バズビーズチェア②
死屍累々。
あまりに用途のない言葉だが、アギタが見た光景は正にそれであった。
歩を進める度に、道に伏す変死体は増えていった。そのほとんどは屈強な男たちで、中には銃を持っているものさえいた。その死体の数だけ、自分は真相に近づいているのだとアギタは確信していた。耳を澄ますと、治安部隊が近づいてきているのが分かる。それをアギタは建物に身を隠してやり過ごした。
治安部隊の足音が遠くなるのを聞いてから、建物から顔を出し、治安部隊の動向を探る。
治安部隊が集まっていたのは、古めかしいバーの前だった。
部隊長と思われる男が片手を挙げて店内を指差す。その合図にしたがって大量の人間が銃を構えてバーになだれ込んだ。アギタは店前で待機する治安部員の目を盗んでバーの横から回り込み、小窓から中を確認する。
中には銃を構える治安部隊がおり、それらの銃口は一つの方向に向いていた。
「誰か――いるのか?」
アギタは気になり、慎重に店内を覗き込むと、数多の銃口の先にいる一人の女性が確認できた。
女性は円テーブルの上で胡坐をかき、シャンパンをボトルから直に喉に流し込んでいる。傍らには中途半端に食われたステーキが数枚落ちている。
女性はシャンパンを飲み干しボトルを投げ捨てた。
「アンタ達、治安部隊よね? その制服。その統制。間違いないわ」
「話を聞く義務はない。撃て」
部隊長と思われる男が吐き捨てるように言うと、乾いた音と共に、治安部隊の一人が引き金を引いた。
女性はそれを『素手』で止めた。
人間の掌ぐらいなら貫けるはずの弾丸が、掌の中心で回転している。
「――なによ。素性も知れない相手に、警告もなしに発砲? ふざけんじゃないわよ」
弾丸の回転はやがて止まり、床に落ちた。
「宣戦布告って事よね、これ。ま、ライマイン所属の宿命さね。地方政府バーサス反中央政府組織、なんて燃えるじゃない。ああ、それよりアンタらに聞きたいことあんのよ。パジャマを着た、ちっちゃくてかわいい女の子探してるんだけど、知らない?」
「う、撃てええええええ!」
治安部隊の部隊長が叫び、掃射が開始される。何十という銃から弾が射出される。そしてその殆どが女性の身体に当たり――そしてあられもない方向へ跳ね返った。
「意味ないわよ? だって私、鋼鉄の女よ」
女性は治安部隊の一人に掌底を向けた。そして、
「射出」
女性の手首からギロチンが射出された。
しかしそのスピードは決して速くはなく、掌底を向けられた男はしゃがんでギロチンを避ける。
その瞬間、しゃがんだ男の口から大量の臓器と骨が溢れ出した。
臓器は重力に逆らって上に飛び出し、すぐに塵となって消える。男の胴体は萎み続け、胴体に収まっていた全てが吐きだされ消滅した後に、静かに倒れた。周囲の治安部隊がどよめく。その様子を見、女性は大いに高笑った。
「あぁっはっは! いい感じね。姿勢を下げるからそうなるのよ! ははは、それじゃあ行くわよ!」
女性の右腕の皮膚が消滅し、その下に隠れていた『機構』が外気にさらされる。
その腕は正しく機械だった。
彼女は――機械人間だった。
「自己紹介をしましょう? 私はライマイン直属機械部隊・七騎が一人、屈服のストゥープ。能力は『暗落椅子』……どうぞ、ひれ伏してくださいな」
ストゥープは掌底を部隊長に向けた。
死屍累々。
死屍累々。
今までアギタが見てきた変死体が、窓越しのバーの中で、現在進行形で大量製造されている。
「あぁあ、良い、良いわぁああああ!」
治安部隊がどれだけ銃弾をばらまいても鋼鉄の肉体には傷一つ付けられない。対するストゥープは踊りながら、全身の至るところからギロチンを射出している。
治安部隊の一人がしゃがんでギロチンを避けた。
と同時に口から臓器を噴き出して死に至る。それに驚き腰が引け、尻餅をついた部員も同様に臓器を噴き出した。
窓の外にいるアギタには、一体何が起こっているのか、まったくもって解らなかった。
ただ一つ推理できたのは、『しゃがんだり座ったりしたら死ぬ』という事。
(もしかして、あの女はそういうの能力なのか?)
