形勢の逆転
突如としてあたりが温かな光に包まれた。
血液を撒き散らしながら俺から離れつつあった両腕がしっかりと俺の身体に接続している。
それだけではない。
先程まで無理矢理動かしていた全身が軽い。痛みすら感じなくなったというのではない。
全身から本来の力が湧き上がってくる。
アレクシアの”変化”で強力な治癒が発現したのかもしれない。そう思い至った時には魔力の奔流はかき消えていた。
すかさず体勢を立て直そうとしたが、悪魔の突進の勢いをほとんど殺せなかった。止められなかった。
結局アレクシアにはあの巨体を受け止めることなどできないのだ。
悪魔の歪な後ろ姿が遠ざかっていく。俺の伸ばした手の、その指先からすり抜けるかのように。届かない。
ドッ。という鈍い音と共に悪魔の突進に小さな影が飛び掛かった。
悪魔の巨体と比べたらそれはそれは小さな人影であったが突進の勢いを殺し、奴を地につかせてみせた。
飛び込んだ方も勢いを止められなかったのかころころと転がったかと思うと、すっくと立ち上がり何倍も大きな相手を睨みつけた。
チャンスだ。
その手には水薬の空瓶が握られていた。
俺の後ろで密かに動き出す準備をしていたらしい。彼もアレクシアを守るために気配を隠していたのか。
視界の外からこの機を逃すまいと今度は二つの影が悪魔へと飛び掛かる。スゥとシルバが俊敏な動きで攻撃を仕掛けた。治癒によって彼女達も回復したようだ。
それぞれの攻撃は防がれてしまったが、悪魔を一歩、また一歩と退けアレクシアから遠ざける。
「…くそっ。流石に手強い。」
双方が物理的な攻撃範囲から離れるとスゥが苛立ちを見せた。
二人ががりの不意打ちでさえ致命的な一撃に繋がらない。あの巨体は俊敏でいて、外皮があまりに強靭なのだ。スゥの槍先をまるで鋼鉄で受けるかのように通さない。
「アレクシアさん、大丈夫ですか?」
パストアが身を案じて問いかけるが、応答らしい応答はなかった。杖を支えに俯いたまま、まだぶつぶつと呟いており、それが何か聞き取れない。衰弱を伴うほどの大魔術を2度放ったのだ。アレクシアの身に何か異変が起こっていてもおかしくはなかった。
「姐さん、お嬢は充分やってくれた。あとは私達でなんとかしよう。」
「無論だ。」
距離のあるうちに各々が呼吸を整える。俺は彼女らとアレクシアの中間あたりに入り、隊列も万全となった。
奴は魔術なしでも充分な強敵だが、形勢はなんとか持ち直した。
近接戦闘だけに持ち込むことができれば勝機はあるように思えた。
その時、上級悪魔の周囲の空間が複数箇所同時に歪んで見えた。
6つほどの空間の歪みが正面にいる上級悪魔と同程度の大きさに一瞬で達したかと思うと、まるでダークゾーンのような真っ黒な穴となった。
まず青白い皮膚をした巨木のような腕と脚がその穴を潜る様に現れ、続いて靄のような白い息を吐きながら上級悪魔の頭部が現れた。
6体の悪魔達の全貌が出現し終えると穴は悪魔達を残し何事もなかったかのように閉じた。若干の体格差、角や顔、翼の歪さに違いがある。どうやらそれぞれ別個体らしい。
「長い歳月をかけやっとこの段階まで来たのだ。手段を選んでもいられまい。」
上級悪魔の淡々とした声が脳内に響く。
わかっている。
諦めてはいけないのはわかっている。
だが7体の上級悪魔を前にし、俺の手からは溢れていたはずの力がすっかり抜け、剣を落とさないようにするので精一杯であった。




