ハイウェイ・ヒプノーシス①
「オイオイオイオイ。もしかしてミー達、このまま海わたっちゃうわけ?」
ヘッドホンの男が船内のトイレ前で踊りながら、壁に寄りかかってビットレイの写真を見つめ続ける男――セイヴにそう確認した。
セイヴに答える様子は微塵もない。意識が完全に写真に向いている。
「オイオイオイオイ。ミーの任務はあんたの目的達成の補助で、そのためにゃあんたと最低限意志疎通できなきゃアカンでしょ。ユーノウ?」
挑発するように聞いてみるものの反応は変わらずで、ヘッドホンの男は思わずため息をついてしまった。
「マ、やるべきことは既に伝えられてるんで、あんたがその気なら勝手に始めさせてもらっちゃうよ」
ダンスをやめ、呆れた口調でヘッドホンの男はその場を去る。相手の反応には期待していなかった。
「任務は少女の奪還、そんでもってビットレイの無力化。まさにミーのための任務だね」
ギターケースを引きずり一人で廊下を歩きながらヘッドホンの男は呟く。
「『拘束症候』のリズムにゃ、誰も彼もが聞きホレる。ホレてホレて、くたばるのさ」
自身の能力を口にして、ヘッドホンの男はダンスを再開する。
男の名はラト・ニック。
ライマインの妄神である。
出港から一時間。
ビットレイは疲労していた。
その原因は明確であり、また簡単に取り除くことはできないことも彼女は悟っていた。
「ハーウェイ青年……そろそろ休みませんか」
「いいや本当に凄いなこれは! 船の速さも恐ろしいがなにより水の量がありえない! 一体深さはどれほどなのだろうか!」
ハーウェイ甲板で身を乗り出し、果てしない海に素直なリアクションをしていた。それに対しビットレイは隣でぐったりしながら付き合っていた。
彼女がアギタに与えられた役割は、はじめてだらけのハーウェイが奇行に走らないように彼を制御する、いわゆるお目付け役であった。
どうした自分にそういった役を与えられたのか、ビットレイも初めは疑問に思っていたが、一時間付き合った今ではその意味がよく分かった。
アギタはこの苦労に耐えられなかったのだと。
(移動の二日間ではチート少年がいたので意識していませんでしたが……中継の町もありませんでしたしね)
テテイ村からニーバー町の間でいくつか町を中継したとアギタから聞いており、その際の苦労は聞かされていたが、まさかこれほどのものとは思ってもみなかった。
あちこちで聞こえる機械の音に始まり、船特有の素材、しまいには驚異の水回りにまで大きな反応を見せている。甲板に出た時などは特に大変で、機械人間の馬力で抑えなければ勢いで船から飛び降りてしまっていただろう。
「それからも動き回って暴れまわって、そろそろ限界かもしれません」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
ハーウェイの声には悪気も邪気も感じられない、実に素直な声だったが、心労が一気に積もった彼女には彼にないものしか感じられなかった。
(この一時間でやっていい事と悪い事を教えましたし、ここで休憩しても文句は言われないでしょう)
「少し中で休ませてください……船酔いしました」
「機械って酔うのか?」
「一応生身の部分もありますし……」
そう嘘をつき、ビットレイは甲板を後にし、船内へと降りていった。その中で三人の乗客とすれ違った。
彼女が機械人間であることは、一般人にはバレていない。
この大型船は貨物船としての側面が主であるが客船としての機能もあり、ビットレイらの他にも乗客がニ十人ほどいる。船員を含めば、船にいる人間は五十近くと推測される。
その五十人の内にライマインからの刺客がいる可能性は極めて低い。ビットレイの目の映像記録機能はアギタの銃弾で壊されたので、彼女の見た映像がほかの『七騎』に送信されることはない。どうして映像記録機能が復活しなかったのか、ビットレイ自身にも分からなかった。ハーウェイの腕が治らないのと同じだと思うことにはしているが、どうもなにかひっかかる。ビットレイはそう感じていた。
兎にも角にも、ビットレイの映像記録は撃たれたところで途切れているため、今の彼女の場所どころか安否すら知るものはアギタ達だけだ。
しかし、『誰にもばれない』と感じると、同時に一人の妄神が思い出され、その不安が拭われない限り百パーセントの安心は得られない。
三年前。
ビットレイ十八歳時。
彼女がまだ機械人間でない頃、一度だけ研究所を抜け出したことがある。実験が嫌いだったのか、全能感に満たされたのか、今となっては思い出せない。とにかく逃げ出したのだ。
既に『双盾王』に覚醒しているため、大多数がただの人間である研究員を振り切ることは簡単だった。
