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第8回 伊弦さん、年下の少女にびびる。

 

 一日遅れの始業式兼朝礼で、西条明治が壇上で紹介され、1年4組には、昨日より明らかに人が増えてる。

 ホームルームを終えた隙間時間だと言うのに、明治目当てと、泰時目当てだ。

 なにやら、有名人が、学校に通っているのが、バレたかのような騒ぎである。

 こんな騒ぎが、もし毎日続くのだとしたら、ウンザリするだろう。

 2年の泰雅や東条桂季、南条清香なども、この学園の有名人なのだろうが、果たして彼等は大丈夫なのだろうか。

 流石に2年も入れば、周りは慣れるか、騒ぎは収まっているだろうか。

 他の有名人、四家の方々と同学年となった事はなかったから、わからないが、泰時と初めて同学年となり、ここまで、騒がれるとは思っていなかった。

 一時限目から二時限目の休み時間には、悔しそうな顔をした中等部の生徒さん達が来ていた。

 泰時が勝手に進級(スキップ)した事が中等部の生徒達に知られたからだ。


「何で進級したの?」

「私は、泰時くんが居るから学校が、楽しみだったのに」

 他のクラスの子も北条(たいじ)の様子見で、うろついている。

「悪いな」


 泰時の口調は軽い。

 隣の席に座る私は、居た堪れない。


「あの人、北条関係者の黒の制服を着てるわ」

「何であんな地味女が着てるの?」

「ちょっとおかしな感じの人だわ」


 ヒソヒソとした、会話を拾う。

 被害妄想ではなく、悪口だけは、地獄耳の如く聞こえてしまう。

 思わず耳に手を当てた。

 さり気なく人差し指の第一関節を耳に突っ込む。

 一応、これでも今日は気を使った方なのだ。

 顔は洗ったし、歯磨きしたし、髪も梳かしたのに、この言われようだ。

 まぁ、それと地味な外見に関係はないのだろうが。


(ゆずりは) 伊弦(いづる)だって」

「どこの家の者?」


 ええ、私はこの学校にこれるような貴族豪族じゃなくて、ど庶民です。

 もっと言えば、裏稼業で生計を立てていた人間なので、表立つのは避けたい犯罪者である。

 というか、本人の近くで聞こえよがしに言わなくとも。


「ほら、中等部の生徒達は用も無いのに、無闇に高等部に来てはいけないわ。戻りなさい」


 学級委員長の仲谷華恋がそう言うと、中等部の子達は解散し始めた。

 流石は学級委員長、いい仕事をしている。


「雪絵は納得しておりませんわ」


 その中で、一人の中等部の女子が残る。

 綺麗に肩で切り揃えた黒髪は、まるで日本人形のようで、彼女の白い肌に合っていた。


「なら、お前もスキップしてくれば良いだろう?」


 泰時は何事も無さげに言う。


「なっ!飛び級は制度としては存在してますけど、試験が厳し過ぎるでしょう」

「でも、実際に受かってる存在(おれ)がいるんだ。受からない訳ではない。雪絵もそれなりに優秀なんだから。受かるかもしれないだろ?お前さぁ、そんなに俺といたいの?」


 泰時は上から目線で挑発的だ。

 彼女の名前は雪絵と言うのだろう。

 泰時が呼び捨てにしていることから、それなりに親しいのだろう。

 日本人形のような女の子、雪絵は、顔を真っ赤にさせる。

 美人系のお顔で、唇の斜め下に黒子があり、伊弦よりも年上に見える。

 何と言うか、中等部の生徒なのに、どこか妖艶である。


「雪絵が一緒にいたいと言えば、居て下さりますの?」


 聞いていた伊弦が、傍でドキドキとしてしまうセリフの応酬だ。

 これは、明らかに恋愛モードだろう。

 泰時には、南条清香という憧れの先輩がいるのだが、この元同級生、雪絵も、捨てがたい美人だ。

 伊弦が男なら、下世話な話、南条清香を狙いつつも、摘み食いしてしまいそうだ。


「無理。もう受かった後だしね。俺のことは諦めて、学校生活エンジョイしてね」


 決して優しくはないのだが、それでは何となく諦められないような気がした。

 雪絵は、唇を噛んで時計を見やる。


「授業の時間に、なりそうですし、今は(・・)諦めますわ」


 そうして、こちらに徐に顔を向けた。


「そこのあなた。あなたの事を今日は見逃しますが、側仕えとして、あなたのような見栄えの悪い者では、失格ですわ。もう少し外見に気を配りなさい」


 そう言って睨み付けてから、立ち去った。

 いきなり攻撃の方向が伊弦に向いてきたので、わけも分からずただコクコク頷いた。


 側仕え…って、何か違う気がするけど。


 雪絵の外見は伊弦より、おっとりとしていて、大人しそうに見えるが、その気性は激しい。

 気が強く、喧嘩腰で、伊弦が苦手とするタイプだ。

 しかも、身長も彼女の方が上だ。

 いや、身長は関係ないのだが。

 妬みが入った。


「…だそうだよ。下僕。頑張れよ」


 泰時が嗤う。


「お前に言われたくはないわ!ってか、そもそも北条の、幼馴染の家の援助だと知ってたら、最初から、学校に行かなかったわ」


 チャイムの音がする。


「確実に下心有り有りの西条家の援助よか、マシだろ」


 何でそこで明治が出るのか、意味不明だ。


「メイジは、師匠は、ロリコンなんかじゃないよ。別に手を出してきたりしてないから」

「出されないとは、限らないだろ。変に信用しやがって」


