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妖刀の行方

「神社に保管されてた刀が盗まれたぁ?」

 綾羽市警本部で俺は黒田からそう聞かされた。

「はい……なんでも、『妖刀』と言われている代物らしくて……神主が被害届を警察に提出してきたんです」

「妖刀ねえ……」

 どうやら、今回の事件も彼らの手を借りなければいけないようだ。

「黒田、悠斗に連絡だ。あいつにはその神社に直接向かうように伝えてくれ。まずは現場検証だ」

「わかりました」

 黒田はすぐに白髪の霊能者に連絡を取った。

 


 綾羽市の山奥にある古びた神社。

 時刻は深夜二時を回っていたが、パトカーで俺が件の神社に現着した時には、既に悠斗とサユキが神主に話を聞いているところだった。

 規制線が張られ、ブルーシートで覆われた現場の中に俺は遅れてやって来ることになった。

「悪りぃ。ちと遅れた」

「赤城刑事、こんばんは」

 サユキは俺を見るや否やそう挨拶をしてきた。

「おう」

「あ、赤城刑事、こんばんは。お疲れ様です」

 悠斗も俺の存在に気づき、続けて挨拶した。

「こんな時間に呼んじまって悪いな。今回もお前達の力を貸してくれ」

 白髪の霊能者は笑って答えた。

「全然大丈夫ですよ。今、神主の斎藤さんに被害の状況を訊いていたところです」

 白い和服に身を包んだ白髪混じりの神主は「こんばんは。わざわざご足労ありがとうございます」と言ってきた。

「いえいえ、とんでもない。仕事ですから」

 俺はそう返した。

「それで、盗まれた刀は?」

「こちらです」

 斎藤さんは俺達を神社の奥の居間に通した。そこにはいくつかのガラスケースが陳列しており、数々の貴重品が収納されていた。古く錆び付いている物ばかりで希少価値がよく分からなかったが、ガラスケースの壁に貼られている武者絵などから、それらの使い道を推測できた。戦国時代に使用された刀の刀身や手鏡、槍などが並んでいた。そしてガラスケースのうちの一つには大きく亀裂が走っており、巨大な空洞が空いていた。俺はすぐにバールなどの硬い鈍器でケースを割られた結果なのだと悟った。

「これは酷いな……」

「つい三時間ほど前にガラスが割れる音がして、私がこの居間に向かった時には既にこの状態で……村正むらまさは盗まれていました」

 斎藤さんはそう説明してくれた。

「村正というのは?」

 俺はそう尋ねた。

「このガラスケースに保管されていた妖刀の名前です」

「妖刀……」

 俺は悠斗に「なぁ、妖刀なんて本当に存在するのか?」と訊いてみた。

「はい。存在します。特に血を吸い過ぎた刀は自我を持ち始めます。そして持ち主を探しては彷徨うんです。今回は盗まれたという異例のケースですが、本来であれば『妖刀の方から勝手に飛び出して持ち主を探す』というケースの方が多いんです」

「そうなのか……」

「村正は大変危険な妖刀です。持ち主に殺戮衝動を芽生えさせます。なのでこのガラスケースで厳重に保管していました。まさか盗まれるなんて……」

 斎藤さんはそう肩を落とした。

「大丈夫です。妖刀は私達が必ず見つけ出します」

 サユキが笑って斎藤さんにそう言い切った。

「ありがたい……何卒よろしくお願いします」

 斎藤さんは頭を下げて俺達に妖刀の捜索を託した。

 