そのようにして中央の街に出て更に逃走してから、わずか三十分。
ビットレイの前に一人の男が立ちふさがったのを、ビットレイはよく覚えている。
一人で来たということは、他の誰もビットレイの位置が分かっていないということで、それはつまりその男ただ一人がビットレイの位置を特定できたということである。
男の名は知らないが、ライマインの開発部門の長であるとビットレイは記憶していた。
「どうして逃げるのですか。ワタクシの面目が丸つぶれではありませんか」
男はそう言っていた。
もちろん耳を貸す必要はない。『双盾王』で叩き潰して逃走を続ければいい。
そう思って片手を前に伸ばし、盾を使役しようとする。
が。
「『解体心象』」
男は呟いた。
「……なんと言ったのですか?」
ビットレイが聞くと、男はクククと不気味に含み笑う。
「ワタクシの能力ですよ。『解体心象』。この際あなたに抵抗の無意味さを教えておく必要があると思いましてね」
そう言って男はビットレイに向かって足を踏み出す。それを見てビットレイはすぐさま『双盾王』の盾を自分の周囲で高速回転させ、ドーム状の盾を張る。
これで近づけるものはいない。
この状態で男に近づけば盾の回転に巻き込んで一瞬でバラバラにできる。
しかし男は歩みを止めなかった。
そして何のためらいもなく高速の盾に近づき、
そのまま盾のドームをすり抜けた。
「なっ――」
ビットレイは驚きの声を上げる。
念のため記しておくが、男は決して盾をすり抜けたのではなく、盾を見切って一瞬の真空地帯を通ったのだ。
『解体心象』はすり抜けの能力ではないらしい。
だがそれでも異常は異常だ。
ビットレイから見れば、高速回転する盾の残像で自分の周りに灰色のドームがあるようにみえるほどだったのだ。更にあまりの速さに轟々と空気が鳴っており、それは男も解っていたはずだ。
それなのに、死の恐怖を超えて見えない盾と盾の間を悠然と通過したのだ。
「なんなのですか……その『解体心象』とは!」
「捕まえました」
ビットレイが呆気にとられている間に、男は触れられるほどに近づいていた。
「ワタクシに戦闘能力は皆無ですが、若造一人ぐらいは捕まえられますよ。あなたのような悪いコは特にね」
男は麻酔銃を取り出し、またしても何のためらいもなく引き金を引いた――――
これが不安の元である妄神との最も直接的な接触だ。
能力を『解体心象』と名乗った妄神の男はひとりでビットレイの居場所を突き止めて見せた。今回の逃亡も、彼の力があれば露見し、最悪の場合既にこの場に刺客を送り込んでいるのかもしれない。
「考えすぎ、でしょうか」
ビットレイは休憩室に入り、腰を下ろしてため息をつく。
休憩室には彼女一人しかおらず、清潔な部屋には他には誰もいない。
(……少しゆっくりしますか)
『解体心象』の男を思い出し、少し気分が悪くなる。
「オーイオイオイ、しっつれーい」
と、一人の男が休憩室に入ってきた。
四肢にヘッドホン、首にもヘッドホン。更にサングラス。そしてヘッドホン型イヤホン。ビットレイは何故か『俗世に落ちた世捨て人』という感想を抱いた。
その男はビットレイの姿を確認するなり、オーバーな仕草で落胆した。
「オイオイオイオイ。まさかこんなとこで出会っちまうなんて、ミーは仕事マニアちがうぜ」
「出会いがしらに失礼ですね」
「そんなこと言うなヨ。ま、雑談でもしようぜ」
ヘッドホンの男は両手を広げてビットレイに近づく。
そして真正面まで接近すると、握手しろと言わんばかりに手を差し出してきた。
「ミーはラト・ニック。未来を拓くミュージシャンさ」
「そう、ですか……」
ビットレイはおそるおそる手を出し返す。
「ミーは未来を拓くミュージシャン……そんでもって」
ラトは言葉を区切り、
「『拘束症候』、エクスタシー」
指を鳴らした。
パチン、という音が、不自然なほどに空間に残留し、部屋中にエコーとして響く。
直後、腰に下げられたギターケースが開かれた
内装には鉄板と機械とコードがびっしりと貼り付けられており、高級感溢れる黒の外装からは想像できない。
肝心の収納物は『エレキギター』だった。
ニャルラトホテプを元にしているのかと見まがうほど禍々しい形状のそれは、そしてラトの起こした行動は、ビットレイの警戒を強めるのには充分だった。
しかしラトはビットレイが行動を起こすより早くギターのネックを掴んで思いっきり振り上げた。 ギターのボディーがビットレイの腹に直撃した。
と同時にギターから脳を掻き回すような超高音が鳴る。
が、ビットレイは全く動じず、ラトの腹を思いっきり蹴り抜いた。
