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第9回 伊弦さん、セールス初成功

 四時限目の体育の準備運動では、やはり、亀井先生と組む事になった。

 予想通りの展開である。

 救いと言えば、亀井先生は嫌な顔をせずにアドバイスも交えて、付き合ってくれている事だけだ。

 ただ……、気になるのは、自意識過剰かもしれないが、相手が先生とはいえ、密着度が高く、何かよく見られている気がした。

 これも遅れてきた思春期で、異性として、意識し過ぎなのかもしれないと思うと、自分で自分が恥ずかしかった。

 先生に申し訳ない。

 その後は、普通に1ヶ月後の運動会の練習を行った。

 教室に戻って制服を取ってから更衣室で着替え終えると、更衣室前で声を掛けられた。

 それは、体育前に探し物か何かをしていて、教室に居残っていた生徒だった。

 これからお昼だと言うのに、彼は少し切迫詰まった感じだった。

 名前は覚えてない。

 短めの髪に、真ん中分け、中肉中背、鼻の付近にいくつかニキビが出来ている。


「ねぇ、杠さん。何で今日の体育で教室で着替えたの?」

「中に体操服着て来たから、制服を脱いだだけだよ」

「何で更衣室利用しなかったの?」


 彼は何かを疑っていた。


「気が付いたら、体育直前で時間なくなっちゃっててさ。どうかした?」

「実は失くし物をしてしまって、杠さんなら、知ってるかなぁ、と思って」

「はぁ?まず、何をいつ失くしたの?」


 泥棒と思われているんだろうか。

 冤罪だ。

 彼は言い淀んだ。


「……薬だよ」

「薬?ゴミと間違えられたとか?ゴミ箱見てみた?」

「なかったよ。だから、杠さんに聞いているんだ」


 苛立ちを露わに、彼は伊弦に食って掛かる。


「市販なら、また買えばいいんじゃない?それか、また医師に紛失したと伝えて、再度貰うしかないね」

「それが出来ないから、聞いているんだ」

「それが出来ない?どんな薬なのさ。医師の処方でもなければ、市販薬でもない。まさか毒薬かMDMAの(たぐい)ではないんだろ?あのさあ、私はあなたの後から教室に来て脱いだだけだよ?何で私を疑うの?」


 彼の様子から、麻薬などの薬に違いないと見当をつけ始める。


「不審な行動をしてたからだ」


 変に苛立ち、勘ぐり、攻撃性が高まっている。

 これも薬物中毒の特徴である。

 そこへ、もう一人の男子生徒が来た。

 この男子も中肉中背で、あまり目立つタイプには見えなかった。特徴としては、耳朶にピアスの穴が二つ程ある。


「あー。杠さん、ゴメンね。今、小林が言った事は忘れて。こいつ、自分で、捨ててたのに、忘れちゃったみたいだから」

 チャラい外見の割には、紳士的に思える。

「……そうだった。捨てたんだった。前田、オレどうしよう……」


 そう言って頭を抱えた。

 どうやら、自分で辞めたいとは思っているらしい。

 しかし、薬物をやった事がバレてしまうので医療機関に頼るには抵抗があるのだろう。


「小林君って言うのか。薬を辞めたいんだね?楽に辞める方法があると言ったら、どうする?」


 その言に、二人は伊弦を瞠る。


「信じる、信じないは自由だよ。副作用もない。その状態から楽になるよ。まぁ、50万はするが」

「50万?!別の薬でも、売りつけるつもりか?」


 後から来た小林の友人であろう、耳朶にピアスの穴が二つあるチャラそうな男子、前田が、嫌悪を露わにして言った。

 伊弦は肩を竦めた。


「本当に辞めたいなら、二、三ヶ月は、隔離軟禁が一般的だろうね。でも、それを避けて楽に辞められるんだから、その金額になるのは妥当というより、安いよな。この金額は友情価格だよ?」


