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第34話 異空間通販と、彼女たちの新しい装い

冒険者ギルドに大量の魔石を持ち帰った翌朝。

黒瀬恒一は、宿の部屋で目を覚ました。窓から差し込む朝日を眺めながら、昨夜の出来事を思い返す。

石橋の地下施設で発見した装置。空間操作系の能力に反応した魔物。そして、少しずつ変化を見せ始めた自分の固有異空間。

気になることは多いが、今すぐ答えが出るわけではない。


「まずは、昨日持ち帰った魔石の整理からだな……」


身支度を整えて部屋を出ると、リゼリアたちが食堂に集まっていた。


「おはよう、恒一。よく眠れた?」


リゼリアが微笑みながら声をかける。


「ああ。みんなも早いな」

「コハクがお腹が空いたって騒いでいたからね」

「だって、朝ご飯は大事でしょ!」


コハクは当然とばかりに胸を張った。

エレナは小さく笑い、セレスは温かい飲み物を用意してくれていた。フィリアはというと、テーブルの上に並べた魔石をじっと観察している。


「この魔石ですが、種類によって反応にかなり違いがあります。昨日採取した岩角獣のものは比較的安定していますが、灰牙狼のものは内部の反応が乱れています」

「固有異空間との相性も、まだ確実とは言えないんだったな」

「はい。反応が強ければ適している、という単純な話ではないようです。引き続き、慎重に調べる必要があります」


フィリアは魔石を傷つけないよう、布の上に一つずつ並べ直した。


「それなら、今日も魔石を集めるの?」


コハクが期待を込めて尋ねる。


「その前に、昨日の報告をギルドで確認しよう。調査を続けるなら、準備も必要だからな」


恒一がそう答えると、リゼリアもうなずいた。


「賛成よ。未知の施設に関わる以上、焦って進むのは危険だもの」


     ◇


冒険者ギルドへ向かうと、受付にはすでに何人もの冒険者が並んでいた。

恒一たちは受付で昨日の依頼について報告し、魔石の追加調査が可能か相談する。

受付職員は記録を確認してから、奥の部屋へと案内してくれた。


「昨日の採取品については、こちらでも記録しておきます。最近は魔石を持つ魔物の目撃情報が増えていますので、討伐依頼もいくつか出ています」

「増えている、ですか?」


エレナが尋ねる。


「はい。ただ、原因はまだわかっていません。北東部の遺跡周辺だけでなく、別の地域でも似た報告があるそうです」


ギルドの奥から現れたガルドが、地図を広げた。


「無理に深追いする必要はない。まずは西側の森林で確認されている魔物の討伐と、周辺調査を頼みたい。異常な反応があれば記録し、危険を感じたらすぐに撤退してくれ」

「わかりました」


恒一は依頼内容を確認し、仲間たちと顔を見合わせた。

今日の目的は魔石を集めることだけではない。魔物の様子を調べ、異常がどの範囲に広がっているのかを確かめることも重要だった。

依頼を受けた一行は、必要な薬品や食料を整えて街を出た。


     ◇


森に入ってしばらくすると、コハクが足を止めた。


「この先、足跡が多いよ。普通の群れより、少しまとまりがない感じ」


彼女は地面にしゃがみ込み、土のへこみや折れた草を観察する。


「同じ方向へ向かっている足跡もあります。でも、途中で急に散らばっているんです」

「何かに追われたのかしら?」


リゼリアが周囲を見回す。


「そうかもしれません。ただ、追いかけた跡がはっきりしないんです」


コハクは慎重に立ち上がった。

エレナも木々の間へ視線を向ける。


「空気の流れが少し不自然です。以前の遺跡で感じたものに似ています」


恒一は意識を集中させた。周囲の空間に、わずかな違和感がある。だが、以前のように明確な歪みを捉えられるわけではない。


