第25回 伊弦さん、文化祭の準備中で
中間テストを終えて一息つく間も無く、文化祭の準備に追われる。
1年4組では、アミューズメントコーナーと銘打って、大変ではなさそうなモノを選んだ為、他クラスよりも余裕があった。
放課後は、他クラスの準備もあり、廊下まで割と賑やかで雑然としている。
伊弦の友人である御園麻里のクラスを覗きに行く途中、人とぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
伊弦は避けたつもりだったが、荷物で前が塞がった状態の男子からは見えなかったらしく、男子の方も謝ってきた。
「悪い。もしかして絵の具付いてない?」
男子生徒は、荷物の立て看板を、一旦傍に置いて、こちらを見た。
絵の具と聞いて、伊弦は制服を見るが、特に付いてるようには見えなかった。
「あー、多分大丈夫です」
「一応乾かしたんだが、さっき修整もちょっとしたから、ぶつかった場所次第で付いてるかもしれない」
そう言って、男子生徒は目を細めて伊弦を見て肩先に触れる。
「済まん、やっぱり、付いてたわ」
伊弦もそちらを見ると、確かに微かに黒く付いてるが、気にする程でもない。
「これくらいなら直ぐ落ちそうだよ。気にしないでいいよ」
「これ置いたら直ぐ戻るから、ちょっと待ってて」
そう言ってその男子生徒は足早に去って行った。
伊弦は、待つつもりはなく、軽く溜息をついて、上着を脱ぐと水道へ向かった。
絵の具は直ぐに落ちた。
男子生徒が走って戻って来て、隣に立つ。
「落ちた?」
「ん。大丈夫」
「悪い。肩先びしょびしょだよな。ブレザー無いと帰りに冷えるだろ。俺のコート使ってくれ。あと、クリーニングに出すけど、気に入らないなら、制服代請求してくれて大丈夫だよ」
「あー、クリーニングまで出さなくても、更衣室にあるドライヤーで乾かせば着れるよ」
コートを着るか着ないかの微妙な十月の終わり、ブラウスとベストだけでは、流石に肌寒かったので、とりあえず、今打てる手段を出した。
人からコートを借りるのは、汚す可能性を考えると、借り難い。
「兵衛」
他の男子生徒が、隣に立つ男子、兵衛に何か大きな物体を投げた。
「悪い。サンキュー」
「じゃあな」
「またな」
投げた男子に手を振って、受け取った物体を、兵衛は広げる。
コートだ。
「さっき、ダチに俺のコート取って来て貰った」
段取りが早い。
有無を言わさず、サッと伊弦の肩に掛けると、伊弦が持っていた肩先が濡れた上着を持った。
「明日の朝には上着を返すよ。代わりにこのコート着てて。ホントごめん」
兵衛は、顔の正面に手を立て拝み、伊弦にふわりとコートを羽織らせる。
コートからは、何のフレグランスなのか不明だが、いい香りがした。
「本当に良いのに」
「あ、俺は2年3組の兵衛 皐月。君は?」
「1年4組の杠 伊弦です。先輩だったんですね」
「うん、あっ。上着預かるから、これ俺の連絡先」
そう言って、兵衛は自分の携帯を出した。
一応 “ トーク ” の連絡先の交換をして、別れる。
その夜の内に兵衛から謝罪のトークがあり、翌朝も、朝の挨拶と共に、上着を持って行く旨を認めた文章が入っていた。
翌朝の電車通学では、珍しくコートを着た伊弦が、見慣れない男物コートを持っているのに、気が付き、御園麻里が眉間に微かに皺を作った。
「伊弦ちゃん、その男物コートは、どうして持っているんでしょう?余計な荷物でしょう」
「あ、昨日、人とぶつかって、ちょっと汚れた程度だったんだけど、かなり気にしてね。汚れは、水道ですぐに落ちたんだけど、私の上着をクリーニングに出すから、代わりに着てと渡されたんだよね」
掻い摘んで説明する。
サイズを考えると1センチ四方だろうか。
指先程度の汚れなのだ。
指で大きさを説明する。
「……ちょっと強引ね。コートなら私が貸したのに。帰りの迎えの車で冷える事はないですし」
「ん〜、まぁ、それで相手の気が晴れるならね」
伊弦が苦笑する。
「それで、同じ学校なのに、連絡先交換したとか?」
「よく分かったね」
「で、何故か、トークで他愛もない挨拶のやり取りとかしたりして?」
「麻里ちゃん、エスパー?」
「伊弦ちゃん、それ、ワザとだとは思わないの?」
「何の為に?」
「さあ? 無難な考えですと、これをきっかけに、伊弦ちゃんに親しくなりたいとか? 一般的に言えばナンパ……」
これはまさかの初のモテ期到来?!
