第六位階の大魔術
次々と出来たての料理が運ばれて来る。
あまり口にしたことのない料理も幾つかあったものの、殆どは舌鼓をうつほどの絶品で、大いに酒もすすんだ。
金貨数枚分が一夜の宴会費で消えるとまでは正直覚悟していなかったが、例えば仲間を蘇らせる為に大金を寺院に寄付して、すみません生き返りませんでした。お金は返しません。なんて事もあるような世界なのだ。皆が無事でいてくれて、好きな飲み物や食べ物が彼らの胃袋に消えていくというなら、まだマシな使い道と言えるだろう。
明らかにいつもと違う注文っぷりに店主の方も異変を感じ取ったようで、事情を説明すると御祝いにと頼んでもいないガチョウの丸焼きなどを差し入れてくれた。本音を言えばこれ以上の追加オーダーよりも、10%引きみたいなサービスをして欲しかったが…それは野暮というものだろう。
特にスゥ、アレクシア、チャンスの食べっぷりは目を見張る物があり、過剰そうに思えた料理の数々はどうやら適正量だったらしい。シルバはその風貌から一番大食いそうに見えるのだが、「私達は必要な時に必要なだけ食べるのだ。」とスゥ達の食べっぷりにやや呆れている様子だった。
「そういえば”転移”がどうのって言ってたけど、アレックスは最近どんな魔術を覚えたの?」
白パンを頬張る前に、たまたま口の中が空いたからという感じでジャム瓶へと手を伸ばしながらチャンスが問いかける。
「六位階の魔術を覚えたわ。」
アレクシアはそう言うと、緑色のゼリーをスプーンで掬い、パクリと口に運んだ。
「六位階だって!?」
チャンスが驚きの声をあげる。
今回の療養中に覚えたのだろうか。俺も初耳だった。今この世界で知れ渡っている魔術、奇跡はそれぞれ第七位階までとされている。六位階の魔術ともなればもはや立派な高等呪文だ。
「さらに強烈な吹雪とか?」
期待に胸を膨らませるチャンスと対照的にアレクシアはどこか浮かない様子だ。
「う〜ん。そういうのだったら良かったんだけど…。」
派手な魔術を好むアレクシアの事だ。攻撃系の魔術だったなら自分から自慢していたに違いない。
六位階の魔術と言えば、確か”透明化”の魔術もあった気がする。術者本人が姿を消すことは低位呪文でもできたはずだが、味方にまで干渉し全員を”透明化”させるという大魔術だ。
敵から一方的にこちらの姿を隠せるというのは、強靭な鎧兜を着込むよりよっぽど防御面で有利な局面もあるかもしれない。
「何が起こるか、わからないのよね。」
そう言うと、アレクシアは小さくため息をついた。
チャンスが首をかしげ、皆も顔を見合わせた。
どうやら”透明化”の魔術でもなかったようだ。
『味方の治療や回復。自身の魔力の増長、敵の魔力の無力化、敵戦力の無力化…報告例はこのあたりだったか…。』
具体的な描写まではわからない。なんせアレクシアの言う通り”何が起こるかわからない魔術”として伝えられているのだ。
「え、でもなんかそれ凄そうじゃない?」
スゥが2〜3周は考えて行き着きました、といった風に前向きな反応で口を開く。
確かに、選べないとしても非常に強力な報告例ばかりあがっている。
しかし、一人一人の一挙手一投足が、お互いの命を握っている迷宮において効果がわからないというのは致命的な問題となる。
それに加え
「確かに局面を打開できるほどの魔術なんだけど、反動もあるみたいでね。」
本来この世界における”魔術”の起源や発展とは相反する回復のような”奇跡”に近い効果が報告されている。
恐らくだが、自分の魔力を媒体に、迷宮に眠る何かもっと強大な力に呼びかけることで発現するものだ。
”変化”と呼ばれるその魔術は、戦局を変えるに十分な効果を持たらすが、術者本来の力量を越えた術の代償に唱えた者は衰弱すると言われている。
この衰弱というのは、もちろん体力的な面もそうなのだが、蓄えた”瘴気”や”知識”を放出してしまうケースがあるそうで、使えていたはずの魔術が使えなくなってしまう事まであるらしい。
「だから、練習で唱えたことすらないのよね。」
アレクシアはそう言って、もう一度ため息をついた。
新しく習得した魔術なんて、絶対に使ってみたいに違いない。覚えたての流行語や業界用語やらをやたら試してみたいなんていうちっぽけな衝動とはきっと比べ物にならないだろう。
俺からすれば、ただただ羨ましい悩みなのだが、魔術師もなかなか大変らしい。
『残念ではあるけど、それについては使う事がないことを祈るばかりだよ。』
「そうね。せっかく一流冒険者に足を突っ込んだところだもの。とっとと次の新しい魔術を覚えなくっちゃ。」
彼女がシードルをグイと飲み干すと、一同は微笑み合って頷いた。