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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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チェックポイント②

 さて、どうしたものか。

 ハーウェイは膝をつき、拳を地面に当てながらそう思った。


 拳を地面に当てている間は『三重破拳フィストフィート』が発動されているので、セイヴが対妄神兵器を使わない限り、ハーウェイが負傷を負うことはない。

 ただ、それだけでは、セイヴから船内への侵入を絶対に防げるという自信はわかず、下手に動けば何をされるか分からない。ビットレイの救出などは絶望的だ。

 幸い向こうは様子見なのか余裕の表れなのか、攻めに来ず、動物園の動物を見るような目でハーウェイを見ている。


「――どうした。俺の顔に何かついているのか」

 時間を稼ぐために話しかけると、セイヴは嘲笑をうかべた。

「君のことは僕の協力者、あの『解体心象ターヘルアナトミア』の男が調べてくれたんだけどね。本当に不憫な人生を送ったんだね」


「……!」

 予想外の答えにハーウェイは動揺する。


「君の守護の本能は本物だ。それを無駄にしてはいけない。だから、君は一旦やりなおすべきなんだ」

「やり、なおす?」

「そう。君は村を離れたことに少なからず後悔があるはずだ。だから、やりなおすんだ。今までの業を全てリセットしよう。君の才能は慙愧の念に足を取られていいほどちっぽけなものじゃないはずだ」


 セイヴは両手足の刃をおさめた。敵意がなくなった、というわけではあるまいが、少なくとも完全な対立関係というわけでもないらしい。


「……やりなおす、というのは、過去を無かったことにするという事か? そんなことが許されるわけがないだろう」

「少なくとも僕はそうして生きていた。過去を捨てて機械人間サイボーグになった。そして出来る限り他の人間にも、過去を切り捨てる人生を進めてきた。僕の能力もそういうところから来ているのかな」


 やり直すことに執着を持ち、『永劫点チェックポイント』が産まれた。

 セイヴはそう言い切った。

 過去を切り捨てる、ということは確かに大切であるとハーウェイは思っている。いつまでも執着し続ける意味はあまりなく、それよりも未来を見据える方が生物的にも進歩の可能性を見込める。

 だが。


「過去を捨ててやりなおすなんて、そう簡単にやって良いものじゃないだろう」


 ハーウェイは片足を後ろへのばし、体重をそちらに動かしてクラウチングスタートの形をとる。

 これ以上話を聞く必要はない。『三重破拳フィストフィート』を再発動させ続ければ反撃を喰らうことはない。自分の身体能力をもってすればなんとかなる。

 ハーウェイはそう言った意図を持ったうえでの行動のつもりであった。

 が、実際には『話を聞きたくない』というのが本心であるという事には、ハーウェイ自身が意図的に目を反らしていることすら気がついていない。

 きっとアギタでも、既にやりなおしを提案されたビットレイも反抗できたなら、同じような行動をとっていただろう。

 ハーウェイも含め三人ともが、今すぐにでも忘れたい過去を持っている。


 本能のままに銃をふるった結果、殺人の罪を義務に押し付けた者。

 衝動的に仮の故郷の長を殺した者。

 過去でした行いの善悪の判断に今も悩まされている者。


 三者が三様の『目を背けたい現実』を抱え、それぞれが時に直面し、その度に根本的な解決を避けて目を背けてきた。

 そこに直接さしこまれた、やりなおしという逃げ道。


 (そんなこと、できるわけがない)


 セイヴを黙らせるために、ハーウェイは下げた足を伸ばし同時に拳で床を押し、体重を一気に前方へと押し出した。


 そして伸ばした足で床を蹴って走り出した。

 体が完全に宙に浮かないように気を使いながら、ゆえに動きが少しぎこちなくなっているが、それが逆に闘牛のような荒々しく不器用な気迫を見せていた。

 突進するなかで、渾身の力で何度も振り下ろされる両足が床を揺らす。

 隻腕がゆえのアンバランスさが逆に動きを読みにくくしていた。


 まさに猪突猛進。

 どうしようもない力の『塊』が知性をもったような暴走的突進。


 それの衝突をセイヴは二歩下がり、その後は棒立ちで待っていた。


 (避けないのか? この男は)

