ピロウトークとジャックデイズ①
空高く舞い上がった船は、当然の如く落下して海面に叩きつけられる。
その事実はこれまた当然ながら大変危険であり、宙に放り出されたビットレイ辺りは落下してくる膨大な質量から推進装置を使って必死に逃げたりして非常に苦労したのだが、それは話の顛末にはさほど関係がない。
落ちた船はバラバラになり、まともな形で残っているのは脱出ボートだけだった。船を上空に動かした直後にピロウの乗る脱出ボート内に逃げ込んだアギタは、波が収まってから、ビットレイとハーウェイを探した。しかし実際には、そんな手間はほとんど要らず、動く脱出ボートを見てビットレイとハーウェイが集まってきてくれた。このような状況でも自力で泳いでみせるのは、アギタも流石としか言いようがなかった。
そして脱出ボートは四人を乗せ、中に設置された装置から発せられる救難信号を感知してくれるヘリを待ちながら、どんぶらこと静かな波の中で揺られていた。
「んー……」
そういった状況の中で、アギタは声を出して唸っていた。
「どうしたアギタ。何か腑に落ちない事があるのか」
「ある。『今思えばおかしかった』ってことがな、確かにある」
アギタは大きくため息をつき、乱雑に髪を掻く。
「例えば――俺が初めにセイヴと闘った時、推進装置の『連続使用』をしなかったんだ。いくらでも殺す機会はあったのにそうしなかった。それがどうしてなのか、今考えても全然分からないんだ」
「死はやり直せないから、でしょう」
ビットレイが即答する。
「やり直すって?」
「優しい男だったって話ですよ」
そう言ってビットレイは目を閉じて、かすかに笑った。
「そういえばハーウェイ青年。何か新しい名前を決めるとか言っていましたけど、何か決まりました?」
「そうだな、まだ決めてはいないが……」
ハーウェイはしばらく黙ってから、
「……『拳の護り手』、か」
ぽつり、とつぶやいた。
「フィスター……というのはどうだ」
「んー……悪くないとは思うけどさ、どっからその言葉が出たんだ?」
「ああ、ちょっとな」
「……?」
アギタには何が何だか分からなかった。ビットレイがセイヴを優しい男といったり、ハーウェイが新しい名前を決めると言い、その名前もどこからか思い出したものであるのだろうが、そのような言葉を聞く機会はまったくもって思い当たらない。
自分がいない間に、一体何が起こったのか。
謎の疎外感を感じてしまう。
「……んで、これからどうするつもりだ?」
ハーウェイ――否、フィスターはアギタに問いかけた。
脱出ボートの行き先が、という意味ではないことはアギタも分かっている。『ヘリに拾われてから、どちらの大陸に行くか』――やってくるヘリがどの大陸へ戻るのかだとかは、暴力で操縦権を奪ってしまえば解決するとして、本来の目的通り、アギタの師匠のいる大陸へ進むか、今回のような突然の敵襲を考えて、地形的にも慣れている元の大陸に戻るか、それだけは考えなくてはならない。
「そうだな、ピロウはこれからどうしたい?」
「ん……と」
アギタにそう聞かれて、ピロウは少し悩んでから、
「私は……『家族』に会いたい」
「家族?」
「うん……私の記憶は多くないけど、お父さんがいたことだけは、なんとなくだけど覚えてる」
「父親……家族か。そいつはどこにいるのか分かるか?」
アギタの質問に、ピロウは今度は沈黙で答える。
元々ライマインに捉われていながら、今まで出会った敵を誰も知らないということから、記憶の量についてはあまり期待はしていなかったが――能力を複数保持している事を知らせなかった事から、こちらから聞いていないから話していない情報がある可能性はいくらかあった。その可能性に賭けてみたが、残念ながら不発であった。
アギタが推測するには、ピロウの今までの無口さは、眠気で脳が活性化していないからだけではなく、数少ない記憶しかもたないがゆえに自身の発言に自信が持てなかったからではないだろうか、ということだった。
しかし、ここで一つ疑問が生まれた。
妄神そのものについてだ。
ピロウが言っていたように、妄神とは、精神をこの世の法則に組み込んで、不死と固有の能力を持った存在だ。そして精神とは『過去の記憶』から形成される部分が多い。つまり記憶が妄神の能力の決定に大きく左右される。
それならば、多くの記憶を持たない――あるいはいくらか欠落させているピロウは、どうして複数の能力を持っているのか。そもそも複数能力を持っているとは、一体どういう事なのか。精神が能力を創るというのなら、ピロウは精神を複数持っているという事になる。
