とある物語の結末
白い世界でティナの記憶や思いを強制的に脳に叩き込まれ、クロは激しい頭痛に襲われた。
彼すぐに身体に慣らしたヒールの魔術を発動させると、魔術が少しの温もりをもたらして即座にクロの痛みを消し去った。
「私がこれだけ苦しんで、悩んで、一人で辛いのに! なんで圭ちゃんだけ幸せそうなの? ねぇ、私の知ってる圭ちゃんと交代してよ」
「ごめん、出来ない」
ティナが知る圭ではないように、クロからしてもティナも沙奈も知らない人物だった。
「じゃあ、私を日本に戻して。それが出来ないなら私を楽にしてよ。殺して! 可哀想と思うなら一緒に死んでよ!!」
「日本に戻る方法も俺にはわからないし、死のうって言われても死ねない」
「あれもだめ、これもだめって否定ばっか」
「この世界で幸せを見つけるんじゃだめなのか? これから俺達仲良くなればいいじゃん」
「出来るんだったらとっくにしてる!」
獣が唸るのかのように、ティナは思いのままに必死に叫んだ。
「怖いの! 辛いの! もうこれ以上生きたくない!!」
少女の悲痛な叫びを受け止めて、クロは静かに彼女見つめる。クロも、あの戦争の後に同じように思った瞬間があった。ロベルトと出会わなければ、レオやメリーと出会わなければ。クロもティナと同じように、この世界に絶望していたかもしれない。
「…………そっか、そうだよな」
沙奈は膝から崩れるように蹲ると、
「……もうやだ。助けてよ圭ちゃん」
か細い声で力なく呟いた。
「死ぬのは駄目だ。俺には殺せないし見捨てられないよ」
意志を変えないクロの言葉に沙奈は嗚咽を漏らす。しかし、次に放ったクロの言葉は今までのものとは違った。
「代わりに、記憶も力も。全部消してやる」
それが、クロが唯一思いつく彼女に出来ることだった。
「………………え?」
「んで、赤ん坊になってもう一回やりなおそう。俺が大事に育てるから」
予想しなかった言葉に、ティナは目を見開いて固まった。
終われるのは嬉しい。
本当は死にたくない。
まだ希望はあったのだ。
その思いとは裏腹に、同時に恐怖が襲ってくるのをティナは感じた。
「それさ、意味わかって言ってる?」
「うん」
「私が全て忘れて失くすなら、圭ちゃんの特別な力も消えちゃうんだよ?」
「うん」
「日本じゃないの。おばあちゃんもいないの! モンスターだっているの! どうやって生きてくっていうの!!」
「それはまあ、頑張って生きていくとしか」
あの日ティナが縁側で見た時と同じ、気の抜けた顔で笑うクロの姿がそこにあった。
こっちはこんなにも必死なのに、本当ばかみたい。そう思うと、ティナは身体から力が抜けていくのがわかった。
「…………ばか。ばかばかばかばか」
「ごめん」
「幸せにしてくれる? 愛してくれる? 約束してくれる?」
「うん、約束する」
そう言ったクロの頭に、ふとメリーの顔が浮かんだ。俺もう一人じゃないんだった、と思い出したクロは念話の魔術をメリーに飛ばす。
『メリー』
『はい!』
『悪いんだけど、早速子持ちになってもいい?』
『クロ様ったら、まだ明るいのに』
『そうじゃなくて、えっと……』
『いいよ。クロ様の決めたことなら私どこまでもついていくから。私の子じゃなくたって愛するよ』
『…………ありがと』
了解はとれた。未来の妻の後押しを受けて、泣き崩れるティナをクロは優しく抱きしめた。
目が眩むような光が二人を包むと、沙奈は時間の逆流にのる。
身体の時間が遡る中、沙奈が小学生位の姿になった時、クロは既視感を覚えた。
その引っ掛かりは、
クロの眠っていた記憶を呼び起こす。
「……そっか。アンタあの時の子供か」
クロは下校時、トラックのライトを眩しく感じて瞬きをした瞬間こちらの世界に来てしまったと思っていた。だが、この瞬間フラッシュバックのように彼の頭に真実の映像が浮かび上がる。
クロの中で眠っていた現実は、トラックの前に飛び出した子どもを助けて事故死したものだった。
ばあちゃんに悪いと思って記憶に蓋したのかな。
クロがそう思うと同時に祖母の言葉が脳裏に蘇る。
『袖振り合うのも、多少の縁』
「これも縁なのか。俺が死んだから、代わりに俺を助けてくれたって訳? …………ありがとな」
クロの呟きと共に光が終息した時、世界にたった二人だけの魔術師がこの世から消えた。




