とある男の話
「パパ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫、パパ舐めんな」
パパと呼ばれた男は、前に袋を引っ掛けながら幼い娘を背負って山道を歩く。ゼェゼェと呼吸を荒くしながらも、精一杯の強がりで明るく答えた。
「私歩けるよ?」
「…………まじ? 辛くなったら言うんだぞ?」
娘の優しい提案に、ほっとした顔で男は乗る。
「うん!」
「クロ様、多分もうちょっと!」
少し前を歩いてた女性が、何かを見つけ声をあげた。
「歩くとこんな遠いと思ってなかったわ。どこの秘境だよ」
探索者を雇って詳細な地図を買う。
馬車と御者に予約を入れる。
旅に必要な食料と物資を揃える。
勿論それを背負うのは自分自身。
この国の人間なら、旅をする際に全て必要な事。
けれど、今までクロには必要がなかった事。
その大変さを味わいながらも、家族で旅を計画する事は彼にとって楽しい事だった。
苦はあったが、それ以上に幸せを感じた。
「パパ! なんか光ってる!」
「うおー! やっとついたかー!」
もうすぐ夜明けというところで、ぎりぎり目的地へと到着した一行。
辺り一面に咲く夜光花が淡く光を放つ、幻想的な光景。
感動から声も出ず大きな目を見開き佇む女性も、花々の光に照らされてより一層クロには美しく見えた。
「そう! これだよこれ! お花畑の姫さまはこうじゃなきゃ!」
「こうじゃなきゃ?」
まるで『こうじゃなかった』事がある発言に、女性がクロへ冷たい視線を投げる。
「ち、違う! メリーがお花畑のお姫さまみたいって言いたかったんだ!」
しばしクロに、じとっとした目を向けていたメリーだが、堪えきれないように笑い始めた。それを見て、深く考えずクロも一緒になって笑う。いつの間にか娘も、二人が笑ってるのを見て楽しくなったのか一緒に笑っていた。
ひとしきり三人が笑い合うと、メリーが思い出したかのように鞄に手を伸ばした。
「あ、これクロ様どうぞ」
クロに渡されたのは水筒。魔術式が刺繍されたハンカチに包まれてるから何かと思えば、中身はキンキンに冷えたエールだった。
――――――――――
毎日好きなもん食って、好きなだけ酒飲んで、起きる時間を決めずに寝る。
そんな生活も良かったけど、まあそれなり。
朝早く起きて、家族でご飯を食って、いってきますといってらっしゃいを言う生活。
全部が全部楽しい訳じゃないけど、やっぱこれが一番っしょ。
チート魔術師だからって物語の主人公になる必要もないけど、平々凡々な一般市民でもみんな自分が主人公じゃん。
なんにせよ、俺が変わらず言える事は――――
「汗かいた後のエールうめえー!」
終
最後までお読みくださりありがとうございました。
後半HP切れを起こして駆け足になってしまいましたが、読んでくださった皆さまのブクマ・評価・感想・レビューを励みに完結できました。本当にありがとうございます。
この後いただく評価は次回作の励みにします。
また新着欄などでたぬき作を見かける事があった際はよろしくお願いいたします。