 その金額がそのまま伊弦の懐に入る訳ではない。

 諸費用込みで見積もった結果だ。


「本当にそんな方法があるのか?」

「ああ。ただし、その事を口外しない。こちらとて面倒は嫌だからな。それと、お金はキッチリ払えるならだ。払えない時はどうなっても知らないよ」


 伊弦がわざとニヤリと笑う。

 金額的に払えないなら、それは別に構わない。

 こちらが損をした訳ではないからだ。

 地道に頑張ってくれ、というだけの事。


「お願いします。是非それを売って下さい。それで楽になるならば」

「わかった。では放課後、案内しよう。途中の交通費は治療代に入らないから自分で持てよ」


 伊弦はニンマリと笑った。

 予定外だが、自分のセールスで勝ち取った初ボーナスだ。

 ただ前田と呼ばれた同級生は伊弦を不審な目で見つめていた。


 学食に行くと、本日の日替わり定食、ハンバーグ定食を選び、眼鏡男子、東条桂季を探すと、泰雅もその横に座っていた。

 周りが一定距離を置いて、席を陣取っているから、直ぐにわかった。


「良かった、東条先輩、お金返しに来たんですが…。相向かいの席に座っても良いですか?」

「あぁ、構わない。そういえば、杠さん、今日から桂季(ケーキ)呼びするのかと思っていた」

「昨日の今日なのに、そう呼んだら怒りません?」

「怒らないよ。ちょっとだけ楽しみにしてた。ニックネームなんて、今迄、付けられたり呼ばれた事が無かったから」


 眼鏡のせいでか、知的でクールな印象を持っていたが、意外とフレンドリーな人だったようだ。


「そうなんですか。実は私もなんです。ニックネームとかで呼ばれた事なくて。ニックネームで呼ぶと、ちょっと親近感湧きますね」

「そうなんだ。…親近感かぁ」

「わかりました。では、早速、桂季(ケーキ)先輩で」


 美味しそうなニックネームだと、伊弦は、思わずケーキを思い浮かべ、うっとりと微笑む。


「ふふ、洋菓子になった気分だ」


 東条桂季はそんな伊弦を面白そうに見つめた。


「私もニックネームがほし……」

 と、言いかけている最中に


「伊弦にニックネームねぇ?ジミー(地味)で良いんじゃないか?」


 泰雅が唇の端を上げた。


「それ、ニックネームじゃなくて、悪口と言うんじゃない?」

「杠さんの場合かぁ、う〜ん、ゆずちゃん、いづちゃん、ツルちゃん、ゲンさん」


 東条桂季が無理矢理捻り出す。


「や、なんか、もういいです。ゆずは父に被る気がするし、いづちゃんピンとこないし、つるちゃんってバァちゃんみたいだし、ゲンさんって、何だか大工の棟梁にでもなったかのような……」