 どうにも、泰時から見た明治と、伊弦から見たメイジの印象が違い過ぎて噛み合わない。


「こら、本人を前に、お喋りが過ぎるぞ」


 三時限目は選択科目の生物基礎だった。


「あ、メイジじゃなくて、先生」

「ケッ」

「安心しろ、北条弟。生理もまだ来ないような、お子ちゃまは、相手にしない」


 教室が騒めく。

 仲は良くとも、伊弦との関係は、清らかだという安堵。

 それとは別に伊弦以外の女子は、自分は子供ではないから恋愛の対象に入るという事に浮足立っている。

 クラスの女子に、既に来ている生理、それが明治が設けた最低限の大人の証拠らしい。

 それが来てないのは、このクラスで、伊弦だけだったようだ。

 男子は男子で好奇の目線だ。

 (ゆずりは)の生理事情も知ってるとは、西条様は侮れないと、呟く声がする。

 小声で、胸はあんなにあるのに?と呟く声がした。

 伊弦の身体を何人かのよくわからない、ねっとりとした視線が絡みつく。


「おっと重大なプライバシーの侵害だったな。まだ杠は成長途中のお子様なんだ。そんな目で見るなよ」


 異性として、恋愛の範囲に入れるな、という事だろうか。

 いや、そもそも誰の恋愛対象にもなってないのに、それを言う意味があるのだろうか?

 というか、私が知られて恥ずかしいと思わない前提で、人の秘密を公然と漏らしてんじゃない。


「今日は、二学期始めての生物基礎って事で、一学期のお浚いから、入るぞ…」


 何事もなかったかのように明治は切り換えた。


 三時限目の休み時間も、隣に座る泰時の気を引きたい人々の波が引かない状態で、伊弦は席を外した。

 朝、別れたばかりの女友達、御園麻理の様子を陰ながら覗いて見ようと思った。

 きっと仲の良いお友だちに囲まれて談笑でもしているのかと、予想したが、彼女は一人、読者をしていた。

 静かに読書を楽しむ彼女も、絵になり美しい。

 視線を感じたのか、彼女が顔を上げて、こちらを見遣る。

 その目がキラキラと輝きだす。

 これが友達補正ってやつなのか。

 それとも彼女本来の物なのか。

 可愛い過ぎる。


「伊弦ちゃん、どうしたの?早速、忘れ物かしら?」

「ううん、ちょっと隣の席が騒がしかったから。気分転換に麻理ちゃんの様子を見に来ちゃった。読書の邪魔をするつもりじゃないから。続けて、読書して」

「邪魔だなんて、そんな事はないわ。ところで、お昼はどうしてるの?」

「学食利用してる。昨日は、学食カードの存在を知らなくて、2年の先輩から借りちゃったから、今日はその人に昨日使った分のお金を返しに行くんだ。麻理ちゃんは、お昼どうしてる?教室とかでお友達と食べてたりするの?」

「そうね。色々かしら」

「そっか」


 ちょっと落ち込む。

 出来たら一緒に食べたかったが、違うクラスだし、先に出来ている友人を大切にすべきだろう。

 その様子を見て、麻理は微笑む。


「固定して食べてる子達じゃないから、一人で食べてる時もあるし。伊弦ちゃんが加わっても大丈夫よ」


 それを聞いて少し安心する。

 割と麻理は自由な空気を重んじているのかもしれない。


「みんなグループみたいなのがあるみたいだから、昨日から編入した私には、敷居が高く感じる。というか、黒制服ってだけで遠巻きにされてる気がする」

「北条家の人間に認められたって事だからね。それも異性だしね。同性からのやっかみは仕方ないのかも。兄弟揃って外見は良さそうだものね。まぁ、四家で、あからさまに外見の悪い人は、居ないようだしね」

「そういえば、南条さん見た時は、私が知らないだけで、有名な芸能人かと思ったよ」

「私も。ふふふ。昔は派閥のように四色が競うように人を増やしてたみたいだけど。一番の勢力だった西条先生がそれを辞めた事で、今度は逆に、分家などの身内のみや、少数精鋭に価値観が傾いたみたいね」

「メイジが?というか、少数精鋭って」

「メイジ…か。伊弦ちゃんもその口でしょ?優秀な人材、または、彼等の心から信頼できる存在って感じかしら」

「優秀?それはない」


 伊弦が優秀か、信頼できる存在かというと、優秀ではないから、恐らく、後者になるだろう。

 過去においての毒から命を救った恩人であり、命を狙う人物ではないという事で。


「四時間目の授業が始まる前に戻るね。あ、次体育だった」

「急いで着替えなきゃ。遅れちゃうよ」

 麻理が慌てる。

「制服の下に着てるから脱げばいいだけ、今日から、運動会の練習だとか」


 そういって、ベストの下に着たワイシャツの胸ボタンを一つ外すと、体操服の白の丸首シャツが顔を出す。


「更衣室、使わなくて大丈夫なの?頑張ってね。いってらっしゃい」


 更衣室までは、割と距離があるので、教室に戻って制服を脱ぐ。

 教室には、既に着替え終えた男子生徒が探し物か何かをしていて、女子である伊弦が脱ぎ出した為か、ギョッとしていた。

 体育が終わって制服に着替える時だけ、更衣室を利用すればいいと、伊弦は判断した。

 ジャージを腕に引っ掛けて、校庭に行くまでに、胸まで届く髪を縛る。

 今日も準備体操とか、亀井先生とやる事になるんだろなぁ、と少しだけ、気が重たくなった。



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