「無理に能力で探ろうとするのはやめておこう。まずは、目で確認できる範囲からだ」


そのとき、茂みの向こうから灰色の狼型魔物が四体現れた。体表には、紫色の筋のようなものが薄く浮かんでいる。


「来るよ!」


コハクが横へ回り込み、エレナが弓を構えた。

矢が一体の前脚をかすめ、動きを鈍らせる。リゼリアは距離を詰め、赤黒い魔力をまとった一撃を放った。


「《魔技・ブラッドインパクト》!」


衝撃を受けた狼型魔物がよろめく。

残る一体が恒一へ向かって突進した。


「《空間固定》!」


恒一は進路上の空間を一瞬だけ固定した。魔物の動きがわずかに鈍り、その隙を逃さずコハクが側面から攻撃する。

しかし、固定を解いた直後、恒一のこめかみに鈍い痛みが走った。


「っ……」

「恒一、無理をしないで!」


セレスが声を上げ、後退する仲間たちを守るように防壁を展開する。エレナの矢が最後の一体を牽制し、リゼリアがとどめを刺した。

戦闘が終わると、恒一はゆっくりと息を吐いた。


「大丈夫?」


リゼリアがすぐ隣へ来て、顔をのぞき込む。


「ああ。少し集中しすぎただけだ」

「その『少し』を信用できないのよ」


彼女は心配そうに眉を寄せたが、恒一が落ち着いているのを確認すると、ようやく表情を緩めた。

魔物の体から魔石を取り出し、フィリアが状態を確かめる。


「やはり、内部の反応が不安定です。ですが、この結果だけでは、固有異空間との適合性までは判断できません」

「魔石そのものに原因があるのか、それとも魔物が何かの影響を受けているのか……」


恒一は、紫色の筋が残る魔物の体を見つめた。


「今の段階では、どちらとも言えないな」


     ◇


さらに森を進むと、岩場に大きな角を持つ魔物の足跡が見つかった。

コハクが周囲を確認し、エレナが見晴らしのよい場所へ移動する。リゼリアは恒一のそばに残り、セレスは回復魔法をすぐ使えるように準備した。

やがて、岩角獣が三体、岩陰から姿を現した。

一体が正面から突進し、別の一体が横へ回り込もうとする。


「コハク、左を頼む! エレナは後ろの個体を牽制してくれ!」


恒一の指示に、二人が即座に動いた。

コハクが岩角獣を狭い岩場へ誘導し、エレナの矢が進路を制限する。リゼリアが正面の個体へ攻撃を仕掛けた。

恒一は仲間の動きを見ながら、突進してくる一体の進路へ《空間固定》を使った。

一瞬だけ勢いが弱まった岩角獣は、狙いを外して岩壁へぶつかる。


「今よ!」


リゼリアが隙を突き、コハクが脚を狙う。エレナの矢が関節付近へ命中し、岩角獣が大きく体勢を崩した。

だが、残る一体が恒一へ向き直り、角を振り上げた。

避けきれず、腕に浅い傷が走る。


「恒一!」


リゼリアがすぐに間へ入り、魔物を牽制した。セレスは恒一の腕へ回復魔法を施す。


「傷は浅いですが、無理はしないでくださいね」

「ありがとう、セレス」


治療を受けている間に、仲間たちが残る岩角獣を倒した。

恒一は腕を動かして具合を確かめる。痛みは残っているが、戦闘を続けるほどの傷ではない。


「今日はここまでにしよう。目的の魔石も手に入ったし、無理に奥へ進む必要はない」


誰も反対しなかった。

採取した魔石を確認すると、灰牙狼のものとは異なり、岩角獣の魔石は比較的安定した反応を示していた。


「これが固有異空間に適しているかは、まだわかりません。でも、比較する価値はありそうです」


フィリアが記録をまとめる。


「よし。ギルドへ戻って報告しよう」


一行は周囲の地形を記録してから、森を後にした。


     ◇


ギルドへ戻ると、ガルドは報告書と魔石を確認した。


「魔石を持つ魔物の増加に、体表の異常な筋か……。別々の現象と決めつけるには早いな」

「はい。以前の遺跡や石橋の地下施設との関連も気になりますが、今はまだ共通点があるというだけです」