 いくら機械人間サイボーグといえど、彼の拳はあらゆる障害をその肉体ごと突破する。現にビットレイは盾ごと圧された。ジェンツは『火炎枢ビフォアバーナー』の方向を制御され爆弾に突っ込まさせられた。


 その力が今目の前の標的を潰さんとしているのだ。それを二歩下がるだけであとは棒立ちで待つなど、普通の人間では有り得ない反応だ。


 ハーウェイの体がセイヴに肉薄する。

 セイヴは推進装置を使って真横に移動して回避した。

 しかしその回避もいくらか予測できていたハーウェイは床を蹴って真横に飛ぶ。これで方向転換は出来なくなったが、それはセイヴも同じだ。推進装置を使った直後に自分の動きにぴったり追従してきた大男から逃れる方法などそうありはしない。


 セイヴの動きについていけたのは、彼自身の身体能力もあるが、ビットレイへの敗北が彼を成長させたというのが一番大きい。


「喰らえ! 『三重破拳フィストフィート』ォ!」


 ハーウェイはセイヴの顔面めがけて拳をふるった。

 と、セイヴは推進装置を再度使い真横に平行移動した。

「に、二回目!?」


 推進装置を二回連続で使用できるなど聞いていない。ビットレイを始めとする機械人間サイボーグは連続して推進装置を使えなかったはずだ。

 (まさか、セイヴだけ特別仕様だというのか)

 嫌な予感が脳裏をよぎる。


「まだまだ行くよ」


 宙に浮いたハーウェイは重力に縛られない。故に一旦上に飛んでしまえばそのまま能力発動中はどこまでも上昇していってしまう。それはこの状況下でも同じことで、そういった最悪の事態を回避するためには能力を使用せずに時間経過を待つしかない。


 しかし、ハーウェイはそうしない。

 なぜなら、彼には跳ね返る算段があるのだ。

 彼の身体は船の外側へと移動している。だが甲板には必ず柵があり、そこに足を乗せて床に向かって移動方向を変えれば能力を発動し続けても問題はない。さすがに方向転換のための突撃に床を破壊できる威力はなく、それは空気抵抗等々を考えても変わらないはずだ。


 そう思い自分の身体を殴ろうとしたその時だった。


「もしかして柵を使って戻ってこようとしてないよね?」


 ハーウェイの真横にセイヴが立っていた。


「もしそうなら、僕はこうしよう」

 セイヴが立った姿勢のまま推進装置を使いハーウェイが利用しようとしていた柵に近づき、手から刃を出して、柵をバラバラに切り刻んだ。


「これで君は能力を解除せざるを得ないね」

 セイヴは笑みを浮かべながらまた推進装置を使い、ハーウェイの真隣りに立つ。

 そして優しい声で、

「僕はね、推進装置を連続して何度でも使えるんだ。選ばれしものの特権だよ」

 更にもう一度推進装置を使い、ハーウェイと共に移動した。

 そして脅すように刃を振りかざす。


 この状況で『三重破拳フィストフィート』を使えば船の外へ投げ飛ばされる。が、能力を発動しなければ刃で切り刻まれてしまう。

 せめてこの状況では生きることを考えなくてはならない。


「……『三重破拳フィストフィート』……ッ」

 ハーウェイは自分の胸を殴りつけた。

 セイヴの刃がハーウェイの腹に当たるが、『三重破拳フィストフィート』の影響で一ミリも突き刺さらない。


 そして勢いよく宙を進み、船の場外へと飛んだ。

 0.5秒後。


 彼の身体は『三重破拳フィストフィート』が解除され、落下を始めた。


 (このまま落ちて……どうするか)


