ファイバー・ワーク③
前回までのあらすじ:逃げてたら バイクを切られて 大ピンチ
「クソッ! 相当な下衆野郎だなゴーグル野郎!」
ゴーグルの男の策に、アギタは同時に関心もしていた。確かに標的を確実に殺そうというのなら、自分が安全な範囲で相手するのが最善策だ。そして、アギタ自身にとっての最悪の策でもある。彼がどれだけ攻撃しようともゴーグルの男は傷さえも消滅させ蘇り、再び攻撃を開始するのだろう。
この状況を、果たしてどうやって突破しろというのか。
ゴーグルの男は片手で持っていた銃を両手で持ち、じっくりと照準を合わせる。そして引き金に指をかけ――――
アギタの前にピロウが立ちはだかった。
「なっ、ピロウ!?」
「向こうの目的は……私。こうすれば……向こうは、撃ってこない」
ピロウは両腕を揺らしながら両脚を棒のように立てながら――つまりは気力の抜けた立ち方をしていた。しかしそれだけでも、白衣の男の時にでもそうだったように、少女の捕獲を目的としているであろうゴーグルの男に対して効果は絶大だった。ゴーグルの男は銃を構えたまま二発目を撃たずに静止している。
「これで……大丈夫」
「大丈夫だと? ピロウ、お前は守られる側なんだぞ!」
そう言いながら、同時にアギタは何より自分自身を一番責めていた。ピロウを守ると誓ったはずなのに、いざとなると逆に守られてしまう。それは自分の罪悪を抑えつけていた蓋を剥がされるのと同じ事で、込み上げる白衣の男の最期の光景に気が狂いそうになる。
(どけ。どいてくれ、ピロウ)
心では拒否していても、体がどうしても動かない。アギタは、自分の弱さを心底実感する。
その時、遠くにいたゴーグルの男がよく通る声でアギタ達に話しかけた。
「おおぉーい、そこの二人聞こえるかァー!? 聞こえてる前提で話しちゃうからな! いいよなァ!?」
あまりにも軽い調子の話し方に拍子抜けしてしまう。アギタが聞こえていると返事をすると、ゴーグルの男は大きく笑った。
「良い返事だァ! オレは『チープトリック』っつーんだけど!! みんなからはチートって呼ばれてる! そんでもってオレが今銃を撃っていないのは、交渉しようと思ってるからだ! 聞いてくれるな!?」
「うっせーな……」
アギタは銃を持っていない方の手で耳の穴を塞ぐ。それほどチープトリック――通称チートの声は大きく、一人でも活気に溢れていた。
「それで! 交渉の内容だけど、オレはピロウちゃんにそこをどいてもらいたいんだ! だからそうしてもらうために、これから色々譲歩していこうと思う!」
「譲歩?」
「そう、譲歩だ! いいかー?」
譲歩。
それがどのような面で行われるのか、今のアギタには正確なところは解らないが、とりあえず聞いて損はないと判断される。アギタが了承すると、チートは再度笑い声をあげた。
「それじゃ交渉開始だァ! んじゃまず、この辺からいくぞ!」
そう言ってチートは構えていた銃から両手を離した。銃が砂漠の大地に落ちるとボスッ、と間の抜けた音が鳴る。続けて上着を脱ぎ、その場で大きく振ると、四丁のマグナムが落ちた。更に上着を叩く、と同時に大量の手榴弾と弾倉が現れ、それもまた砂の上に落とされる。しまいには靴まで脱いで裸足になってしまった。
「これで目立った凶器は全部だ。じゃあ次行くぞ!」
チートは今度は両手を上げて降伏のポーズをとりながら全身を始めた。一歩一歩アギタ達に近づく。銃を構えるアギタなど意に介さずに、どんどん進む。
そして、遂に三十メートル圏内に足を踏み入れた。
「これでオレの不死は解除された! これが第二の譲歩だ!!」
(こいつ、正気か?)
