込めた瞬間、蜘蛛の脚が動いた。

 蜘蛛の脚が真横に振るわれ、その勢いで竜一は吹き飛ばされた。


 通路の壁に叩きつけられ、激しく脳が揺れる。

 その後、すぐに体勢を整えようとした竜一の身に、再び衝撃。


 蜘蛛の脚が竜一に振るわれ、脇腹と首に衝撃を受ける。


 再び壁に叩きつけられた竜一は、蜘蛛の脚の膂力に驚愕した。


 なんだ、この力は……。

 それは、かつて戦った大蜘蛛の膂力に迫る威力だった。


「お兄さん!」


 美桜がそう叫んだ直後、美桜にも蜘蛛の脚が振るわれた。

 蜘蛛の脚は美桜に直撃し、美桜を吹き飛ばした。


「この野郎!」


 竜一が怒声を上げた直後、蜘蛛の脚が竜一へと襲い掛かる。

 竜一は両腕で蜘蛛の脚をガードするが、ガードを貫くほどの衝撃を喰らい、竜一は再び吹き飛ばされた。


「くっ……そ……」


 異常ともいえる御影の力。

 この時、ようやく竜一は思い出した。


 そうか。御影の正体は純粋種に取りつく寄生生物。

 宿主の脳に寄生し、宿主の潜在能力を引き上げる特性、だったか。


 つまり今、斯貴 廻雲は、かつてないほどの大きな力を手に入れたということになる。

 ただし、そこに廻雲の意思は欠片も存在しない。


 竜一は己の内側に向かって呼びかけた。


 やるぞ。


 その瞬間、荒れ狂う力が己の内側から吹き荒れ、竜一を変貌させた。

 瞳は朱に変わり、皮膚は真っ赤に染まり、体内で発生する熱によって、大気中の水分が蒸発する。


「はああああああああッ!!」


 竜一は雄たけびを上げ、御影へと突進。


 そこから、竜一の拳と御影の蜘蛛の脚の打ち合いが始まる。


 一撃ごとに大気が弾け飛び、衝撃が周囲に駆け抜ける。


 拳と脚の打ち合いは、互角のように思えたが、それは最初の数分間だけだった。


 蜘蛛の脚の猛攻を防ぎきれず、被弾していく竜一。

 次第に劣勢となっていき、竜一は己を鼓舞するが、状況は変わらなかった。


 蜘蛛の脚の膂力は、竜一の膂力を上回っている。

 しかも、竜一の拳は二つに対し、蜘蛛の脚は八本。手数でも不利。


 むしろ、竜一は善戦している方だった。


 そして、竜一の善戦むなしく、決着がつこうとしていた。


「―――ッ!」


 蜘蛛の脚が竜一の腹に直撃し、竜一は吹き飛ばされた。

 数メートル床を転がった竜一は、どうにか立ち上がり体勢を整えるが、体から熱が失われていくのを感じた。


 竜一の瞳が朱から黒に戻り、体内の熱が急激に冷えていく。

 鬼神化が解けてしまった。

 鬼神化継続時間の短さ、これこそが竜一の弱点であった。


 御影は蜘蛛の脚を使い、床を蹴り上げ、竜一の元へと急接近。

 それから御形は、鋭い爪を竜一の腹へ突き刺した。


「ぐッ……!」


 蜘蛛の爪が竜一の腹を貫通し、壁に突き刺さった。

 竜一が蜘蛛の脚を抜こうとしたその時、御形は残りの蜘蛛の脚を竜一の両肩、両膝に突き刺した。


 御影は竜一を突き刺した四本の脚を腕で引き千切った。

 引き千切られた蜘蛛の脚は、即座に再生。

 竜一は蜘蛛の脚で壁に縫い付けられてしまった。


「少年、君には興味がある。殺しはしない。しばらく大人しくしておくのだ」


「ま、待て!」


 御影は竜一の制止を無視し、気絶している美桜の元へと歩き出した。

 竜一には、御影が何をしようとしているのか分かった。


 御影は美桜に言った。巫女としての務めを全うせよと。

 巫女の務めとは、寄生生物に体を明け渡すこと。

 御影は美桜の体を奪うことを諦めていないのだ。


「くっ、くそっ!」


 竜一は必死にもがくが、体に刺さった蜘蛛の脚を引き抜くことは出来なかった。


 御影は美桜の元まで近づき、足を止めた。


「御霊之開耶、御形 美桜。我の器となれ」


 そう言って、御影は両腕を広げた。

 御影の瞳が金色に輝き出した。


 このままでは不味い。

 美桜がいなくなってしまう。


 歯を食いしばり、全身に力を込めた。

 しかし、それでも体が自由になることはなかった。


「御形 美桜さん! 起きろ! 起きるんだ!」


 御影に異変が起きたのは、その時だった。


 御影の頭から、血が噴き出した。

 その原因は、頭部の損傷。


 損傷の理由は、頭部に刀が突き刺さったため。

 白く輝く刀身を持つ刀が、御影の頭部を貫通していた。


「え……」


 突然の事態に目を見張る竜一。


 なんだ? 何が起こった? あの刀は何だ?


 頭に疑問を浮かべる竜一だったが、次の瞬間、更に竜一を驚かす事態が発生。


「御影殿、言いましたよね? 彼は当家の関係者だと。身内に危害を加えられては、実力行使を取らざるを得ませんね」


 優し気で落ち着いた声だった。

 しかし、その声とは裏腹に、その男の赤い瞳には明確な殺意が宿っていた。


 ブラウンの長い髪で、人の良さそうな表情をした優男。

 朽葉 八雲だった。


 突然現れた八雲に、御影は敵意を向けた。


「き、貴様―――」


 御影が何かを言い終わる前に、八雲は動いた。

 刀を柄を握り、御影の頭部から引き抜くと、素早く刀を振った。


 白い刃が数回瞬いたと思った直後、御影の頭部が粉々に砕け散った。


 周囲に血と骨と脳の破片が飛び散り、凄惨な現場と化す。


「逃がしませんよ」


 八雲は丸眼鏡の奥にある鋭い瞳で、ソレを捉えた。

 刀を水平に振るい、ソレを両断。


 両断されたソレは、空中から落下し、床に着地。


 ソレは、百足のような外見をしていた。

 金色に輝く百足。そうとしか表現できない。


 金色の百足は体を両断されながらも、まだ生きているようだった。

 僅かに動いている。


「しぶといですね」


 八雲はそう言って、刀を振るった。

 金色の百足は散り散りに切り裂かれ、今度こそ動かなくなった。


「ふう……」


 八雲は額の汗を拭い、壁に縫い付けられている竜一に声をかけた。


「泉谷君、今助けますね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