紡ぎ出された1ターン
風が止み、魔力の奔流にその身を委ねていた様々な物品が空中から地面へと落ちていく。
間一髪のところで悪魔の詠唱を打ち消したらしい。
この隙を無駄にしてはいけない。
先程よりも幾らか手際よく水薬を自分に振り撒くと、全身が奇跡による癒やしに包まれていく。
が、痛い。
むしろ水薬によって全身に激痛が走った。
鎧の中で俺の皮膚はどうなってしまっているのだろう。血管がぱんぱんに膨れ上がったような感じで、凄まじく痛むというのに掻き毟りたいような衝動に駆られる。
痛みを伴いながらなんとか意思通りに身体を動かすことができるようになったが、まだまだ深刻な状況に変わりはない。
悪魔が踏み抜かんばかりに思い切り床を踏みつけた。ズドンと地鳴りが響く。
脅威もまだ去ったわけではない。
まだ戦局が覆ったわけでもない。
数秒間か、あるいは数分間か、俺達の寿命が伸びただけ。
咄嗟に後ろを振り返る。
先程魔力の渦に包まれていたアレクシアがぽつんと立っている。上級悪魔の魔術を悉く破ってみせたのだ。それは人並み外れた魔術であって、まさに自らの力量を超える魔術を迷宮の力を借りて無理矢理に発現させたといったところだ。もはや彼女にはわずかな力も残っていないように見えた。
突然、ぶわりと羽ばたくような大きな音がして慌てて前に視線を戻す。
上級悪魔がその歪な翼を拡げながら急速に距離を詰めてきている。
憤りの様から狙いがアレクシアであることがはっきりとわかった。
今の状態のアレクシアでは反応できない。あの巨体、あの速度では、ただの体当たりだろうと防御をとれなければ即死する。
このほんの少し延びた俺の未来はアレクシアが渾身の力で創り出した時間だ。そのアレクシアがやられるのを突っ立って見てなどいられるか。
とても相殺などできる算段もつかないまま、上級悪魔の軌道へと駆けた。先程まで凍りついていた足が思うように動かず、半ば倒れかかるようにしてアレクシアと上級悪魔の間に割り込む形となった。
遠目に見ても恐ろしい威圧感だったのにそれが間近に迫ってみると、やはり人が前に立ちはだかっていいような相手ではないと改めて感じた。あらゆる猛獣に一斉に囲まれて、どこから食べられるのか、どう痛むのかを考えることしかできないような心境だ。恐怖の中で両腕を前にし、とりあえず心臓を守っていた。
一瞬、腕から肘あたりにかけ激しい熱を感じた。俺の腕が俺から離れていく。薙ぎ払われたか蹴られたかした俺の腕はその威力に耐えられなかったらしい。あぁ、これは凄く痛むだろう。ただの悪足掻きだった。俺は本当に無力だった。結局仲間の力だけでここまで来たようなものなのだ。アレクシアが繋いでくれたこの短い時間を、本当にただの生き延びた時間にしかできなかった。
鉄杖を地に打ち付ける甲高い衝突音が鳴り響く。
「ま…
だ…
…だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
アレクシアの絶叫とともに再び強烈な魔力の奔流が巻き起こった。