能力の複数所持者――確かにそれはそうなのだろうが、アギタにはどうにもそれだけではないように感じていた。
しかし、それを知ろうとしても、記憶の足りないピロウ相手にはどんな推測も推測でしかない。
(それなら、思い出させるまでだ)
人間は記憶を喪失することはない。ただ記憶の引き出しが開かなくなっているだけ、とのことだ。そしてその引き出しを開けさせるには、脳に新たな情報を、新たな刺激を与えるのが一番効くのだ。
なら、大陸を渡って、今までいた大陸とは少しだけ違う文化に触れれば、ピロウの脳もより刺激されるというのも確かだろうと思われた。
そして何より、ピロウを追いかけている刺客たちは、今までいた大陸を拠点にしているものと思われる。単独での長距離移動ができないピロウがやってきたのがアギタの作業場であるため、この説には自信がある。ならば、ピロウをその大陸に置いておく理由はない。敵地からできるだけ離れていって悪いということはないだろう。逃げた先の大陸にもライマインの刺客が多数いた場合は、その時考えればいい。
だらだらと思考を連ねたアギタであったが、簡潔に、一言で言ってしまえば、
「俺達は、このまま大陸を渡る」
決心したアギタに迷いはなかった。
「そうだな、それでいい」
「貴方が決めたならついていきますよ」
フィスターとビットレイが賛同する。そしてピロウも、
「…………それが、いい」
そう言ってピロウは静かに眠りについた。
それを見てアギタは微かに笑った。
アギタが守ろうとしている少女・ピロウには、まだまだ謎が多い。ライマインについてはビットレイからゆっくり聞くとして、ピロウについてはピロウ自身について聞くしかない。
その為に、アギタ達は大陸を渡る。
それが間違いであるとは、アギタは決して思っていない。
それが『ある人間の意思』に導かれたものだと知っていたとしても、それは変わらなかっただろう。
やがて信号をキャッチした救難ヘリが脱出ボートに気づき、救助のために降りてき、そのままアギタ達に占拠され、挙句アギタ達の向かう大陸へと舵を取らされた。ヘリ側からすれば迷惑極まりないが、アギタッチは全く構わなかった。
そして貨物船は、数百の破片に分かれたその身を、数十の死体と共に海底へと降り注がせた。
アギタには、ただ両手を合わせて弔う事しかできなかった。
ただ一言だけ、
「護れなくて、本当にすまなかった」
悔やむように呟いた。
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「おかえり、『ジルドー』。君は良くやってくれたよ」
アギタ達の乗ったであろう救急ヘリを仰ぎながら、オズマは左胸をさすった。
それからボート内で気分悪そうに倒れているラトを見る。意識はとうに取り戻しているのだが、精神的なダメージは甚大なるものがあった。
「オイオイ……ミーのせいでセイヴの旦那は死んだのかよ……」
「そうだよ。君のせいでセイヴ君は死んだんだ。まあ気にやまないで、ほら、操舵貸してあげるから」
オズマなりのなぐさめもラトには効かない。とりあえず自分はライマインの者で、『解体心象』の仲間なのだと名乗っておいたのだが、実際は違うのだからいつかはボロがでるだろう。そうならないように早めに『解体心象』と合流しておきたい。
しかしこのままではラトがあまりにも可哀相だ。そう思ったオズマは、セイヴの船上の戦いを全て教えてやった。ラトが眠っている間に何があったのか、その全てを。
その結果、ラトの顔色はより悪くなった。
「オイオイ……旦那の能力ってそんなに極悪だったのかよ……実質どこへでも復活可能じゃねーか」
「そうだね。彼の能力はなかなかのものだったよ」
「なかなかなんてものじゃないぜ、オイ。なにせ死んでからでも発動できる能力なんて前代未聞――――」
「いいや、死んでから発動なんてできないよ」
ラトの言葉をオズマの一言が粉砕した。
「死んだら人格が、精神が無くなるんだよ? 精神があるから成り立っている妄神が、精神を失くしてからも能力を発動できるわけがない」
オズマはさらに続ける。
あまりの正論。
しかしそうでない事実を今しがた否定した本人から聞いたので、ラトはただただ唖然としていた。
「オイオイ……だって、脳天割られて、死んでから能力発動したって、アンタも言って――」
「だから、精神を失くしたら能力は発動できないの」
「だったら、オイ、だからなんで――――」
意味不明な論理にラトが混乱していると、救難ヘリが向かった逆の方向――船が出港した大陸の方向から、何かが飛来してくるのが見えた。
「HEEEEEYYYYYY」