アギタにはチートのせんとすることが理解できなかった。立ちはだかるピロウをどける為だけに武器を捨て、不死まで解除した。譲歩というにはやりすぎだ。その上結果ピロウは動かないというのも十分ありえる――むしろそう考えるのが順当でさえあるのだ。リスクに対してリターンが起こる確率が低すぎる。
裏がある可能性が濃厚になってきた。
アギタは砂の上に横たわる自分のバイクを見る。後輪がまるで豆腐のように綺麗に切断されている。
この攻撃に関しては、いまだ有力な情報は得られていない。
それならば、チートをこれ以上近づけるのは逆に危険だ。そう考えたアギタはチートに話しかけた。
「おいチート! こっちからひとつ要求させてもらおうか!」
「いいぜ! 大体の要求には答えていきたいと思ってる」
チートは快く了承した。
「それじゃあ、二秒だけ目を閉じてくれ」
「OK。二秒だな!」
要求通り目を閉じるチート。
それを確認したアギタはチートに発砲した。なるべく足を狙い、命を奪わないように気を使いながら。
しかし発砲音が響いた瞬間、挙げられたチートの指と指の間から突然銀の光沢をもった液体が現れ、彼の前で巨大な円に変形した。そして、その巨大なシールドに銃弾はことごとく跳ね返される。
「なっ!?」
「はは、不意討ちなんて卑怯だな! だがその意気やよし!」
液体のシールドは形を変えないままやがてその場で倒れる。その先には降伏のポーズをとるチートが無傷で立っていた。
「お前、何だ今のは!」
「今のか? じゃあ能力公開が第三の譲歩だな!」
チートは挙げた手の甲をアギタ達に向ける。水かきの部分に一センチ大の鉄球がくっついている。両手合わせて六個。親指と人差し指の間の分は両手とも欠けていた。
「それじゃいくぜ!」
その言葉を合図に、鉄球の一つは細く長く変形し、鞭のようにしなりながらチートの体すれすれの部分で暴れ始める。残像さえ見える速度で鞭は空気を切って音を鳴らす。それに合わせて足元の砂も舞っていた。
しかしそれはたった数瞬の出来事で、三秒後には鞭は鉄球に戻りチートの水かきに収まっていた。
正に瞬間芸。アギタは呆気にとられた。
「これがオレの能力『孤細工』だ! 『触れた金属を好きな形に変形させる能力』。発動時間は五秒で、インターバルは一秒! 自分の近くなら変形の精度は高いが、距離が伸びると全然駄目だ! だから遠くを攻撃する時はこうやって……」
チートは『孤細工』を使い鉄球を変形させる。鞭より更に細くなっていき、遂に視認すら困難となる。
そして次の瞬間、中空で巨大な金属板が出現した。
「糸みたいに伸ばして、標的に刺してからこうやって四角形を作って切断するんだ! お前のバイクのタイヤを切ったのはコイツだ! そしてコイツも捨ててやる!」
チートは指を大きく広げ、鉄球を地面に落とした。これですぐ用意できる武器はなくなった――はずだ。
「どうだ、これでもまだ足りないか!」
「…………クソッ」
正直なところ、アギタは困っていた。今はピロウが盾になっているので孤細工の攻撃を行えない。もしそれがなくなれば、チートは攻撃を始めるのだろう。
アギタにとってピロウは命綱であり、しかし彼自身の約束を潰す槌でもあった。
アサルトライフルで打ち抜いた人間たちの姿が。ハンドマシンガンで貫いた人間たちの姿が。自ら命を絶った白衣の男の姿が。フラッシュバックで全てが鮮明に蘇る。網膜に映る光景よりも強烈に、状況判断の思考よりも衝撃的に。
そして、伸ばせなかった手が、ピロウの肩に、ゆっくりと乗った。
「アギタ……」
「どいてくれ。俺はお前を守ると誓ったんだ。守られてんじゃ、駄目なんだよ!」
アギタはピロウを横にどけ、一歩前に出る。
これで盾はなくなった。
「ビンゴだねェ!! それじゃあ女の子の奪い合いといこうかァ!!」
「奪い合いなんてしねえよ! 端っからオレの側だ!」
アギタは構えた銃の引き金を引いた。
次回:ファイバー・ワーク④
メタリカメタルカと丸被りでした。今気づきました。(三月十三日)