 落ちながらハーウェイは考え、空を見上げる。

 瞬間、視界にセイヴが出現した。


「なッ……」

「逃がすわけが、あると思った?」

 セイヴはハーウェイの左胸に刃を突き刺そうとする。

 ハーウェイは刃の先端に合わせ、全力で殴りつけた。


 拳と刃が正面からぶつかり合う。『三重破拳フィストフィート』を使ったハーウェイは、殴りつけた刃にひびを入れ、拳を伸ばした衝撃で海に向かって勢いを増して落下した。

 落ちていく視界の中で、空中で推進装置を使って船上に戻るセイヴを捉えた。


「なんという能力だ……俺だけじゃあどうにもならないな」

 着水直前に能力が切れる。

 派手な音と共に海面に叩きつけられたハーウェイは、体に走る衝撃を歯を噛みしめて耐え、慣れない動きで海面へと浮上する。彼自身泳ぐのは初めてだったが、彼の中央の才能はすぐにそれを理解したようだった。


 さて、船はハーウェイの真横を二十ノット――時速三十七キロで走っている。対して地方で記録された人間の最高水泳速度はこの時代では約九キロ。中央の遺伝子があるのでもっと早いかもしれないが、さすが泳ぎで船と並走することは出来ない。

 その上、たとえ併走できたとしても普通の人間であれば再乗船する手段がない。


 (それならば、こうしよう)


 幸い彼は船からそう遠くない位置に落ちた。ハーウェイは本能で泳ぎながら、その中で『三重破拳フィストフィート』を発動する。

 そして船の表面に辿り着くと、その頑丈な壁を全力で突いた。

 すると穴さえ開かなかったものの、ほんの少しだけ凹みを生じさせた。ハーウェイはそこに顎をかけ、体を上げる。

 また数十センチ上を突き、表面を凹ませる。そしてまた顎をかけ、少しずつ登って行く。

 片手と顎を主に使う登り方なので体力は使うが、ハーウェイの身体能力をもってすれば、また本気で、攻撃面積を少なくして面積当たりの破壊力をあげれば、このような方法で船を上がる事も可能なのだ。


 とはいうものの、登るのには相当時間がかかる。オーバーハングという言葉では表せられないほど湾曲している。

「俺が戻るまで生き残ってくれよ、アギタ」
















 セイヴは、彼自身が壊した柵を見る。

 恐らくハーウェイは何とかしてまた戻ってくるだろう。かたをつけるのであれば、それまでにやっておくのが一番だ。


 と、機械脳がライマインからの通信をキャッチした。セイヴは刃を納めて耳に手を当てる。

「こちらセイヴ。はい、順調です」


 定型句を口にすると、向こうはこちらの事を構わず連絡事項を話し始めた。


「……はい。はい。いえそれはありません。数分はやってこないでしょう」


 相槌をうったり訂正を行っても無線の向こうの相手の反応は変わらない。

 ただ、初めて聞く言葉が、セイヴにはとても気になった。


「始末……回収。『砂漠の五人』、『パラノイアオブパラノイア』『裏切り者』『インサニティ』『死体計画』『安全毛布』『砂漠の王』『泥天曇沼』」


 セイヴは相槌を止め、代わりに無線の相手の言葉を復唱する。

 まるで暗示をかかっているかのように。

 操り人形のように。


「『六人目』『人工種』『父親』『ピロウトーク』。――――『盗奪者フィリバスター』」

 盗奪者フィリバスター

 単語の復唱はそこで終わった。


 耳から手を離す。

 その時には既に、彼の眼は色を失っていた。


 完全に自我を失っていた。


「……我が名はジルドー。目標はピロウ・ブランケットの回収、そしてアギタの回収」


 セイヴは再度手から刃を出した。



  次回:チェックポイント③

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