聞き覚えのある声も聞こえてきた。大きな声を出す時の声の感じではないが、よく通る不思議な声なので、彼方からでもはっきりと耳に届く。オズマは過去に、ビットレイの見たジェンツの飛来映像を見たことがあったが、まさにそのような感じだった。
しかし飛行方法は大きく異なっていた。
飛来物体は巨大な金属である。金属を伸び縮みしながら広大な空を飛んでいる。伸び縮みは一セットで、二秒の感覚を空けながら飛来を行っている。明らかに能力を使用している。しかもオズマはその能力を行っていた。
チープトリックの『孤細工』である。
だが、飛来物体に乗っているのはチートではない。
飛来物体は脱出ボートの近くで着水し、更に水面を滑るように移動して脱出ボートと密着する。
飛来物体に乗っていたのは、トム・クラウンであった。
「大丈夫かっなふったりとも! 私は大丈夫だよー」
「そう……ボクたちも問題はない」
「それは良かったね! でもさ、私は今までかーなり退屈だったんだよ? えーと、『一天』と『高次妖精』、だっけ? あいつらぶっ殺してからライマインに全ッ然会えなくてマジビビってさ」
「その話し方はなんとかならないのかな……まあいいさ」
トム・クラウン――アギタが宿から去った直後にトーチカとレリアンと接触した男である。
ライマインの記録上では宿に泊まる前日から連絡が途絶えていることになっているが、クラウンによる殺害が原因であることはライマインはまだ知らない。そもそもライマインはクラウンの存在を知らない。秘匿されているのだ。
「それよりちゃんと誘導はできたのかい、オズマぁー」
「出来てるよ。ばっちりさ」
「オイオイオイ……誰だよそいつは」
オズマとクラウンの会話に、意味不明な状況に耐えかねたラトが割り込む。
「そいつはオズマさんの味方なのか、そしてミーの味方なのか、ハッキリさせてもらおう」
「ああ、すまなかったね。コイツはトム・クラウン。ボクの協力者だ。安心していいよ」
「クラウンっつーんモンだ。ヨヨヨよろしくっ!」
「……むかつく口調だな、オイ。それよりこっからどうするんだ。ミー達はアギタの野郎を追うのか、どうするんだ」
ラトのもっともな質問をすると、クラウンはかすかに笑いながら、その場で足を延ばして座っているラトの肩に手を乗せて、一定の間隔でぽんぽんと叩きはじめた。
「オイオイ、なにやってんだ?」
「――ハッハハ、『拘束症候』、パッション」
ラトの瞳孔が見開かれた。その理由がクラウンにははっきりと理解できていた。
ラトの身体から力が抜けているのだ。
「はっ――『拘束症候』!」
慌ててラトは能力を口にすると、体に力が戻ってくるのが分かったのか、一瞬だけ安堵の表情に戻ってから、眼前のクラウンを強く睨んだ。
「オイオイ、お前、一体何を……」
「私には逆らわない方がいい。『漆黒』にはかっか勝てないんだーかーらッ」
おどけた様子でクラウンはラトの額を人差し指でつついた。
「ンま、ぶっちゃけた話、私とオズマはアギタ達を追うよ。ラト君は元の港に戻っていていいよ。『解体心象』のヤツが待ってると思うから」
そう言ってクラウンは脱出ボートに寄せた金属の上に乗る。オズマもその後を追う。
「オイオイ……ミーは放置かい。最後までふざけてやがるな」
「救難信号でも出せば、アギタのみたいにキュッキュ救急ヘリがくるでしょ。それ乗っ取ればいい話」
クラウンの反応はあまりにそっけなく、ラトに対する興味を失っていることは誰の目から見ても明らかだった。
「それじゃあ行っくよ。『孤細工』」
クラウンが言うと、海面に浮く金属は一気に数百メートル延び、また縮んだ。その速度はあまりにも速く、脱出ボートとその中にいるラトは一瞬で置いて行かれてしまった。
「ラト君のこと、気に入らなかった?」
高速で空を舞う金属に乗りながら、オズマはクラウンに話しかけた。
「気に入らなかったって、どういう意味で?」
「もう一度『漆黒』をラト君に使う気があるのかって話」
「ないよ。全然」
「あっさりしてるね。そんなにいらない能力?」
「むしろ『孤細工』が便利すぎるんだーよね。私の持っている四十個の能力の中でもケッコー便利な部類に入るよ」
「……能力を四十個所持しているなんて、さすがは『砂漠の五人』の一人ってところかな」
「まーね。でも他の奴らも負けず劣らずってことは知ってるでしょ?」
「内一人は使いものにならないけど」
「だからこれから使いものにするんでしょー? あーぁ、楽しみだなぁ! 『解体心象』のおかげだよ、ここまで遊べるのは!」
クラウンは楽しげに、歌うように声を上げる。
よく通る声は、突き抜けるような空にどこまでも響き渡った。
第一章――――了
二章へ続く




