第48話 休日の余韻と、新たな連携技
湖から戻った俺たちは、エルセリアの宿屋で一息ついていた。
濡れた髪を乾かし、着替えを済ませた俺たちは、食堂の一角を借りて六人分の夕食を用意することにした。
「はあ……楽しかった!」
椅子に腰を下ろしたコハクが、尻尾をぱたぱたと揺らす。
「湖って、あんなに気持ちいいんだね! 次はもっと深いところまで泳ぎたい!」
「その前に、ちゃんと泳ぎ方を覚えなさい」
エレナが苦笑する。
「えー、コハク、泳げるよ?」
「途中で足を滑らせたのは誰だったかしら」
リゼリアが微笑みながら言うと、コハクの耳がぺたりと伏せられた。
「あれは、石が悪かったの!」
「はいはい」
「恒一まで!」
俺が笑うと、コハクは頬を膨らませて俺の隣に移動してきた。
「じゃあ、今日は恒一の隣で休むもん」
「好きにしていいぞ」
「やった!」
コハクは満足そうに俺の腕に寄りかかった。
その様子を見たリゼリアが、反対側の椅子に座っていたのに、わざわざ立ち上がって俺の隣へやってくる。
「恒一。私も少し疲れたわ」
「そうか。ゆっくり休むといい」
「ええ。だから、ここに座るわね」
そう言って、彼女は俺の反対側に腰を下ろした。
自然な動作で腕を絡められる。
「……リゼリア、さっきまで元気だっただろ」
「湖ではね。今は休息の時間なの」
「便利な言い方だな」
「女王の特権よ」
彼女は得意げに微笑んだ。
俺の両側が埋まってしまい、身動きが取りにくい。
しかし、不思議と窮屈さは感じなかった。
むしろ、こうして誰かがそばにいてくれることに、心が落ち着いていく。
「恒一さん、夕食の準備を始めても大丈夫ですか?」
食堂の一角で料理の支度をしていたセレスが声をかけてきた。
「ああ。今日は簡単な料理でいいんじゃないか?」
「そうですね。皆さん、たくさん遊びましたから」
「私も手伝うわ」
フィリアが立ち上がった。
「フィリアが料理?」
俺が意外そうに言うと、彼女は腰に手を当てた。
「何か問題でも?」
「いや、研究の方が得意そうだと思って」
「失礼ね。基本的な調理くらいできるわ」
「では、野菜を切るのをお願いできますか?」
セレスが穏やかに頼む。
「任せて」
フィリアは自信満々に包丁を手に取った。
数分後。
「……フィリアさん、それは少し大きすぎませんか?」
「火を通せば問題ないわ」
「でも、こちらの野菜と大きさが違いすぎます」
「均一な大きさに切ることに、そこまで意味があるのかしら?」
「ありますよ。火の通り方が変わりますから」
セレスの説明に、フィリアは真剣な顔で切り直しを始めた。
その様子を見て、エレナが小さく笑う。
「なんだか、実験みたいですね」
「料理も立派な技術よ」
フィリアは真顔で答えた。
「材料の性質を理解して、適切な手順で加工する。そう考えれば、魔法具の製作と似ているわ」
「……確かに、そうかもしれないな」
俺が頷くと、フィリアは満足そうに胸を張った。
「でしょう?」
どうやら、料理にも研究者としての誇りがあるらしい。
◇
夕食を終えると、俺たちは食堂のテーブルを囲んだ。
湖での休息を十分に楽しんだ今、次に考えるべきことは、武具と能力の今後についてだった。
とはいえ、今日は本格的な訓練をするつもりはない。
あくまで、今後の方針を相談するだけだ。
「まずは、リゼリアの剣について考えようか」
俺が言うと、リゼリアは自分の剣をテーブルの上に置いた。
「この前の戦いでは、相手の動きに合わせて剣を振るうことが多かったわね」
「ああ。あの守護者は防御が堅かった。こちらの攻撃を重ねるだけじゃ、簡単には崩せなかった」
リゼリアは剣の柄を指でなぞった。
「力任せに斬り込むだけでは、いずれ限界が来るわ。攻撃の精度と、仲間との連携を磨く必要があるわね」
「なら、まずは斬撃の軌道と間合いを見直すのはどうだ? 一度の攻撃で無理に決めようとするんじゃなくて、相手の守りを崩す一撃と、そこを狙う一撃を分けるんだ」
フィリアが話に加わった。
「攻撃の順番を工夫するわけね。相手の防御を誘って、その反応を見てから次の攻撃を選ぶ。魔法で補助しなくても、剣技だけで試せるわ」
「そうだ。俺の《空間固定》を組み合わせる案も考えられるが、今はまだ制御が安定していない。最初から頼りにするのは危険だ」
セレスがすぐに頷いた。
「恒一さんの負担が大きくなるようなら、無理に組み合わせる必要はありません」
「その通りだな。まずはリゼリア自身の剣技と、俺たちの動きを合わせる練習から始めよう」
リゼリアは嬉しそうに頷いた。
「わかったわ、恒一。焦らずに、一つずつね」
彼女は俺の手にそっと触れた。
「あなたが無理をしないと言うなら、私も無理はしない。約束する」
その言葉に、俺は安心して頷いた。
◇
「次は、私の弓について相談してもいいでしょうか」
エレナが愛用の弓を手元に置いた。
