第50話 嫉妬する冒険者と、五人の美少女
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、恒一はいつもと違う空気を感じた。
「……ん?」
受付へ向かおうとした足が、思わず止まる。
こちらを見ている冒険者が多い。
それも、一人や二人ではない。酒場のテーブルに座っていた男たちも、依頼掲示板の前に集まっていた冒険者たちも、ちらちらと恒一たちに視線を向けていた。
「ねえ、あの人たちじゃない?」
「最近、依頼を次々に成功させてるっていう……」
「C級なのに、なかなかやるらしいぞ」
「しかも、あの美人たちを連れてるんだろ?」
「おい、聞こえるぞ」
恒一は思わず小声でつぶやいた。
「ふふっ。恒一、注目されていますわね」
隣を歩くリゼリアが、楽しそうに微笑む。
銀色の髪を揺らし、赤い瞳を細める姿は、周囲の視線を集める理由の一つになっていた。
いや、リゼリアだけではない。
エレナの整った顔立ちと落ち着いた雰囲気。コハクの獣耳と尻尾。セレスの上品な佇まい。フィリアの明るく華やかな存在感。
五人が並んで歩けば、目立たないほうが難しい。
「いや、俺が見られているというより、みんなが目立っているんじゃないか?」
「えっ、そうかな?」
コハクは自分の尻尾を振り返った。
「コハク、尻尾を振りすぎです。余計に目立ちますよ」
エレナが呆れたように言う。
「ええっ! これ、勝手に動いちゃうんだもん!」
「でしたら、少し落ち着いてください」
「むむむ……」
コハクは尻尾を押さえようとしたが、今度は耳がぴくぴくと動き始めた。
恒一は思わず笑った。
「無理に止めなくてもいいだろ。コハクらしいし」
「ほ、本当? えへへ……」
コハクの尻尾が、今度はさっき以上に勢いよく揺れた。
「……コウイチのせいで、余計にひどくなりましたね」
エレナが小さくため息をつく。
「俺のせいなのか?」
「そうです」
即答だった。
「ふふっ。皆さん、仲がよろしいですね」
セレスが穏やかに微笑んだ。
「仲がいいというより、いつもこんな感じだよ」
フィリアは肩をすくめたが、その表情はどこか楽しそうだった。
「それより、今日は何の依頼を受けるの? そろそろ新しい仕事を探さないとね」
「そうだな。まずは掲示板を見てみよう」
恒一たちが依頼掲示板へ向かおうとした、そのときだった。
「黒瀬さん!」
受付から明るい声が飛んできた。
顔を向けると、受付嬢のミリアが手を振っている。
「お待ちしていました。ちょうど確認したいことがあったんです」
「俺たちに?」
「はい。先日達成された依頼の報告書についてです。少しお話しできますか?」
「もちろん。何か問題でも?」
「いえ、問題というわけではありませんよ」
ミリアは微笑んだ。
「ただ、最近の皆さんの活躍が評判になっていまして。ギルド内でも、期待のルーキーだと話題になっているんです」
「期待のルーキー、ねえ……」
恒一は困ったように頭をかいた。
前の世界では、職場で目立つことなど避けたいと思っていた。
それが今では、異世界の冒険者たちから注目されている。
人生というものは、本当に分からない。
「素晴らしいことですわ」
リゼリアは当然だと言わんばかりに胸を張った。
「恒一の実力が正しく評価されているだけですもの」
「リゼリア、あんまり大げさに言わないでくれ」
「大げさではありませんわ」
彼女は一歩近づき、恒一の顔をのぞき込んだ。
「私が誰よりもよく知っていますもの。あなたがどれほど頼もしい人なのか」
「……っ」
恒一は一瞬、言葉に詰まった。
その様子を見て、フィリアがすかさず口を挟む。
「ちょっと、朝から何を見せつけてるのよ!」
「あら。何か問題でも?」
「も、問題はないけど!」
フィリアは顔を赤くしながら、恒一の反対側に回った。
「恒一だって、別にリゼリアだけに褒められたいわけじゃないでしょ?」
「いや、誰に褒められても嬉しいけど……」
「なら、私だって褒めてあげるわよ!」
「お、おう。ありがとう」
「……何よ、その反応!」
「どう返せばいいんだよ!」
