ビフォアバーナーとフィストフィート⑦
「テメェら全員殺して、両親の無念を晴らしてこの村をシステムごと破壊して、何もかもをゼロに戻す! それが俺の『革新』だ!」
ハーウェイは多量失血で消えかかっていた意識が、怒りではっきりし始めるのを感じた。
村長に一歩一歩近づいていく。それを止めようと村長の後ろで控えていた兵士二人が竹槍を構えながらハーウェイに近づく。
しかし、兵士たちは知らなかった。
今までの罪人にのみ振るわれてきたその拳が、『三重破拳』という超能力を手に入れ、その上怒りによって手加減を失くした場合、一体どれだけの力が発揮されるのか。
「動くなハーウェイ!」
兵士が槍でハーウェイを突こうとする。
が、拳の正面から受け止められ、一ミリも突き刺す事が出来ない。兵士が状況を掴みかねているその間に、ハーウェイは槍の先を握り、万力のごとき力で砕いた。反作用を気にしなければこのような行為など、ハーウェイにとっては朝飯前なのだ。
ましてや戦ったあとでちょうどいい具合に『体が暖まって』いる。
隻腕の暴徒を止められる戦士は誰もいない。
残された選択肢は、ただ中央の遺伝子に殺されることだけだ。
もう一人の兵士がハーウェイを槍で牽制しながら村長を避難させようとする。だがその槍もすぐに砕かれ、二人の兵士は徒手にされた。
怖じ気づく兵士の首に、ハーウェイは手を添え力を込めてへし折った。もう一人の兵士も同じようにする。空気をつかむような手応えに、自分の体がいよいよ人間離れしてきたことを実感する。
「次はテメェだ、村長」
兵士の切れた動脈から溢れ出す血を浴びながら、ハーウェイは村長にまた近づき始める。
しかし村長はまったく慌てていない。
いつもの穏やかな表情をまったく崩さないのだ。
それが諦めを意味しているのか、まだ余裕があるという事なのか、その真意をハーウェイは掴みかねた。
鉄面皮の向こうにどれだけの漆黒が巣食っているのか。
なら、切り開いて確かめよう。
村長の左胸にハーウェイの腕が突き刺さった。
それでも村長の表情は揺るがない。
否。少しだけ笑っている。
「どうした。何故笑っている」
「…………やはりのう。やはりお前はわしらを殺すものであったか」
「――――そうか、そういうことか。俺はアンタの思い通りだったんだな」
ハーウェイは舌打ちをする。それを聞いて村長はほほ、と笑った。
「何が思い通りなものか。全てはお前の選択じゃ。全てお前が選んだ道で、お前が背負うべき業じゃ」
そう言って村長は口から血をふきだし、そのまま動かなくなった。
(これで、復讐は済んだ)
自分が復讐を果たそうとしている、という村長らの推測が結果的に当たったことは実に不愉快だったが、それでも両親の仇をとれたことは実に喜ばしかった。
「おおいハーウェイ。大丈夫か。外に何人か集まっているぞ」
遅れてアギタが倉庫に辿り着く。脇にピロウを抱えながらバイクを押している。倉庫内を見、それから三つの死体に囲まれた血まみれのハーウェイを見る。
「……もしかしてお前が殺したのか?」
「ああ。俺の両親は何もしていなかったみたいだ。だから何もしていない人間を殺した村長に罰を与えた」
「ッ馬鹿野郎!」
アギタはハーウェイに駆け寄り頬を殴り抜いた。ハーウェイの重心が少しずれるが、姿勢を崩すまでには至らない。
「何をする。何故殴る。俺は正しい事をしたのだぞ」
「ああ正しいさ。外から見ればな。だがお前自身にとっては、この行為は大きな枷になるぞ」
「枷? むしろ解放されたよ。俺という存在は村の呪縛から解き放たれた」
「復讐をして外れるのは枷じゃない。錨だ。今まで下ろしてきた根を自分で断ち切る行為なんだ」
「それは都合がいい。ちょうど村から出ようと思っていたところだ」
感情の応酬。
しかしこの時のハーウェイは、アギタが人間を殺しその罪悪感に苦しめられていることを知らない。復讐となれば事情は多少なりとも変わってくるが、衝動からの行為だという点では相違ない。
