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第一章Ⅸ(見えはじめた綻び)⑥

リリアンヌ視点



「…リリィ。責めるような真似をして、悪かった」

ロデオはリリアンヌの隣へ移ると、娘を抱き上げて膝の上に乗せた。



「頼むから、そんな顔をしないでくれ」



「お父様…私が怪我をしたことは、本当に、誰も何も知りません」

リリアンヌは、目に涙を浮かべながら口を開いた。



「だから、お願いします…誰も、罰さないで」


もし、自分が怪我をしたら――



ステファンは、父はここで働く者の大半を解雇するだろうと言っていた。


そう言われていたのに、その後すぐ、自ら怪我を負った。



たかがあんなことのために、


何も知らない使用人たちを、絶対に巻き込みたくない。



「…お前は、優しすぎるんだ」

ロデオは、悲しそうに眉を寄せた。



「先に他人のことを考えるから、こんなことが起こる」



「……」


それは…違う。


先に他人のことを考えられるなら、自傷なんてしなかった。




「鼻は大丈夫か?念のため、ノエルを呼ぶか」



「…ノエル?どなたですか?」



療師(メディクス)…と言っても、分からないか」



「いいえ。療師のことは、知っています」



「そうか。ノエルは、うちの専属療師だ。この後呼んでおくから、診てもらえ」



「!?いっ、いいえ、もう大丈夫です…!」

リリアンヌは、思いきり首を振った。



「女性の療師だ。安心しろ」



「そ、そうではなくっ…」



「ついでに、すべて診てもらうか。アヴェリーンには、定期の診察だと説明しておく」



「鼻の怪我は、半年も前のことです…!」



「気になるところがあったら、霊拝師(オランス)に薬を作らせよう。そうしたら完璧だ」



「お父様っ…!私は、平気です…!」


思わず、悲鳴のような声を上げた。


霊拝師の薬がどれほど高いかは、もう分かっている。




「リリィ。お前は、王族の娘だ」

ロデオは、そっとリリアンヌの肩を掴んだ。



「傷跡ひとつ、許されない」


その言葉が、ずしりと胸に落ちた。




「…で、でも、お父様やお兄様は」



「王族の男の役目は、国の安寧のために戦うことだ。そのためにサイラスも今、騎士を目指している」



「では…王族の娘の役目は…?」

リリアンヌは、戸惑うように尋ねた。



王族は、民の象徴――


そう習ったけれど。



まだ私は、表舞台へ立ったことはない。


まだ、何の役目も果たしていない。



「私の役目は、何なのですか…?」


それなら一体――


何のために、大切に育てられているというのか。




「…今はただ、私のために元気でいてくれないか」



「…!」



「お前に何かあったらと思うと…私は、耐えられそうもない」

ロデオは顔を寄せ、こつりと額同士を当てた。



「でも…私は、元気です」



「分かっている。分かっているが…お前が、心配で堪らないんだ」



「…ここにいても、心配なのですか?」



「当然だ。お前は、屋敷にいても今回のように怪我をした」

ロデオは額を離すと、じとりと娘を見やった。



「……」


墓穴を掘ってしまった。



「明日から二週間、屋敷を空けるが…その間、無茶だけはしてくれるなよ」



「…はい」



「戻ってきたら、アヴェリーンと、お前の今後について話し合うか」



「私の今後について…ですか?」



「そうだ。部屋に護衛をつけるか、相談してみよう」



「…っ」



「だが、お前の私生活を衛兵に覗かせるのも考えものだな…」

ロデオは、ひとりでぶつぶつと呟いた。



「それなら、侍女を増やすか…」



「お、お父様…今回の件は、本当にごめんなさい。今後は何かあったら、必ず報告します」

リリアンヌは青くなりながら、必死で訴えた。



「ですから、今まで通りでお願いできませんか…?」



「リリィ…お前はな、良い子すぎるんだ」

ロデオは溜息をつきながら、優しくリリアンヌの肩を撫でた。



「賢くて、優しくて、一切我儘も言わない」



「…町に行きたいと、我儘を言いました」



「あんなもの、勘定にも入らない。それに、駄目だと言えばお前は飲み込んだ」



「……」



「納得していないのは、分かっている。お前が、想像以上にお転婆なことも分かっている」



「……」



「お前は聞き分けがよすぎるから、余計不安になるんだ」

ロデオは、俯いたリリアンヌをそっと覗き込んだ。



「誰もいないところでどんな危険なことをしているか、想像もできない」



「…私が我儘を言えば、お父様は不安にならないのですか?」

リリアンヌは、伏せた目をゆっくりと上げた。



「お前が毎日何をしているか知れば、不安にならない」


父の顔は、懇願しているようだった。



「頼むから…二度と、こんな身の縮むような思いをさせないでくれ」




「申し訳…ありませんでした」



何もかも――自分のせいだ。


ここまで父を不安にさせてしまったのは、自分のせいだ。



『御父上にとって、何よりもお嬢様が大切だからです』


『御父上や御母上、我々使用人のためにも、どうか無茶はお控えくださいませ』



ステファンの言葉の意味を、ちゃんと理解していなかった。



もしも…


私が貧民区へ行っていることを知ったら、どうなるのだろう。


薬療院に通って、孤児院の子供たちと仲良くしていることを知ったら、どうなるのだろう。



シルヴィアやギタンを罰するなんてこと、あるのだろうか。


ある…のかもしれない。



それだけじゃない。


目を離したといって、ニアにも罰があるかもしれない。



父の顔は、屋敷にいる時のものしか知らない。


使用人に横柄な態度は取らないけれど、決して笑いかけはしない。



仕事中は、ずっと厳しいのだろう。


軍を率いる人なのだから。




抜け道を使うのを、やめた方がいいかもしれない。


父は、自分が屋敷を抜け出している可能性も追っている。



ニアは何も言わないけれど、もしかしたらステファンにいろいろと報告しているのかもしれない。


それか、ステファンはとっくに気付いていて、父に黙ってくれているのかもしれない。



それは…きっと、ない。


今回の件だって、報告した使用人もステファンも、何も間違っていない。



主は自分ではなく、父なのだから。




二週間後からは、護衛がつくかもしれないのなら。


そうしたらもう、薬療院には行けなくなる。



それなら、今のうちに…


父が留守にしている、今のうちだけ――



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