 神社を後にした俺達は外で妖刀を取り戻す手筈を話し合っていた。

「それで、どうやって妖刀を探し出すよ?」

「ガラスケースに微かに妖気が残っていました。おそらく妖刀のものでしょう。その妖気を追います」

「追うたって方法がないだろうよ」

「警察のパトカーを使用しても良いですか?」

「まあ、別に構わねえけど」

「あ、運転は赤城刑事がお願いします」

「は? 俺が運転すんの?」

「はい。お願いします」

「いやいや、お前らが運転しないと妖刀見つけられねえだろうがよ」

「僕達、車の免許持ってないので……」

 悠斗は申し訳なさそうに頭をポリポリと掻いてそう告げる。

「え、じゃあお前どうやってここまで来たんだ?」

「バスを乗り繋いで来ました。転移霊陣もありますが、転移できる場所は僕が一度行った場所じゃないと使用できないので……」

「あ、そうなんすか」

「僕がナビになるので、赤城刑事、運転お願いします。あ、黒田さんでも良いですよ?」

「お願いします!」

 サユキにまで頭を下げられてしまった。

 これはもう断ることができない……。

「だぁーっ、もうわっーたよ。運転すりゃあ良いんだろ? 運転すれば!」

「はい、お願いします」

「たく……っ、まぁお前らにはいつも世話になってるからな、それぐらいしないと割に合わねえか……」

「交渉成立ですね」

「うっせ。それじゃあパトカーの後部座席に乗れ。あ、悠斗は助手席な。ナビを頼む」

「わかりました」

 こうして俺達は悠斗のナビを頼りに妖刀を探すことになったのだった。

 悠斗のナビを頼りに、俺はパトカーを走らせる。

「赤城刑事、ここで降ろしてくだい。神社の居間に残っていた妖気と同じものを強く感じます」

 突然、悠斗がそう言ってきた。

 ここは住宅街だ。このような場所に妖刀を盗んだ犯人が潜伏しているのか甚だ疑問だ。いや、神主の斎藤さんも言っていたが、妖刀・村正は持ち主に殺戮衝動を植え付ける。もしかすれば、通り魔事件が発生している可能性も考えられる。

「わかった」

 俺達はパトカーを降りた。

 そして辺りを散策する。

「悠斗、どうだ?」

 彼は刀袋を背負いながら目を閉じ、何かを必死に感じ取ろうと努めていた。

 サファイアのような青い瞳が開眼し、遠くに視線を送る。

「近いな……」

 悠斗はそう呟く。

「そうですね……」

 サユキは悠斗にそう返した。

 どうやらサユキも妖気の出所を感知したようだ。

「行こう」

「はい!」

 二人は俺を置いて駆け出した。

「ちょっ……待てっ、お前ら!」

 俺は二人の後を追った。

 眼前の二人は既に豆粒ほどのサイズになっていた。

「あいつら、早過ぎんだろ……!」

 流石は霊能者と怪異だ。身体能力も並大抵のものじゃない。ついていくので一苦労だ。

 しばらく二人を追いかけていると、彼らはピタリと足を止めた。

「なんだ……どうした?」

 俺は膝に手をついてはぁはぁと荒くなった息を整えつつ、そう訊いた。

「これを見てください」

 悠斗はそう言って、その場にしゃがみ込んだ。

「なんだ?」 

 俺が近づくと、そこには人が倒れていた。

 中年男性だった。

 背中には大きな切り傷が見受けられた。血液が絶えず傷口から流れ出ている。まだ死亡してから時間が経過していない証拠だ。

「こいつは……」

「脈は確認しました。既に亡くなっています……一つ気になるのは、この遺体にも妖気が感じられる点です。おそらく、妖刀で斬られたのでしょう」

 悠斗は淡々と説明した。

「そうか……無念だったろうに……」

 俺はその場にしゃがみ込み、手を合わせて黙とうした。

「悠斗、犯人はまだ近くにいるか? これ以上犠牲を出したくない」

 悠斗は遠くを睨みつけていた。

「ええ。近くにいます。僕達が追いかけるので、赤城刑事はこの遺体の対応をお願いします」

「わかった。無理はするなよ。相手は殺人鬼だ。しかも妖刀持ちのな。生半可な覚悟で対峙すれば確実にやられる。一般人だからって変な情は持つなよ」

 俺は念の為に彼にそう忠告した。

「殺人鬼に情なんて持ちませんよ。それにおそらく、犯人は妖刀の妖力に当てられて一時的に妖気を帯びている状態でしょう。妖気を帯びているなら、霊刀でも対処できます。人を殺したんだ。それなりの罰は受けてもらいます」

