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「…お前たち、センドーの力は人を傷つけるものではない」
長い間黙っていた俺が紡ぎだした言葉はそんな中身のない上っ面の言葉だった。
案の定、子供たちには『何を言っているのだろう』という?マークが頭に浮かんでいる。
「どうしてですか、師匠。どうしてセンドーで人を傷つけてはいけないんですか?」
いつもおどおどしている優太から発せられているとは思えないほどの低く、冷たい声。
「もしかして師匠は仙人なんかじゃないんじゃないですか? 特別な力なんて使えないんじゃないですか? ぼくたちを心の中では笑ってたんじゃないんですか? 結局師匠もみんなと同じなんじゃないんですか!!」
「ち、違う!」
とっさに否定することしかできなかった。実際には特別な力など俺にはないが――それでもこいつらを嘲笑うようなことはこれまで一度もない!
「じゃー、ししょー」
咲が言う。いつもの歯抜けの間抜け面。だが、その目は虚ろだ――温かさが感じられない。
「ししょーがあたしたちの味方だって言うならさぁー、クラスのあいつらをセンドーで倒してよ。それができなきゃ、ししょーは仙人なんかじゃあないし、ししょーでもないよ」
考えろ、考えろ――どう行動するのが得策なのだ…! 俺はどうすればいい。
「おい! お前らここで何をしている!」
突然の怒声。弟子どもは揃って飛び上がり、俺の後ろに隠れる。
声の主は俺達から15mほど離れた場所で腕を組んでいるでかっ鼻ではげ頭の親父だ。
ちっ、普段の俺ならなここまで接近を許すことはなかった。この俺も動揺しているということか…などと言っている場合ではない。
やばい。あいつは山田浜小学校の教師でひろし達の担任だ。
「ここは私有地だぞ! 誰に許可をとって入ってやがる糞ガキども!」
「別にあなたの土地ではないだろう。それにこの地は既に我がセンドーの力が掌握しているのだ。立ち去るがよい」
「何を訳のわからんことを…! そうか、貴様が山田太郎だな。山田浜高校の落ちこぼれでウチの生徒に戯けた嘘ばかり刷り込ませているペテン師というのは」
随分な言われようである。
「1つ訂正させてもらおう。俺の名前は山田太郎ではない――天地覇王だ」
俺の言葉を無視したハゲ担任はひろしたちに目を向ける。
「いいか、お前たち。その男の話など聞くな。そいつは嘘しか言わない。人間の屑だ」
「そうだな、俺は人間ではない――仙人だ!」
ドヤっと言ってやったがハゲは俺を完全にスルーする。
なるほど、そういう態度をとるわけか。
「いいかい、君たち」
ハゲが突如甘ったるい猫なで声で不気味な笑顔を浮かべる。
普段笑わないやつが急に笑顔を作ろうとするとこういう歪な笑みになる。
実に気持ち悪いのでまずは鏡の前で練習してこいと言いたい。
「そのお兄さんの言うことを聞いてると、立派な大人になれないぞぉー。立派な大人になりたいなら先生の言うことをしっかり聞くんだよぉー」
実に気持ち悪い。吐き気を催す邪悪とは――! というやつだ。
「せんせー」
ひろしが俺の後ろから恐る恐る歩み出る。
「確かにししょーはうそつきだし、変なことばっか言うし、言ってることもぜんぜんわっかんないんだけどー、いい人なんだよ」
ひろしよ、それ全然フォローになっていない。
「ししょーくらいなんだ。おれらに笑顔で話してくれるの。せんせーもクラスのみんなもおれらとはまともに話してくれない――でも、ししょーははなしてくれる!」
やばい、不覚にも泣きそうだ。ひろし、愛してる。
「はぁー、そうかそうかー。君たちはやっぱりそうなんだなぁ」
ハゲが甘ったるい声でワザとらしいため息をつき、
「お前たちは本っ当に屑だな」
ゆっくりと、憎しみとこれ以上ない嫌悪感を込めた言葉を発した。