 東条桂季と泰雅が思わず笑った。


「伊弦が一番呼びやすくていいな」

「そうですね」

「じゃあ、桂季先輩も伊弦呼びで」


 和やかな雰囲気で食事が進む。

 ちなみに、本日も桂季はカレーライスのセットのようだ。

 泰雅といえば、パスタだった。


桂季(ケーキ)先輩は二日連続カレーですか。そんなにここのカレーは美味しいのかな。泰雅(たいが)は、相変わらず麺類好きだな」

桂季(よしひで)は、わりとこの学食のカレー気に入ってるみたいだよな」

「ええ、好きですね。小麦粉カレー」

「「?」」


 伊弦も泰雅もピンとは来なかったが、何やら作り方のようだ。


「後で食べてみるといい」

「そうする」

「そうだね。百聞は一 (味)見に如かず」


 雑談しながら食事を終えたところで、泰時が同じ学食にいる事に気がついた。

 泰時の周りには人で囲まれていた。

 だが、何か不貞腐れている。

 不意に目が合ったので、伊弦は笑って見せると、泰時が少しだけ動揺していた。

 それを見た東条桂季は小さく呟いた。


「なるほど。まだ咲いてはいない、花の蕾か」


 周りの耳にはそれが入らなかった。


 放課後、小林を連れた伊弦が自宅とは違う方向へと、向かって行くので、それを見た泰時が焦った。


「どこへ行くんだ?伊弦」

「少しだけボランティア活動」

「まさか、金が無いからって、自分売ったりするなよ」

「何でそうなる?」


 泰時の心配性は変な方向へと向かっている。


「あ、安心して下さい。北条さま。彼女は僕のことで治療の手伝いをしてくれるだけです」

「治療?」


 それを聞いて、泰時が乱暴に伊弦の腕を掴んで引き寄せる。

 小林に聞かれないように耳元で囁く。


「伊弦、まさか血を売るのか?」

「しないってば」


 それを聞いて、伊弦の腕を放す。


「そうか。俺からの入学祝いだ」

「へ?」


 脈絡なく、泰時は伊弦の鞄に何か紐の付いた可愛らしいくまのマスコットを結び付けた。


「マスコット自体を引っ張る、紐を引っ張る。どちらでも、ブザーが鳴り響く仕組みになっているから、何かあれば鳴らせ」

「ありがと。使うことはないと思うけどね」

「一応性別は女なんだから、気を付けろよ」


 チラリと小林を泰時は見やった。

 小林は、手を顔の前で振って何かを否定していた。

 何か男同士で分かり合えるようなコミュニケーション方法でもあるのだろうか。

 目的の場所に近付くと駐車場に入り小林に目隠しをして貰う。大型トラックの鍵を開けて、小林の手を取りゆっくりと説明しながら步を進めさせた。

 小林を中に入れ、即鍵をかける。

 荷物を降ろさせて、体重計に誘導する。


「血液浄化と解毒薬を飲んで貰う。だいたい二、三時間かかるか掛からないかで終わると思う」

「そんなに?」


 念の為、監視モニターを付けると、小林の友人である前田が後を付けてきたようだった。

 まだ、このトラックだと気付かれていないようだが、小林に暴れられたりしたり、警察を呼ばれたりしたら厄介だ。


「静かにして。抜きたいなら、それくらい我慢出来るよね?」


 伊弦は小林に接近すると耳元で囁く。

 小林の鼻腔に伊弦の甘酸っぱいような匂いが届くが、伊弦はそんな事は知らずに、気にも留めてなかった。


「……」


 何を想像しているのかわからないが、小林の口が湿り気を帯びて緩んできている。

 これだから、薬物中毒はと思いつつ、小林をベッドに横たわらせた。

 両腕の血管を見る。

 念の為簡易アレルギー検査をして、特に問題がないようだったので、無言でテキパキと手際良く進めた。

 ここには医師も医療従事者も居ない。

 十六才の伊弦が、違法な薬物に対して、違法な医療行為を施すだけである。

 小林は、緊張が解れたのか、疲れていた為なのか、治療中に寝入ってしまった。

 伊弦はポテチ摘んで漫画を読みながら、完了するのを待つ。

 無事に終え、小林は、だいぶ顔の色というか、雰囲気が変わった。

 目隠ししたままの小林を起こすと、駐車場を出るまで、また伊弦が誘導して、外へと案内する。

 小林は寝ていたせいか、目隠しのせいか、少しだけフラついている。


「本当にこれで?」

「ああ、大丈夫だ。精神的な依存はわからないが、身体的には抜けてるよ。もう場所も離れたし、目隠しも要らないな」


 小林の目隠しをとってやると、ホッとした顔をした。


(喉元過ぎれば熱さを忘れる……か)


「お金は明日以降、忘れずに。支払いを渋るととんでもない目に合うからね」


 伊弦が口角だけを上げる。


「わかった」


 小林が唾を飲み込んだ。

 これだけの医療技術を病院でもない場所で、隠れて行えるという事は、その分の闇も深いという事だ。

 小林が分かったように呟いた。


「これも北条さまの力という事か」

「違う。勝手に奴らを一緒にするな。奴ら兄弟には関わりない事だ。何はともあれ、詮索して楽しい事は出てこない。好奇心、猫を殺すってな。わかったら、とっとと帰れ。前田が心配してたぞ」


 そう言うと、伊弦は手の平をヒラヒラさせて、その場から立ち去った。



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