「私の《異空間射撃》は、普通の射手とは違う射線を取れる可能性があります。でも、まだ思いどおりに扱えるわけではありません」
「今までの訓練でも、狙いを定めるには集中が必要だったな」
「はい。ですから、まずは通常の射撃の精度を上げながら、能力を使ったときの違いを確かめたいと思います」
エレナは少し考えてから続けた。
「障害物の向こうにある標的や、角度のついた場所にある標的を狙う練習ができれば、能力の特徴もわかるかもしれません」
フィリアが顔を上げた。
「なるほど。まずは動かない標的で、どこまで狙いを調整できるか確認するのね」
「はい。ただ、矢が空間を通り抜けて別の場所から現れるような使い方ができるかどうかは、まだわかりません。今の段階で、それを前提にするのは危険だと思います」
「その判断は正しいな」
俺は頷いた。
「エレナの《異空間射撃》がどんな条件で働くのか、少しずつ確かめていこう。能力の仕組みを理解することも、立派な訓練だ」
エレナは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、恒一さん。もっと練習して、皆さんを遠くから支えられるようになりたいです」
「今でも十分頼りにしているよ」
「……そう言ってもらえると、頑張れます」
彼女の頬が、ほんのり赤くなった。
◇
「じゃあ、次はコハクだな」
「待ってました!」
コハクは椅子から身を乗り出し、自分の短剣を取り出した。
「コハクの武器は、これ!」
二本の短剣は形状も重さも異なっているが、どちらも特別な効果があると確定したわけではない。これまでの戦いでわずかな反応を感じたことはあったものの、武器そのものの性質なのか、周囲の魔力との共鳴なのかは不明だった。
「使ってみて、何か変わった感じはあったか?」
俺が尋ねると、コハクは短剣を見比べた。
「うーん……こっちは少し重く感じるときがあるし、もう一つは手になじむ感じがするんだ。でも、武器の力なのか、コハクが慣れてきただけなのか、よくわからない」
フィリアが慎重に答えた。
「現時点で、重力を操る機能や、使用者の体を軽くする機能があるとは断定できないわね。まずは普通の短剣として扱ったときの違いを記録するべきよ」
「つまり、いつも通りに動いて、どんなときに違和感が出るか確かめるんだな」
「そう。振る速さや握り方、踏み込み方を変えて比較するの。魔力反応が確認できた場合も、すぐに武器の能力だと決めつけず、何度か試す必要があるわ」
コハクは元気よく頷いた。
「よーし! コハク、いっぱい練習する!」
「勢いはいいけど、訓練場でな。宿の中で振り回すのは禁止だぞ」
「わかってるよ!」
そう言いながら、コハクは俺の腕に抱きついた。
「でも、練習が終わったら、またいっぱい褒めてね?」
「ちゃんと上達したらな」
「約束!」
尻尾が嬉しそうに揺れていた。
◇
「私の能力についても、相談させてください」
セレスは、普段使っている杖をテーブルに置いた。
「私の《次元防壁》は、攻撃を防いだり、衝撃を分散させたりすることができます。でも、強い攻撃を受けると、防御を維持することだけで精いっぱいになる場面もあります」
「防御を安定させながら、仲間を支援できるようにしたいんだな?」
「はい。たとえば、仲間の位置や攻撃の方向に合わせて防壁を展開できれば、もっと効率よく守れると思うんです」
セレスは紙に、複数の防壁を配置した図を描いた。
「一つの大きな防壁だけに頼るのではなく、小さな防壁を必要な場所に展開する方法です。ただ、今の私に、複数の防壁を同時に安定して維持できるかはわかりません」
「まずは一つずつ試すべきだな」
「はい。防壁の大きさや位置を変えながら、どこまで維持できるか確かめたいと思います」
彼女は少し考えてから付け加えた。
「治癒魔法と組み合わせて、守りながら傷の手当てをしやすくする方法も考えています。ただし、防壁そのものが傷を癒やすわけではありません。私自身の魔力や集中力にも限界がありますから」
「防御と治癒を同時に行うのは難しそうだな」
「ええ。ですから、まずは防壁の安定を優先します」
セレスは真剣な顔で頷いた。
「皆さんを守れる力を、少しずつ育てていきます」
「もう十分、みんなを守ってくれているよ」
「……恒一さん」
彼女は少し照れたように笑った。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、もっと頑張れそうです」
◇
「最後は私ね」
フィリアは、自分の魔法具をテーブルの上に並べた。
「私は《多重魔法包囲》をもっと安定させたいの。複数の魔法を組み合わせれば、相手の動きを制限しながら攻撃できる可能性があるわ」
「一つずつ放つより、相手の逃げ道を制限できるわけか」
