(6)国家保衛省・教育省推薦映画第00235号『赤と白』
主人公は李南善。北朝鮮の陸軍士官学校・生徒の彼は、大日本帝国の植民地支配の圧政で苦しんだ経験をバネに、士官学校の過酷な試練を乗り越え、見事陸軍少尉に任官する。
任官後、わずかな休暇中に南善は古き良き李氏朝鮮時代の面影の残る故郷へ帰る。しかし故郷は植民地支配の痛手が大きく、荒廃していた。そんな故郷に衝撃を受けた南善。砂埃が朽ち果てた家屋を通り過ぎていく。待っている家族もいない、誰もいない村をたださすらう南善。演出でそこだけ音声の抜かれた映像の中で逞しい主人公はさすらう。ガタンという物音。主人公は振り返る。
「誰だ?」
純白の民族衣装を着た女だった。丸顔の色白の美人に南善は見惚れる。だが女は逃げようとする。
「待ってくれ」
「兵隊は嫌い」
女は逃げようとする。南善は懸命に説得した。女は友人が日本軍によって徴用されてから、いまだに帰ってこないことから、軍隊と言うものを恐れて山の中でひっそりと暮らしていることを打ち明けた。日本軍に痛めつけられたという共通の過去を持つ二人は惹かれあい、結ばれる。
しかしそれからわずか一週間後に南善は呼び戻された。そして南善少尉は、北朝鮮軍第六師団に配属される。第六師団は中国東北部にいた朝鮮族で構成され、北朝鮮屈指の名将・方虎山の指揮の下、中国共産党の勝利と中華人民共和国の建国に貢献した歴戦の部隊だったという余計な豆知識のナレーションが挟まれた後で、李南善少尉は演習の名目で38度線へとおびただしい部隊とともに南下させられる。
ここで第一部が終わる。
第二部から朝鮮戦争(北日本では”祖国解放戦争”と呼ばれる)に入る。
ここで主人公はしきりに「死にたくない」と言葉を発する。
その一方で、なぜか、誰よりも強い兵士で、大田の戦いで獅子奮迅の活躍をする。
「ファイヤー」と叫びながら、バズーカ砲を乱射するアメリカ軍の将軍を南善は見事、白兵突撃で生け捕りにするという超人的な(非現実的な)働きさえ見せた。
しかし、アメリカ軍が仁川に上陸後、戦況は逆転。方虎山将軍の冴えわたる指揮のもと南善の所属する北朝鮮第六師団は見事に撤退続けるも、白師団長率いる韓国軍の猛追撃を受け、南善の戦友が戦死する。
憤激した南善は白師団長に一騎打ちを仕掛ける。
白師団長は一騎打ちをする前に、自分の腰に指している旧日本軍の軍刀を指さしながら、何かを言う。
だが、ここで音声が砲声のせいでかき消される。
日本の陸軍士官学校に進学した経験を持つと設定された白師団長の顔は悲痛なので、日本の陸軍士官学校での経験と、朝鮮に生まれたことの板挟みの苦労を物語っているのだろうが、ここは“政治的配慮”で消された音声の箇所だろう。登場人物の奥行きを出すためには必要な台詞だったはずだが、おそらく「社会主義の敵は悪者であればいい。人間らしさなどの描写は不要」という当局の貧相な芸術観のせいで、削除されたのだろう。
少なくとも私はそう思った。
その後、南善はその日本刀を振るう白師団長を激戦の末に倒したが、その直後、狙撃兵に撃たれ致命傷を負ってしまう。すぐさま狙撃兵を倒した方虎山師団長の腕の中で、南善は白い自分の妻の顔と、赤い北朝鮮の国旗の幻を見ながら息絶える。
これが映画の大略だった。