確実なことは解らない。だが、そう考えるのが一番自然なように思えた。
思えると同時に、心の底から絶望した。
ギロチンを避けなけなければ死亡。
しかししゃがめば臓器を噴き出して死亡。
左右に避ければ問題はないらしいが、そうさせないようなラインをギロチンは描いていた。
そうさせないほどの思考能力と身体能力と武器を、ストゥープは完璧に備えているのだ。
「ほらほらどうしたの、まだ私傷ついてないわよ?」
「なめんなゲブがッ!?」
ストゥープの挑発にのり、脳天を撃ち抜こうと膝をついた男が臓器を噴き出す。
――惨い。惨すぎる。
その後も惨殺は続いた。ストゥープはギロチンを全て下方に避けさせ、一滴の血も流さずに惨劇を作り上げていた。
血は一滴も流れていない。が、確かにそれは虐殺だった。
残るは、治安部隊長のみ。
「さぁ、残ったのはアンタ一人よ。お偉いさん」
「くっ……」
部隊長は額に汗をにじませながらも、銃を握る手は微塵も震えていなかった。隊長に値するだけの度胸。冷静さ。それを隊長は持ち合わせていた。しかしその強さもストゥープの前では、先に殺せるか後で殺すかの違いでしかなかった。
「ここまで生き残ったのは褒めてあげるわ。ご褒美はあげないけどね」
ストゥープがテーブルから降り、ムエタイの構えをとる。明らかな臨戦態勢に対して、部隊長は眼光を強めた。
その様子を、アギタは窓の外から見ているしかできなかった。ここに来て命の危機――ピロウを守れなくなる危険を感じていたからだ。
道路で変死体を見つけた時はもちろん、ストゥープの猛攻を見ればなおさら、『逃げる』のが最善だ。無理に戦う必要はない。相手の能力について情報を手に入れられて生きていられるというだけでも奇跡に近いことだ。その幸運を無駄にする手はない。
しかし、部隊長の一動作一動作を観察している間に、アギタは気が付いてしまった。
部隊長の瞳がかすかに潤んでいたのだ。
敵対者に向けられた銃口は震えることなくストゥープの頭部を正確に捉えている。引き金にかかる人差し指には、どんな相手でも撃ち抜く覚悟が宿っている。
それでも、そこに恐怖はあるのだ。
死にたくない。死にたくない。
着丈な風貌の奥でうごめく感情。
(俺は、ピロウを助けるためにここにいるのか?)
違う。
ピロウと出会った時、何を思ってピロウを抱きしめたか。
――助けて。
その言葉を聞いて、アギタはピロウを助けたはずだ。
(俺が助けるのは、ピロウか、それとも)
そして、部隊長は静かに、
「……誰か生きてるなら、返事をしてくれ……」
「うらあああああああああ!!!!」
絞り出された部隊長の言葉に、アギタは裏拳で窓を割って答えた。
ストゥープの視線が窓に向く。部隊長はその隙をつき引き金を引いた。流石部隊長といったところか、連続して放たれた弾は全てストゥープの頭部に命中した。アギタも勢いにのって窓の前に体をさらし、ハンドマシンガンでストゥープの胴体に弾丸を撃ち込む。
「治安部隊のおっさん! 早くここから出ろ! 外で戦うんだ! 銃は駄目でも俺の能力なら!」
「き、君は?」
部隊長は訊きながら一歩一歩バーの出口に近づく。
アギタは問いに答えない。だが、心の内で覚悟は既に決まっていた。
「俺はピロウだから助けるんじゃねえ。『助けを求めた』から助けるんだ!」
ここで退くのは、ピロウへの裏切りになる。
アギタは自信の覚悟を固くした。
「……アンタ誰よ。能力って言ってたけど、もしかして妄神?」
突然の事態にひるんでいたストゥープは早くも状況を理解し始め、脇に抱えたピロウを見て全てを飲み込んだ。
「その子――そう、アンタがピロウを持っていたのね。そっちから出てきてくれるなんて、私は何て幸運なのかしら」
ストゥーブの右眼球が回転し、赤く光りだす。
それは誰にの目にも明らかな興奮の証であった。
次回:バズビーズチェア③
しゃがむと死ぬとか怖いですね。ラジオ体操で死んじゃうんですよ。