アギタが反論を諦めたところで、ハーウェイは気の抜けた笑顔を見せた。
「なあアギタ。俺も一緒に旅をさせてはくれないか。命を狙われているのだろう」
「それは本能か?」
「本能だ。そして欲求だ。守る対象がいなくなったものでな。ちょうど別のが必要になったところだ」
ハーウェイの要望に、アギタは少し考えてから、
「わかった。ただ、後悔はするなよ」
バイクの向きを外側へと変えた。
倉庫の周りにはアギタが言っていた通り既に人が何人か集まっていた。中での会話を聞いていたようで、嫌悪と忌避の視線が厭に突き刺さる。罵倒の声さえ聞こえてくる。今まで守ってきた相手にそのような扱いを受けることは、ハーウェイにとってはとても心苦しかった。
(しかたあるまい。村長の言うとおりこれは俺の背負う業だ)
そう割り切ってハーウェイはそれらの視線を視界から消した。
しかし、歩き続けて村の外側に近づくにつれ無視もできなくなってきた。しかしそれは罵倒から目を逸らしたかったからではない。
アギタの後ろについて歩いていると、周りの村人の中にまだハーウェイが村長たちを殺した事実を知らない者がおり、歩みを進めるにつれてその割合が増えていることがわかった。血に濡れた姿も暗闇の中では意識しなければ見えにくいらしい。
それだけなら問題はなかったのだ。ただ事実が露見しないというだけだった。
それなのに。
「おーい、ハーウェイ。何があったかわかるか?」
「もう収まったの? ハーウェイがいるんだからばっちりよね」
「夜勤かー。いつもありがとよー」
どうしてか優しく声をかけてくれるのだ。
他人の名誉に乗っかっているだけの言葉にすぎないと分かっているのに。喜ぶのは道理が合わないと知っているのに。もうこの村に戻ることは無いと思っているのに。
両親を殺した村を、今まで守り続けてよかったと感じてしまった。
村人たちの笑顔を愛おしく感じてしまった。
「どうだ、これでも後悔しないか?」
「…………ああ。どのみちこの村にはいられないからな。ただ……」
ハーウェイは振り返り、村の中心を向く。
悲しみなどなく、涙は流れない。
しかし握られた拳は震えている。
心を決めて息を大きく吸う。
意を決し。
「今まで育ててくれて――ありがとう」
めいっぱいに絞られた、村人には到底届かない声量だった。アギタにさえ届いているかどうかさえわからない。
だがただ一人、ハーウェイ自身には確実に聞こえていた。
ハーウェイはアギタと共に村を出た。
中の惨状を知らない門番は何も言わず、ただ笑顔で三人を送り届けた。
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ほぼ同刻。砂漠のどこか。
そこでビットレイはジェンツの死を知った。ストゥープの死をホログラムで見せてくれたあの男から、ジェンツの見た最後の光景が送られてきたのだ。
そこにはまたあの男が映っていた。忌々しい爆弾落としの青年――タイマンであれば無類の強さを発揮する機械人間を二体も滅した妄神だ。
自分の仲間である『七騎』を二人も殺した、恨むべき復讐相手だ。
「残った『七騎』は、残り五人」
内、自分に協力してくれそうな人間は一人。
撤回のセイヴ――――能力名『永劫点』。
しかしいくら彼でも、復讐のためだけに自分に力を貸してくれるとは思えない。それに積極的にかかわりたい相手でもない。
やはり一人で戦うしかないようだ。
幸い、爆弾投下の少年の事は『七騎』以外の誰も知らない。ビットレイが仲間内に、自分が復讐することを言ってあるのでそれを考慮してくれているのだろう。機械人間仲間としての情が働いているのかもしれない。
しかしそれもただの気紛れかもしれない。爆弾投下の少年の情報がライマイン全体に公表され、自分の手で復讐が果たせなくなる時もそう遠くはない。
「でも、奴の目指す方向はわかりました。彼らが行くのは、恐らく大陸の向こう」
故に目指すべきは『港』。
ビットレイはさらに歩を進める。
ビフォアバーナー――――了
次回:ストリーキング①




