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(2)クルチャトフが作りし、人工太陽

 それから3時間後

 私は無事に電力経済省に生還した。“生還”という言葉が今の私にはぴったりな表現だ。あの高圧電流と監視塔に隔離された研究都市から帰ってくると、やはりほっとする。

 

 公用車を降りた後、私はまっすぐ大臣室へ向かった。


「ご苦労」


 私の報告を受けた大臣は言葉少なに頷いた。予想通り、私の帰りが遅かったことにしびれを切らしていた。私は何の問題もありませんよという意味を込めて続ける。


「中規模機械製作省の中村次官からは、大臣にはくれぐれもよろしくとのことでした」

「そうか。ところで岩田同志、今日の真駒内はどうだったか?」


――どうとは何だろう?


「最重要機密の原発製造を司る中規模機械製作省の警備が厳重なのはいつものことですが……見たままを申し上げますと、今日はいつも以上に警備が厳重で、入構検査もかなり綿密でした」


「そうか」


大臣は納得した様子で頷いた。私がいつもより遅く帰って来た理由も納得した様子なので、私は研究施設のいつも以上の重警備の理由について尋ねてみることにした。


「何かあったのですか?」


 大臣は「それを聞いてくれるな」とちょっと顔をしかめたが、「友枝、お前ならいいだろう」と思い直した様子でカーテンを閉めた。そしてわざわざお前だからこそ話すが、と前置きしてからその理由を打ち明けた。


「今、ソ連の原子力研究の総本山であるクルチャトフ原子力研究所から、優秀な研究者の方のうち何名かがお忍びで、北日本に建設する予定の商業用原子炉RBMK型の設計、製造指導のために来日しているのだ」


「あの、クルチャトフからですか?」


クルチャトフ原子力研究所は、1949年にソ連初の原爆実験に成功。そして4年前にはアメリカ・イギリスを出し抜いて世界初の原子力発電に成功したと噂されていた。


「世界有数の原子力研究所であり、ソ連の“人工太陽”をつかさどるクルチャトフからの研究者にもしものことがあってはソ連との外交問題になりかねない。それに、南日本の”特務”がこの北日本の”人道的な”国家体制をひっくり返そうと今もどこかで爪を研いでいるに違いない」

 

 この国の為政者はみんな、神経質なほどに南日本工作員(いわゆる”特務”)の破壊工作を恐れている。それはこの国が南に大量の工作員を送っていて、その仕返しをされることが怖いからだ。


「”特務”がいるのでしょうか?」

「いる」


私は大臣の真面目な声にびくりとする。


「3年前には、一部の反動分子に扇動された民衆による武力蜂起があったばかりだ。この国の内部には”反動分子”が相当の数いると見なさなくてはならないのだよ、友枝。私を不安にさせてくれるな」


 大臣は声を潜めてまた別のことを私に訊いた。


「……ところで、これは確認のために聞くが、この原子炉に関するすべての情報が、丸山課長の耳に入らないように手を尽くしているよな?」


 私はまたその話かと思いながら、答える。


「心得ております。丸山課長には何も知らせておりません。原子炉に関する業務は秘書課では私だけが担当していて、他の職員にも詳細は教えていません」

大臣はやっと安心したようにうなずく。


「当たり前だ。日本ファシズムの手先だった丸山は南の特務である可能性が高い。お前にはいつも言っているように丸山への監視を怠るな。お前は秘書課の主任であると同時に、この原発の建設計画に深く関与している原子力行政担当官であることも忘れるな」


「わかりました」


「それから話は変わるが、今日の午後1時に講堂で、映画鑑賞会をやる。秘書課は鑑賞会の設営を手伝ってもらうことになったから30分前の12時半には講堂に集合してくれ。いいな?」


「12時半に講堂に集合ですね。わかりました」

私は人民服のポケットに収めていた赤色の手帳に、黄色の鉛筆で素早く書き留めた。大臣は鷹揚に頷く。


「今日はご苦労だった。もう下がっていい」


「失礼いたします」

 廊下に出た私は、重い足取りで秘書課へと戻った。丸山課長を監視しろという命令を再び強調されたせいで、さっきまでの任務を終えた安堵感は吹き飛んでしまっていた。

 

 私は正直言って、この任務が嫌いだった。


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