ラトの身体は数メートル飛び、扉を通過し廊下の壁に叩きつけられた。
「貴方は敵ですか。それとも気狂いですか」
ビットレイは手のひらから刃を出し、倒れたラトに警戒する。
「……オイオイオイオイ。さすがは機械人間だなぁ。セイヴと同類ってことも納得がいくぜ」
ラトは声に笑いを含みながら身体を起こし、再度ギターを構えた。
「セイヴとは……あの『撤回のセイヴ』ですか!?」
「オイオイオイオイ。それはお前が一番よく知っている事だろ。ストーキングされてつらいだろーねェ。もしセイヴからご指名がなきゃ一生組むことはなかったろうよ」
「……貴方もライマインの妄神ですか。すると『拘束症候』とは貴方の能力名でしょうか」
「オイオイオイオイ。自分から言うわけ、ないだろ! 『拘束症候』、エクスタシー!」
ラトはギターを振り回し再度ビットレイに襲いかかろうとする。しかしそれを何となくでも予想していたビットレイは、
「『双盾王』」
透明の盾を展開させた。
それに気づかずラトは正面から盾にぶつかる。
「がぶっ……ッ!」
ビットレイからは盾にぶつかったラトは見えていないが、微かに感じ取れた盾に伝わる衝撃と、ラトの声とで、そうなったことがわかったのだ。
ちなみにビットレイの『双盾王』の盾は小さな衝撃は感じ取れない。
つまり、それほどまでにラトは勢いよくぶつかったという事だ。
「オイオイオイオイ。これがあんたの能力か。セイヴから聞いてはいたけどさ、こう真正面から迎え撃つとこれほど厄介な能力はないな」
「セイヴは私の能力を知っていたのですね」
「他にもいろいろ教えてくれたぜ。身長体重、体重、趣味、理念、能力の詳細、生活のリズム、スリーサイズその他諸々――」
「あの男にはプライバシーの概念はないのですか!」
ビットレイは今更ながら、人間らしさゆえに、他の機械人間のように最低限以上に仲間との交流を絶つことを躊躇ったのを後悔した。そうでもなければ、セイヴから変態的愛情を向けられることはなかっただろう。
ビットレイ本人に向かって『起きている君を舐めるのが夢だ』と男と一言でも話すことがそもそも間違いだったと、ビットレイは本気で思っているのだ。セイヴの視覚映像に寝ているビットレイを舐める映像があったのでわざわざ『起きている』と言ったのだと知った時には彼の破壊さえ考えた。
忌まわしい記憶をプレイバックしていると、盾に強い衝撃が走るのを感じた。
「オイ! オイ! オイオイ! さっさと! 潰させて! もら、うぜぜぜ!」
ラトがギターで盾を攻撃しているらしい。もちろんそんなことでは盾は壊れないし、『三重破拳』の時のように盾ごとビットレイを押すほどの力も全く伝わってこない。
それを分かっているはずなのにラトは攻撃を止めない。一定のリズムで攻撃し続けている。
セイヴから能力を聞かされているのなら、このような攻撃が無駄であることは分かりきっているはずだ。
それなのに、なぜ。
これがラト・ニックの能力だというのか。
(もしこの行為が彼の能力に関わっているとすれば……)
トン、と。
ビットレイが思考すると同時に、盾に走る衝撃が収まり、代わりに盾をノックする音が聞こえ始めた。
先ほどと変わらない間隔をおきながら、である。
「貴方……一体何をしているのですか?」
「妄神ってよ、新しい法則の基ともいえるよな。そんでもってこの盾は法則そのもの。なら、俺のこのギターが有効なはずだ」
「何を言ってるのですか!」
「オイオイオイオイ、新しい技術の話だよ。銃弾から銃身にさかのぼり、引き金を引いたものに影響を与える。結果と原因の二者関係をさかのぼって影響を与えるっつーことなんだが」
「だから何の――――」
「『拘束症候』」
ラトが言った瞬間、ビットレイの全身から力が抜けた。
がくんと膝をつく。
頭が重い。
視線が自然と下を向いた。
「な、なんですかこれは――」
「『拘束症候』、パッション」
頭上からラトの声が聞こえた。
隙を突かれたビットレイは、盾を動かす事も出来ずラトの接近を許してしまっていた。
ギターが肩に当てられる。そしてすぐに上げ、また肩に当てる。それを何度も繰り返している。
「オイオイオイオイ。まさか盾を使っていれば安全だと思ってた? いや、確かにフツーはそうだよな。でもミーのギターの前では無意味なんだよねぇ」
『何をしたのですか』。
ビットレイは口を動かそうとするが、それすらも出来ないほど、彼女の身体には力がなかった。
腕も上げられない。
「このミーの能力の前では、誰も彼もが聞きホレる。そしてあんたのようにくたばるのさ」
ラトはビットレイの耳元でそう囁いた。
次回:ハイウェイ・ヒプノーシス②
次も遅れる予定です。