 悠斗はそう言って、立ち上がった。

「サユキ、行こう」

「はい」 

 雪女の助手に悠斗はそう言った。

「それじゃあ赤城刑事、あとは頼みます」

 白髪の霊能者は俺にそう告げた。

「おう」

 俺は短く返した。

 次の刹那、二人は同時に駆け出して殺人鬼を追った。

 俺は綾羽市警本部に連絡し、応援を呼んだ。



 僕とサユキは深夜の住宅街を走り抜けていた。

 近くに妖刀を盗んだ犯人がいる。

 徐々に妖気が強くなってきた。

「サユキ、近くにいる」

「はい。私も感じました」

 眼前を見やると、そこには一人の人影があった。

 黒いフードを被っていて背を向けているため顔を確認することはできないが、その手に握られている血液の付着した刀が全てを物語っていた。

 間違いない。妖刀を盗み、殺人を犯した犯人だ。

「おい」

 僕は奴に声をかけた。

「あ?」

 男はこちらに振り向いた。

「なんだ、お前ら」

 その黒い瞳の奥には底なしの闇が渦巻いていた。感情が読めない。抑揚のない声が住宅街にこだまする。妖刀に当てられている結果なのか、はたまた人を殺して見境がなくなったのか。どちらにせよ、これ以上この男を野放しにしておくわけにはいかない。

「あんた、その手の刀は妖刀・村正だな?」

「こいつを知ってるのか? お前、何者だ?」

「霊能探偵、白神悠斗だ」

「霊能探偵……へえ、初めて見たよ。まさかお目にかかれるなんてね」

 男はそう言ってニヤリと笑った。

 その笑顔はとても不気味なものだった。

「お隣の別嬪べっぴんさんは?」

「霊能探偵の助手、雪女のサユキです」

「雪女かぁ……面白え」

 男は妖刀を僕達に向けた。

「次の獲物はお前らだ」

 男はそう言い放った。

「ふざけるな。これ以上あんたの好きにさせてたまるか。妖刀は返してもらう」

 僕は霊刀を抜刀して構えた。

 住宅街で僕達は硬直状態に陥った。

「創成・氷刀」

 サユキは氷の刀を二本作り出して構えた。

 互いに武器を持ち、間合いを確保する。

 深夜の冷たい風が止み、静寂が場を支配した次の刹那、僕と奴は同時に駆け出した。

 霊刀と妖刀が激しくぶつかり合い、火花が散り、大気が揺れる。

 鍔迫り合いの状態になった僕と殺人鬼の間をサユキが掻い潜り、氷の太刀を振るった。

 男は後方に飛び跳ねることでサユキの斬撃を回避する。

「くっ……!」 

 サユキは奥歯を食いしばる。

「良いねえ」

 男はニヤリと笑った。

「さっきのでジジイは死んだのになあ……流石は霊能探偵と雪女。やるじゃねえか」

 やはり先ほどの遺体はこの男の仕業か。

「何故、妖刀を盗んだ?」

 僕は奴にそう尋ねた。

「何故? お前は人を殺すのに理由がいるのか?」

 男はそう言い放った。

「は?」

 僕は思わず声を漏らした。

「何を言っているのかわからない……」

 サユキも怒り心頭の様子だった。

 この男は妖刀の殺戮衝動に当てられて殺人を犯したのではない。根っからの殺人鬼なのだ。これまで邪悪な霊や怪異と対峙することはあったが、ここまで純粋悪な人間を僕は見たことがない。

「俺はただ“こいつ”が人を殺すのに一番向いてると思ったから盗んだだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。単純な理由だろ?」