「そう。ただし、同時に扱う魔法が増えるほど制御は難しくなる。数を増やすことばかり考えて、狙いが乱れたら意味がないわ」
フィリアは指先で図をなぞった。
「まずは少ない数の魔法を正確に配置して、狙った場所へ誘導する練習をする。それが安定してから、少しずつ数を増やしていくつもりよ」
「周囲に漂う魔力や、敵の攻撃に残った魔力まで集めるような技は、まだ先の話だな」
「ええ。そんな方法が可能かどうかも、今はわからないわ。まずは自分の魔法をきちんと制御するところからね」
フィリアは真剣だった。
彼女の研究者としての好奇心は強い。だが、以前よりも、危険を避けるために手順を踏むことを大切にしている。
それは、俺たちと冒険を続けてきたからこその変化なのかもしれない。
「フィリア。その技を磨けば、強敵との戦いで大きな助けになると思う」
「ええ。だから、焦らずに完成度を上げるわ」
彼女は顔を上げた。
「恒一さんも、空間制御籠手の調査を急ぎすぎないでね。あなたの力が必要だからこそ、あなた自身が無事でいなければ意味がないのよ」
「……わかった。約束する」
「よろしい」
フィリアは満足そうに微笑んだ。
◇
五人の能力について話し終えたあと、自然と話題は俺自身の武具へ移った。
テーブルの端には、黒い古代の《空間制御籠手》が置かれている。
「俺の方は、まだわからないことが多いな」
籠手に手を伸ばしかけ、俺は途中で止めた。
前回の戦闘で無理に力を引き出そうとした際、空間干渉が乱れ、腕に強い痛みが走った。籠手が何らかの反応を示したことは確かだが、それがどんな機能なのかは、まだわかっていない。
あの感覚は、まだ忘れていない。
「まずは、この籠手が《空間固定》の制御を助けるのか、それとも別の働きを持つのか調べたい。古代施設との関係も気になるけど、今の段階では、保管庫と直接つながっているとは言い切れない」
「保管庫にある武器を、一度に取り出すことはできないのかしら?」
リゼリアが尋ねる。
「今は、そんなことができるかどうかもわからない。武具保管庫そのものの機能も、籠手の働きも、まだ調査の途中だからな」
「もし複数の武器を同時に扱えるようになれば、戦い方の幅は広がりそうですね」
エレナが言った。
「そうだな。でも、現時点では想像の域を出ない。まずは目の前の能力を正確に使えるようにするのが先だ」
フィリアが補足した。
「古代の記録には、まだ読めない部分が残っているわ。籠手の反応も、保管庫との接続を示しているのか、別の仕組みなのか判断できない。無理に調査を進めるのは危険ね」
俺は頷いた。
古代施設や保管庫には、まだわからないことが多い。だからこそ、力任せに扱うわけにはいかない。
「まずは籠手の基礎的な反応を確かめる。《空間固定》の精度を上げて、使ったときの精神的な負担を把握する。それが先だ」
「賛成よ」
リゼリアが俺の手を取った。
「恒一が自分の力を育てるのと同じように、私たちも自分の技を磨いていく。そうすれば、誰か一人に負担が集中することも減るはずよ」
「そうだな」
俺は五人を見渡した。
剣で攻めるリゼリア。
正確な射撃と《異空間射撃》を磨くエレナ。
《瞬影襲撃》を生かした機動力を持つコハク。
《次元防壁》と治癒魔法で仲間を支えるセレス。
《多重魔法包囲》の制御を磨くフィリア。
そして、空間そのものに干渉する俺。
それぞれの力はまだ発展途上だ。
けれど、互いの長所を理解し、連携を磨けば、今よりもっと強くなれる。
そう確信できた。
◇
話し合いが一段落すると、コハクが大きく伸びをした。
「よーし! 明日は訓練だね!」
「その前に、今日はゆっくり休むんだぞ」
「わかってるってば!」
コハクはそう答えながら、俺の肩に頭を乗せた。
エレナはお茶を淹れ、セレスはテーブルを片付け始める。フィリアは書き留めた案を整理し、リゼリアは俺の隣で静かにくつろいでいた。
「恒一」
「ん?」
「今日は、楽しかったわね」
「ああ。いい休日だった」
「次の休日も、こうして過ごしたいわ」
リゼリアは微笑み、俺の手を握った。
「もちろん、冒険も大切よ。でも、こうして何も気にせずに笑える時間も、同じくらい大切だと思うの」
「俺もそう思う」
「なら、約束ね」
「ああ、約束だ」
彼女は満足そうに目を閉じた。
俺たちの周囲には、穏やかな空気が流れていた。
遠い世界から来た俺には、まだ知らないことが多い。
古代施設も、空間制御籠手も、記録に残された謎も、いつか向き合う必要があるだろう。
それでも、今は焦らなくていい。
力を磨く時間がある。
仲間と笑う時間がある。
そして、帰りたい世界について考える時でさえ、隣にいてくれる人たちがいる。
俺は五人の顔を見て、静かに息を吐いた。
明日からは、また一歩ずつ進んでいこう。
今度は、誰か一人が無理をするのではなく、六人全員で支え合いながら。
そう心に決めて、俺はリゼリアの手を握り返した。




