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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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ビフォアバーナーとフィストフィート⑥

 『極秘資料を扱う倉庫』が、ハーウェイの今いる建物だった。


 傷む体を起こし、服を破って、千切られた右腕を縛り止血する。


「さて、ここからどう手をつけるか」


 試しに紙を一枚とって内容を読んでみる。なるほど確かに知らない情報ばかりだった。村が裏でやってきたさまざまなこと――主に慣習に関することが多く書かれていた。

 だがそれは村内輪の話で、地方政府からすれば何の意味もない事ばかりだ。具体例をあげれば、テテイ村特有の貴重な森林資源を外に運ぼうとした人間を痛めつけたり、といったことである。恐らくその痛めつけられた人間がなかなかの地位についていた為、表沙汰にするのはまずいと判断されたのだろう。いずれにせよ、外部に大きな影響は与えない。むしろ痛めつけた事実だけを見れば正しい行動を行ったと判断される。


 だが、それでもハーウェイの心には、僅かな疑念がわいてきていた。


 資料を読む速度は自然と上がっていった。疑念を払うためか、うやむやにするためか。彼自身にも何がなんだかよく分からなくなっていた。もしこの行為が他にバレればただではすまされない。村の中枢の役職につくのは不可能となる。


 だが、それは今も同じだった。

 血に縛られる。慣習に足をとられる。村に縫いつけられる。身動きなんてとらせてくれない。それでも心のどこかにある、自分が今ここにいることへの不安定な感じが他の誰かに伝わっているとは思えない。この疑念を晴らせるのは彼自身以外の行動以外あり得なかった。


 ハーウェイは二十年前の資料にたどり着いた。彼が一歳ごろの時、両親は何をしたのかがどこかに記録されているはずだ。


 しかしいくら読み込んでも外部の人間による被害は見つからなかった。見つかるのはどこからかの収入だけだ。金をいくら貰ったとか、環境保全の支援金がどうとか。


 その中で、中央の人間が三人、逃げ込むように村を訪れたという記録が見つかった。

 ありふれた情報の中で、異彩を放つ記録だ。

 三人が何か村に被害をもたらしたという記録はなく、何故か村を出る記録も無かった。 

 それと同時期に、この辺りで取れるはずのない超希少素材が手に入ったという記録も見つかった。


「……まさか」


 閉鎖的なテテイ村にとって、中央の資源というのは中央に潜入しなくてはほぼ入手不可だ。ゆえに村長としては偶然転がり込んできた中央の人間を、村内で殺して荷物を全部奪うのが一番だった。中央政府も砂漠のどこかでのたれ死んだと思うだろう。GPSをつけていれば別だったが、今でもテテイ村が残っているあたりその心配はないようだ。



 その三人というのは男一人。女一人。


 そして赤子一人。



「まさか、赤子とは……」


 玉のような汗が額を通じて頬を伝う。

 ハーウェイは今まで、情けから自分は見逃してもらったと思っていた。だが村の『略奪』の慣習が本当で、自分が中央の人間であれば話は別だ。

 中央というのは、元々は何らかの分野で高い才能を持つ人間が集められた場所だ。優秀な遺伝子だけを残すための政策ではあるが、もしこの目論見が成功していたとしたら、自分は優秀な遺伝子を高い確率で持っていることになる。自分の屈強さから鑑みるに、代々身体能力に優れた遺伝子の家系なのかもしれない。中央の技術が手に入りにくい村からすれば、中央の遺伝子は正に垂涎ものだ。誰だって村の中にその遺伝子を組み込みたいと考える。テテイ村の排他性を差し引いてもまず間違いないだろう。

 そして三人分の中央からの来訪者の記録。あるはずの出村の記録がないという事実。

 つまり。

 ハーウェイの両親は何もしていないのに、村長は己の欲望のために抹殺し、あまつさえその息子に偽の恩を与えたのだ。

「……はは。なんだ、これは」

 肉親を殺した村を守ろうと思っていた自分を、今更になって殺したくなる。何の恩も感じる必要のない人間たちに行ってきた全てがフラッシュバックで甦る。



「こんな夜中に、一体なにをしておるのかな」



 入り口から老人の声が聞こえた。ハーウェイはその声を村長の者と記憶している。そちらに視線を向けると、予想通り村長が杖を片手に突っ立っていた。その後ろには村の兵士が二人いる。ハーウェイがなりたくてもなれない人種だ。


 そして、今は絶対になりたくない人種でもある。


「色々うるさいから来てみたのじゃが……もしかして、見たのか?」

「――ええ、見ましたよ」


 ハーウェイは立ち上がり、正面から向かい合う。

「随分と汚いことをしていたようではないですか」

「ほほ。致し方ないことじゃよ。外部の人間でも金を落とす者は生かしておくが、お前の両親は逆に資金を食いつぶす臭いしかしなかったからの。それでも珍しい中央の素材は、高値で売れたわい」


 村長は、ほほほ、と笑う。穏やかな口調だがそれゆえにハーウェイの怒りは最高速度で溜まっていった。



「――――認めて、しまうのですね」


 監視塔を立てた努力も。


「村長。俺は貴方を尊敬していました」


 村に感じていた恩義も。


「森林資源を盗もうとした人間を痛めつけたことは素晴らしい。それを公表しないというのは、この際おいておきます」


 自分の本能を役立てるという発想も。


「なぜなら、その人間は罪を犯したからで、それは既に償われたからです」


 血統に対する引け目も。


「でも、両親は違うでしょう。何もしていない。記録を見ればむしろ助けを求めていた」


 村人への憂いも。


「GPSを持っていなかったというのも、中央から逃げる為の手段だった。俺はそう推測します」


 周りの賞賛に対する落胆も。


「そんな人間を、あなたは中央の素材の珍しさに殺した」


 慣習を何とかしたいと思う情熱も。


「そして、俺の遺伝子の珍しさに生かした」


 肉体鍛錬に励んだ日々も。


「俺を生かしたのではなく、中央の遺伝子を生かしたのですね」


 親のしてきたことへの疑問も。


「そんな事も知らずに、俺はこの村の現状と、村への恩の間で揺れていた」


 革新と保守の摩擦も。


「悩んで悩んで、賞賛も素直に喜べず」


 自己矛盾に対する葛藤も。


「それでも守ることを最優先だと考えて、自分の身体を鍛え上げた。それでりっぱな防人となったつもりだった」


 突き立てた腕も。


「でも、今思えばこの肉体はそのために在るわけじゃなかったのかもしれません」


 力を込めた足も。


「俺の強さは、この日の為にあったのかもしれません」


 奮い立たせた肉体も。


「そう、恐らく『三重フィスト破拳フィート』もこの日の為に」


 全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部。


「親の復讐をする為に――あなた方を皆殺しにする為に!」


 すべてが瓦解した。


 涙があふれ出る。

しかしそこには一縷の悲しみもない。

あるのは明確な復讐心と怒りのみ。


「あなたなんて言い方はもうよしましょう! 『貴様ら』だ! 貴様ら全員殺して、両親の無念を晴らしてこの村をシステムごと破壊して、何もかもをゼロに戻す! それが俺の『革新』だ!」





  次回:ビフォアバーナーとフィストフィート⑦

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