思わず声を上げた恒一を見て、セレスが口元に手を添えて笑った。
エレナも呆れた顔をしながら、わずかに口元を緩めている。
「皆さん、本当に元気ですね」
ミリアは微笑ましそうに一同を見渡した。
「それでは、こちらの書類に確認をお願いします。今後の依頼についても、皆さんに紹介できる仕事が増えると思います」
「助かるよ。俺たちも、少しずつ実績を積んでいきたいからな」
恒一が書類を受け取ろうとした、そのとき。
「へえ。ずいぶんと優遇されているじゃねえか」
横合いから、皮肉めいた声が割り込んだ。
振り返ると、腕を組んだダリオが立っていた。
その表情には、隠すつもりもない不満が浮かんでいる。
「ダリオか」
「よお、黒瀬。最近はギルドの職員まで味方につけたのか?」
「何の話だ?」
「とぼけるなよ。依頼をこなして、女たちに囲まれて、受付嬢からも期待される。ずいぶんと順調な冒険者生活じゃねえか」
ダリオは恒一の背後に並ぶ五人へ視線を移した。
「特に、そっちの美女たちには恵まれているみたいだな」
「……何か言いたいことがあるのかしら?」
リゼリアの声から、笑みが消えた。
「おっと、怖い怖い。別に悪口を言ったつもりはねえよ」
ダリオは肩をすくめた。
「ただ、実力が伴っているのか気になっただけだ」
「恒一の実力なら、私が保証しますわ」
リゼリアは一歩前へ出た。
「あなたに心配していただく必要はありません」
「へえ。ずいぶん信頼されているんだな」
「当然です」
即答だった。
その迷いのなさに、ダリオの眉がぴくりと動いた。
「……なるほどな」
エレナが冷静に口を開く。
「ダリオさん。実績について疑問があるのでしたら、ギルドの記録を確認すれば済む話です。ここで挑発する必要はありません」
「挑発? 俺は事実を確かめたいだけだ」
「でしたら、なおさら言い方を考えるべきですね」
「エレナ、そこまででいい」
恒一が静かに制した。
ここで言い争っても仕方がない。
そう考えたのだが、ダリオは引き下がらなかった。
「なあ、黒瀬。お前、自分が特別な存在だとでも思っているのか?」
「思っていないよ」
「なら、どうしてそこまで評価される?」
「依頼をこなしてきたからだろ」
「それだけで、ここまで注目されるかねえ」
ダリオは意味ありげに笑った。
「……まあいい。いずれ分かることだ」
「何がだ?」
「お前が本当に実力のある冒険者なのか、それとも周りが勝手に持ち上げているだけなのか。いずれ、はっきりするさ」
そう言い残し、ダリオは背を向けた。
「なんなの、あいつ!」
コハクの耳がぴんと立った。
「コウイチが頑張ってること、何も知らないくせに!」
「落ち着いて、コハク」
セレスが優しく声をかける。
「彼にも彼なりの考えがあるのでしょう。ただ、今の言い方では誤解を招いてしまいますね」
「誤解というより、嫉妬でしょう」
エレナは淡々と言った。
「実績を積んでいる恒一さんが注目されていることが、面白くないのだと思います」
「ふん。だったら自分も頑張ればいいのに」
フィリアは腕を組み、頬を膨らませた。
「わざわざ恒一に嫌味を言う必要なんてないじゃない」
「まあ、気にするなよ」
恒一は苦笑した。
「俺たちは俺たちの仕事をすればいい」
「恒一がそう言うなら、私は構いませんわ」
リゼリアはそう答えたものの、ダリオが去っていった方向を鋭い目で見つめていた。
「……ただし、あなたに失礼なことをするようなら、話は別ですけれど」
「リゼリア、頼むから穏便にな」
「もちろんですわ」
その笑顔を見て、恒一はかえって不安になった。
本当に穏便に済ませてくれるのだろうか。
「それでは、改めて依頼を探そうか」
恒一は気持ちを切り替え、掲示板へ向き直った。
その背後では、ダリオが一度だけ足を止めていた。
彼は恒一たちを振り返り、誰にも聞こえない声でつぶやく。
「……空間を操る能力、か」
先ほどまでの嫉妬に満ちた表情とは違い、その目には疑念が浮かんでいた。
「もし、あいつが関わっているとしたら……」
ダリオは再び歩き始めた。
その疑いが、やがて街を揺るがす事件へとつながっていくことを、まだ誰も知らなかった。




