第25話 初めての異空間、そして第二接続点への招集
翌朝、俺たちは朝食を終えると、冒険者ギルドへ向かった。
昨夜、俺の中に生まれた固有異空間。あの小さな部屋が何なのか、どんなことができるのか、確かめなければならない。
ただし、いきなり無茶をするつもりはなかった。
「恒一、顔が真剣すぎるわよ」
隣を歩くリゼリアが、俺の顔を覗き込んだ。
「新しい能力なんだから、気になるだろ」
「気持ちはわかるけど、朝からずっと考え込んでいるじゃない。せっかく昨日、私と素敵な時間を過ごしたのに」
「それは忘れてないよ」
「本当に?」
リゼリアは俺の腕に自分の腕を絡め、耳元に顔を寄せた。
「昨日のことを思い出して、今も少しドキドキしている?」
「……朝から何を言ってるんだ」
「ふふっ。顔が赤いわよ、恒一」
そのとき、背後から明るい声が飛んできた。
「おーい! 二人とも、朝からくっつきすぎ!」
振り返ると、コハクが尻尾を揺らしながら駆け寄ってきた。その隣には、弓を背負ったエレナがいる。
「おはようございます、恒一さん。リゼリアさんも」
「おはよう、二人とも」
「おはよう。コハク、そんなに走ると転ぶわよ」
「転ばないって!」
言い終わる前に、コハクの足が石畳のわずかな段差に引っかかった。
「わっ!」
俺が慌てて腕を伸ばすと、コハクは胸元に飛び込むような格好で止まった。
「……あ、ありがと、恒一」
「大丈夫か?」
「う、うん!」
コハクの耳がぴんと立ち、尻尾が忙しなく揺れた。
リゼリアがにっこりと微笑む。
「コハク。走ると転ぶって、言ったばかりでしょう?」
「うぅ……今のは道が悪かったの!」
「はいはい」
エレナは口元を押さえ、静かに笑っていた。
いつもの騒がしさに、俺の肩から少し力が抜ける。
この仲間たちとなら、新しい能力の検証も何とかなるだろう。
◇
ギルドに到着すると、受付で待っていたガルドに奥の会議室へ案内された。
「ちょうどよかった。お前たちに伝えたいことがある」
ガルドは机の上に古い記録書と、西の丘の地下施設から回収した金属片を並べた。
「西の丘の地下施設について、古い資料が見つかった。あの施設は単独の遺跡ではないらしい」
「複数の施設がつながっている、ということですか?」
エレナが尋ねる。
「その可能性が高い。資料には『接続点』という言葉が繰り返し出てくる。さらに、第一接続点が停止した場合、第二接続点が再起動する可能性があると記されていた」
コハクの耳がぴくりと動いた。
「ってことは、昨日の遺跡を止めたせいで、別の場所が動き出すかもしれないってこと?」
「そういうことだ」
ガルドは地図を広げた。
第二接続点の候補として印がつけられていたのは、エルセリアから北東へ半日ほど進んだ、古い街道沿いの石橋だった。
「今朝、街道を通った商人から妙な報告があった。橋の下で青白い光が見え、荷馬車の馬が急に怯えて動かなくなったらしい」
「魔物が出た可能性は?」
「否定できない。だが、今回は通常の討伐依頼として扱えない。お前たちが調べた施設と関連している可能性があるからな」
ガルドは俺を見た。
「黒瀬。お前の空間操作が、あの施設の反応に関係しているのは間違いないだろう。だからこそ、無理はさせられん」
「俺たちが調査に向かうのは構いません。ただ、準備と撤退の条件は決めておきたいです」
「いい判断だ。まずは現地確認。接続点らしき装置を見つけても、勝手に起動させるな。危険を感じたら信号筒を使って撤退しろ」
ガルドは地図を指で叩いた。
「出発は明朝だ。今日は装備を整え、黒瀬の新しい能力も安全な場所で確認しておけ」
俺は頷いた。
固有異空間を使いこなせれば、探索や物資管理に役立つかもしれない。
だが、まだ生まれたばかりの能力だ。何ができて、何ができないのかを知らずに頼るのは危険だった。
◇