いや、一人に好きになって貰ったするだけでは、モテ期とは言えないだろう、というか好きで接近してきたと、確信は全くないし、と伊弦は自分で心の中でツッコミを入れる。
「ワザとの場合だと、私、好かれてたりする?」
「わかりませんけど、有り得なくはないでしょう?」
兵衛皐月を思い出す。
何を考えてるのか分からない柔和な顔に、嗅ぎ慣れない香料。彼もまた、女性受けするタイプだろう。
西条明治もフレグランスを漂わせていた時期があったが、彼の場合は、誰かの移香であり、好んで付けているのであろう兵衛とはまた違った。
「無いな。あの人が、私を好きだって、いう感じは無いね。普通に女慣れした感じがするし」
女性慣れしたモテてるような人が、わざわざ私のような恋愛初心者で面倒でワケありなのと付き合いたいと思うわけがない。それこそ思春期の自意識過剰だ。
伊弦の想像の限界である。
故に、伊弦は誰かに好かれてるとも思わず、付き合うイメージも持てない。
麻里は、特に伊弦の歪みを正すつもりはなく、あっさりと返した。
「そう。なら、そうなのかもね」
兵衛との朝のトークでのやり取りで、約束通りに、昇降口で落ち合うと、上着とコートで交換をした。
それで、兵衛との関わりは、そこで終わったと思っていた。
藤堂剣聖のような、一度の出会いでの繋がり方は、稀だろうと思っていたからだ。
が、同じ学園でいるからか、学年が違うというのに、文化祭のせいなのか、よく一年の廊下で会う事が多かった。
聞くと、文化祭の実行委員なのだとかで、携帯を持たない実行委員が1年3組に二人揃っていて、同じ1年の文化祭実行委員が伝令をすれば良かったのだが、兵衛の知り合いという事で、彼がその伝令役になってしまったらしい。
その為か、兵衛は伊弦と出会うと、気軽に笑いかけ話しかけてきた。
朝や晩にも、無意味な内容のトークをしたり、一人で食堂に行くと、隣に座ってきた。
「よぉ、今日は一人か。隣いいか?」
「あ、兵衛先輩。どうぞ」
何か妙だな、と伊弦は違和感を覚える。
好きな人はいるのかとか、異性のタイプなどを聞いてくるが、休みの日は何をしているのかとか、そんな事を聞く意味がわからない。
私が知る何かを探りたいのだろうか。
伊弦は、困惑した。
最近何故だか、その手の質問を他の人からもよく受けていたからだ。
それは大人しめの男子生徒達だけではなくて、教師の一人である体育担当の亀井からもだ。
最近の体育では、矢部 郁乃 や内藤沙織里の既にペアになっているところに、混ぜて貰い、三人で柔軟体操を組むことが増えてきて、先生と組む事が減ってきたが、なくなったわけではなく、先生に呼ばれて組むと、雑談で、そんな話が出てくるのだ。
特に、男女問わず、よく聞かれるのは、西条明治や北条泰時と付き合っているのか、どうかだ。
周りで違うと、噂でも根強く否定があっても、伊弦の口から直接聞きたいのだろう。
そんな気がしてならない。
「……ちゃん?」
「あ、兵衛先輩。ごめん、聞いてなかった」
「酷いなぁ。文化祭の時の自由時間に…」
そこへ泰時が友達を何人か引き連れて、伊弦の側にどかっと座る。
「昼だけ、何でお前はそう早く動く」
泰時がTPOも考えずに、不機嫌にそう言ってきた。
伊弦は一人で座っているわけではないので、目前の兵衛を気遣う様子を見せない泰時に、溜息が出た。
「あ、うん。友達も増えてきた事だし、気遣わなくても大丈夫だよ?というか、ひとりご飯、全然平気だしね」
以前泰時が、言ってた事を思い出す。
泰時は、友達らしい友達がいないから、俺たちが付き合うようにしてると、言っていたのだ。
「こんにちは。最近友達になった。兵衛です」
兵衛は、ふざけたような軽い口調で自己紹介をした。
「どうも。兵衛先輩。文化祭実行委員大変ですねー」
棒読みで呆れたような泰時の様子から、どうやら彼等は既に顔見知りであることが知れた。
そこにまた、南条清香と御園麻里が近付いてきた。
彼女達は、習い事のお茶の師匠が一緒だったようで、前からの知り合いだったらしい。
「あっ、伊弦ちゃん」
「珍しいね。麻里ちゃんの学食利用。清香先輩も」
「ふふふ、桂季さんのお勧めカレーを二人で頼んでみたのよ」
「昭和初期頃の家庭料理の定番でしたっけ?」
「平成も終わってるのに、昭和なんて言われてもピンと来ない。桂季先輩はよく知ってますよね」
「そうよね。じゃあ伊弦ちゃん、冷めちゃうから、もう行きますね」
「またね」
本当なら、近くに席を取って貰いたかったが、泰時の友達もいた為、伊弦が座った席のテーブルはいっぱいになっていた。
視線を戻すと兵衛皐月が目に入った。
彼はうっとりとした眼差しで二人の後ろ姿を見ていた。
泰時も見惚れているが、伊弦と目が合うと誤魔化すように咳をした。
好きだと前から公言しているのだし、今更誤魔化さなくても良いのだが。
友達の手前、カッコつけたかったのかもしれない。
普通の女子には慣れてるようだが、やはり規格外の美人には、見惚れるなという方がおかしいだろう。
「類は友を呼ぶって言うが…」
兵衛は言いかけてやめる。
もしや兵衛皐月は、人を恋愛成就の踏み台として、麻里や清香に接近すべく、私と親しくしようとしているのか。
伊弦はそう思ったのだが、文化祭を控えた前日、予想外のことが起きた。