 男は村正の刀身を眺めながらそう言った。

「──ふざけるなよ……」

「なんだ? お怒りモードですかい? だったら俺を殺してみろよ。その刀でよぉ」

「殺しはしないさ。あんたは霊や怪異じゃないからな。祓うことはできない。殺人なんてもってのほかだ。だが、それなりの罰は与える。覚悟しろ」

「ちっ、つまらねぇな。もう良い。お前達はさっさと殺して次だ。次」

「させないって言ってるんだ!」

 次の刹那、僕は一瞬で奴との間合いを詰めた。

 初めて人間に霊法を振りかざす。

 だが、奴は殺人鬼だ。

 罪には罰を与える。

 執行する。

「零明流剣術・──っ」

 僕は霊刀を閃光の如き速さで振り切った。

蒼黒そうこく

 零明流の剣技の中でも最速の剣技だ。

 しかし僕の放った斬撃は最も簡単に受け止められた。

「おいおい、こんなものかよ」

「零明流剣術・朧桜・灯篭」

 僕はすぐに刃を返して斬撃を放った。

 上段から斬撃を繰り出す朧桜。

 その応用技である朧桜・横凪。

 そして二種類目の応用技である朧桜・灯篭は太刀を下から上に振るう剣技だ。

「うおっ」

 妖刀を弾き、奴の体躯に隙を生じさせる。

「零明流剣術・爆炎刃」

 僕は立て続けに太刀を振るった。

 霊刀に込められた霊力が爆散し、奴の体躯を焼き焦がす。

「ぐあっ……」

 男はゆらゆらと体勢を崩すが、村正を地面に突き刺して耐え忍んだ。

「てんめぇ……!」

 男は僕を睨みつける。

「やってくれるじゃねえか」

「言っただろ。罰は与える」

「へ、これで俺が死んだら、お前も人殺しの仲間だな」

 男はニヤリと笑みを浮かべた。

「そんなヘマはしないさ。絶対にな」

「あっそ!」

 男はすぐに回復し、太刀を振るってきた。

 どうやら、体内に刀の妖力が流入したことで一時的に回復能力を会得したようだ。

 これは厄介だ。

 僕に向かって太刀が振るわれる。

 しかし咄嗟にサユキが二刀の氷の刀で猛攻を防ぎ切る。

「このクソアマ……っ」

 男は奥歯を食いしばる。

「創成・氷針」

 サユキは妖術で氷の針を生み出し、男に向けて投てきした。

 男は咄嗟にバク転をして氷の針を全て回避する。無数の氷の針はコンクリートの地面に突き刺さる。

「ざまあ」

 男は被っていたフードを脱ぎ捨て、サユキの視界を覆った。

 そしてそのまま奴は刺突を繰り出した。

 サユキはフードによって視界を遮られていた為、男の攻撃を回避することができず、右肩を刺されてしまう。

「ッ!」

 男はその状態で蹴りを放ち、サユキを後方に吹き飛ばした。

「ぐあっ……!」

 サユキは腹に蹴りを受けたらしく、ゲホゲホと咳き込んで倒れた。

「死ねぇ! クソ女!」

 倒れ込んだサユキに向けて奴の凶刃が迫る。

 僕は咄嗟に奴の間合いに入り、霊刀で妖刀をスライドさせて剣筋の軌道を逸らす。

「なっ……!」

「サユキに触れるな。クソ野郎」

 僕は片足に霊力を込め、奴の脇腹を蹴り上げた。

「零明流体術・乱界らんかい

「ぐはっ」

 男は血を吐いて後方に吹き飛ぶ。

「こんの野郎っ……!」

「零明流剣術・居合・──」

 僕は刀を納刀し、居合斬りの構えをとった。

「宵影」

 次の刹那、奴の体躯に強力な一太刀を浴びせた。

「がはっ……!」

 霊刀を納刀する。

 男は血を吹き出して倒れ込んだ。

 死なない程度に加減して斬った。

 しばし生き地獄を味わうことだろう。

 僕は奴が落とした妖刀を拾い上げた。

 あとは警察が来るのを待つだけだ。

 僕はサユキに駆け寄り、彼女の頭を膝に乗せた。

「サユキ、終わったよ。大丈夫?」

「はい……大丈夫です。ありがとうございます」

 サユキは少し曇った表情で笑って答えた。


 

 

 


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