ギルドの訓練場を借り、俺たちは固有異空間の検証を始めた。
「それで、どんな部屋だったの?」
コハクが興味津々で尋ねる。
「小さな部屋だ。ベッドと明かりがあるくらいで、ほかには何もない」
「ベッドがあるの!?」
なぜか、コハクが一番驚いた。
「いや、休むための部屋なのかどうかも、まだわからないぞ」
「でも、ベッドがあるなら休めるんじゃない?」
「それを今から確かめるんだよ」
俺は意識を集中し、昨夜と同じ感覚を探った。
胸の奥に意識を向けると、空間の輪郭がかすかに浮かび上がる。
次の瞬間、視界が揺れた。
気づくと、俺は灰色の小部屋に立っていた。
簡素なベッド。淡い光。窓のない壁。
昨夜と同じだ。
ただ、今回は意識を保ったまま、周囲を観察できている。
「……入れた」
独り言を呟き、壁に手を触れた。
冷たい感触がある。床も硬い。夢ではないらしい。
試しにベッドの端へ腰を下ろすと、普通の寝台と変わらない感触が返ってきた。
少なくとも、部屋そのものは実体を持っているようだ。
だが、ここで問題が起きた。
外へ戻ろうと意識した瞬間、頭の奥がずきりと痛んだ。
「っ……!」
視界が揺れ、思考が一瞬途切れる。
俺は慌てて帰還を意識した。
次の瞬間、訓練場へ戻っていた。
「恒一さん!」
エレナが駆け寄り、俺の肩を支えた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……少し集中しすぎたみたいだ」
リゼリアの表情は険しかった。
「やっぱり、出入りするだけでも負担があるのね」
「入るときより、戻るときのほうが難しかった気がする」
俺はこめかみを押さえ、ゆっくり呼吸を整えた。
固有異空間を使うには、普段の空間操作とは違う集中が必要らしい。特に帰還する際には、元の場所とのつながりを正確に捉えなければならないのかもしれない。
俺たちはすぐに検証を中断し、休憩を取った。
「現時点では、長時間の使用は危険ですね」
エレナが記録をまとめる。
「出入りするだけでも精神的な負担があるなら、戦闘中の緊急避難には向かないかもしれない」
「うーん。でも、荷物を置いたり、ゆっくり休んだりできるなら便利そう!」
コハクはベッドの話が気になるらしい。
「ただし、誰かを連れて入れるかは不明だ。俺以外は入れない可能性もある」
俺がそう言うと、リゼリアが腕を組んだ。
「なら、無理に試さないこと。誰かを入れようとして、恒一が倒れたら本末転倒よ」
「わかってる」
それでも、一つだけ確かめておきたいことがあった。
俺は手元にあった小さな木片を手に取った。
「物を持ち込めるか、試してみる」
今度は無理をせず、意識を少しずつ集中させる。
空間の輪郭が現れた瞬間、木片を握ったまま、その部屋を思い描いた。
――成功。
俺は小部屋の中に立っていた。
手には、さっきの木片がある。
「持ち込みはできるみたいだな」
木片を床に置き、すぐに帰還する。
今度は頭痛も軽かった。
ただし、使用に伴う精神的な負担は無視できない。大きな荷物や大量の物資を運べるかどうかも、まだわからない。
それでも、収納とは違う新しい可能性が見えてきた。
収納は物を保管するための能力。
固有異空間は、条件を満たせば自分自身が入れる場所。
将来、領域を拡張できれば、探索の拠点にもなるかもしれない。
そのとき、俺の視界に短い表示が浮かんだ。
《固有異空間:初期領域》
《入退室:確認》
《小型物品の持ち込み:確認》
《領域維持:集中力を要する》
《次段階への条件:領域の安定化》
これ以上の説明はなかった。
だが、十分だ。
まずは、この小さな部屋を安定して使えるようにする。それが次の目標になる。
◇
検証を終えた俺たちは、明日の調査に向けて装備を確認した。
エレナは矢の本数と弓の状態を点検し、コハクは罠解除用の道具と短剣を並べている。