恒一が答える。


「それでいい。事実と推測は分けて報告してくれ。調査を急いで、余計な危険を招く必要はない」


ガルドは魔石の一部をギルドの調査担当へ渡すことにした。残りは恒一たちが持ち帰り、フィリアと一緒に観察することになった。

その後、一行は食堂で遅めの食事を取った。


「今日はよく動いたね!」


コハクは串焼きを頬張りながら、満足そうに尻尾を揺らしている。


「食べながら話すと、また喉に詰まるわよ」


リゼリアが呆れたように言う。


「大丈夫だよ!」

「昨日も同じことを言っていた気がします……」


エレナが小さく笑った。

セレスは恒一の腕の具合をもう一度確認し、フィリアは魔石の記録を見直している。

恒一は仲間たちの姿を眺めながら、ふと考えた。

いつか、自分の固有異空間が安定して、仲間たちが安心して休める場所になったら。

そこに大きなテーブルを置いて、こうしてみんなで食事をすることもできるだろうか。

今はまだ、灰色の壁と小さな寝台があるだけの狭い空間だ。仲間を招き入れることもできないし、好きな設備を自由に作り出せるわけでもない。

それでも、少しずつ調べていけば、何かがわかるかもしれない。


「恒一、どうしたの?」


リゼリアが顔をのぞき込んできた。


「いや。いつか、みんなでゆっくり過ごせる場所を作れたらいいなと思って」

「それは素敵ね」


リゼリアは柔らかく微笑んだ。


「でも、今は無理をしないこと。あなたが倒れたら、その未来も遠くなってしまうわ」

「わかってるよ」

「本当に?」

「……努力する」

「ふふ。そこは約束してほしかったわね」


彼女は少しだけ頬を膨らませたが、すぐに恒一の手を握った。


     ◇


夜。

宿の部屋へ戻った恒一は、昼間に採取した岩角獣の魔石を机の上へ置いた。

小さな魔石は、淡い光を宿している。灰牙狼の魔石と比べると反応は落ち着いているが、それだけで固有異空間に適しているとは判断できない。

恒一は慎重に意識を集中させた。

《固有異空間》。

その言葉を思い浮かべると、意識の奥に、あの小さな部屋の感覚がかすかによみがえった。

灰色の壁。寝台。淡い光。

以前よりも、わずかにその輪郭を捉えやすくなっている気がする。

だが、無理に維持しようとすると、頭の奥に重い負担がかかる。恒一はすぐに集中を解いた。

魔石は何も変わらず、机の上で静かに光っていた。

そのとき、視界の端に見慣れた表示が浮かび上がる。

《固有異空間:初期領域》

《領域規模:極小》

《入退室:確認》

《外部物体との共鳴:微弱》

《領域維持:不安定》

《解析:継続中》

恒一は表示を見つめた。

魔石が反応に関係している可能性はある。しかし、何を意味するのか、どんな条件が必要なのかはまだわからない。

さらに、別の表示がゆっくりと現れた。

《接続候補:微弱な反応を検知》

《接続先:未確定》

《現在の接続:不可能》


「接続候補……?」


恒一は眉をひそめた。

石橋の地下施設で見た装置と関係があるのだろうか。それとも、固有異空間そのものが持つ別の性質なのか。

今は、何も断定できない。

恒一は魔石を布で包み、他の採取品と分けて保管した。

一歩ずつ、確実に調べていくしかない。

そして、いつか仲間たちと安心して過ごせる場所を作るためにも、まずは自分自身の能力を理解し、制御できるようになる必要がある。

窓の外では、月明かりが静かに街を照らしていた。

遠く北東の方角には、まだ調査されていない遺跡や迷宮が眠っている。

その奥に何があるのか。そして、固有異空間の変化とどんな関係があるのか。

答えは、まだ見つかっていなかった。

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