リゼリアは装備を確かめながら、俺の様子を気にしていた。
「恒一、明日は私の力を頼ってもいいのよ」
「どういう意味だ?」
「あなたの能力を無理に使う必要はないってこと。私たちができることは、私たちで引き受けるわ」
リゼリアは俺の目を見た。
「私も、あなたに頼るだけじゃなくて、支えになりたいの」
その言葉が胸に響いた。
「ありがとう。必要なときは相談するよ」
「よろしい」
彼女は満足そうに笑い、俺の手を軽く握った。
その様子を見ていたコハクが、すかさず反対側から俺の腕を抱えた。
「じゃあ、あたしも! 明日は先頭の安全確認を任せてよ。匂いも足跡も、あたしが一番早く見つけるから!」
「頼りにしてるぞ、コハク」
「へへっ、任せて!」
尻尾が大きく揺れる。
「私も、遠距離からの警戒を担当します。橋の周囲に異常があれば、早めにお伝えしますね」
エレナも静かに微笑んだ。
三人それぞれが、自分の役割を考えてくれている。
俺一人の能力で、すべてを解決する必要はない。
むしろ、みんなの力を組み合わせてこそ、俺たちの強みが生まれるのだ。
◇
その日の夕方。
宿へ戻る前に、俺は一人でギルドの掲示板を確認していた。
すると、受付の職員が慌ただしく走ってきた。
「黒瀬さん! ガルド様がお呼びです!」
会議室へ戻ると、ガルドが険しい顔で地図を広げていた。
「状況が変わった。さきほど、北東の石橋を通っていた調査員から連絡が入った」
「何があったんです?」
「橋の下に、地下施設へ続く入口が見つかった。さらに、石橋の周辺で小型魔物が数体、突然姿を消したそうだ」
エレナが眉をひそめた。
「姿を消した……転移でしょうか?」
「わからん。だが、報告の直前、調査員は橋の下から人の声のようなものを聞いたと言っている」
コハクの耳が立った。
「人がいるの?」
「それも不明だ。だからこそ、明朝の予定を変更する」
ガルドは地図の石橋を指さした。
「夜明けと同時に出発し、まず周辺の安全を確保する。入口を発見しても、内部へ踏み込むかどうかは現地で判断する。危険が大きければ、位置を記録して撤退しろ」
俺は地図を見つめた。
第一接続点が停止した直後に見つかった、第二の入口。
偶然とは思えない。
だが、今は何も決めつけるべきではない。
「わかりました。明朝、出発します」
ガルドは頷き、声を落とした。
「黒瀬。もう一つ伝えておく。古い記録によれば、接続点は単に場所をつなぐ装置ではない可能性がある」
「どういう意味ですか?」
「記録には、こうあった。『接続先が不安定な場合、境界に触れたものは、元の場所へ戻れないことがある』と」
背筋に冷たいものが走った。
転移するだけではない。
もし、帰還できなくなる危険があるのなら――。
俺は胸元の魔石を握りしめた。
明日は、固有異空間に頼ることもできないかもしれない。
だからこそ、仲間と連携し、確実に帰る方法を考えておく必要がある。
会議室を出ると、三人が待っていた。
「話は終わった?」
リゼリアが尋ねる。
「ああ。明日は予定より早く出発することになった」
「危険が増えたのね」
「そうだな。でも、無理に奥へ進むつもりはない」
リゼリアは俺の顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「なら、私たちも一緒に帰ってくる。それが明日の約束よ」
「……ああ。全員で帰ろう」
エレナが弓を背負い直し、コハクが短剣の鞘を確かめる。
明日の目的は、第二接続点の確認。
だが、俺たちが本当に確かめるべきなのは、その先に何が待っているのかだけではない。
どんな異常が起きても、仲間と共に帰還できるかどうかだ。
北東の石橋の下で、何かが動き始めている。
そして俺の固有異空間もまた、まだ見ぬ可能性を秘めていた。
夜明けは、もうすぐだった。




