幕間〜新たな欠片を探して〜
あの日――シン統治システムは崩壊した。
それまでシステムが担っていた、真実とフェイクの判別。
その機能が失われたことで、世界中が大混乱に陥る。
誰もが、そう思っていた。
けれど――。
実際には、それどころではなかった。
シン統治システムが管理していたのは、真偽判定だけではなかったからだ。
交通。
エネルギー。
通信。
物流。
医療。
行政。
人類社会を支える、ありとあらゆる情報とデータ。
その膨大な記録が、システムの崩壊とともに砕け、世界中へ飛散した。
そして――。
世界は、本当に“止まった”。
停電。
鉄道、航空、物流の停止。
工場は生産能力を失い、病院では患者の記録さえ満足に確認できなくなった。
昨日まで当たり前のように動いていた社会が、たった一日のうちに機能を失った。
後に人々は、この出来事を――
《大停止(The Great Standstill)》
と呼ぶようになる。
***
その大混乱の中、復旧の陣頭指揮を執った人がいる。
セラ一族の長――族長セラ。
百年に一人と言われる天才科学者。
そして、私たちが今も《セラ博士》と呼んで慕っている人だ。
セラ博士は世界連合政府のデータ管理省と連携し、非常事態に備えて秘密裏に保存していたバックアップデータを使って、復旧作業を始めた。
電力が戻った。
交通が動き始めた。
病院が機能を取り戻した。
少しずつ。
本当に、少しずつ。
世界はもう一度、動き始めた。
その復旧作業には、かつて反シン統治システムの活動をしていたレジスタンスも参加した。
その功績が認められ、リーダーだったアランさんと、副リーダーだったサクラさんは、今ではデータ管理省で働いている。
……なんだか二人とも、ずいぶん立派な人になってしまった。
ちなみにリサさん、ジロウさん、トモさんも勧誘されたらしい。
でも三人とも、
「役人なんてガラじゃない」
と笑って断ったそうだ。
今では、それぞれ別の仕事をしている。
もちろん――。
昔みたいな闇バイトじゃない。
ちゃんとした仕事。
……だと思う。
***
それから。
AIの支配からシン統治システムを取り戻した立役者――カイ・セイラン。
カイは、システムが崩壊した直後に行方不明になった。
私たちは必死になって探した。
でも、三日経っても。
一週間経っても。
見つからなかった。
みんなが諦めかけた頃――。
カイは、何事もなかったようにひょっこり帰ってきた。
泣き出す人。
――それは私だ。
ほっと胸を撫で下ろす人。
――サクラさんとセラ博士。
呆然とする人。
――トモさん。
本気で怒る人。
――ジロウさん。
苦笑いする人。
――アランさんとリサさん。
そんな私たちを前に、カイはものすごくバツの悪そうな顔をして、
「心配かけて、すまん」
とだけ言った。
当然、みんな聞いた。
「どこに行ってたんだ?」
カイは少し考えてから、こう答えた。
「ユナに会ってた」
それだけ。
何度聞いても、その先は話してくれなかった。
今でも、あのときカイがどこへ行って、何を見て、誰と何を話したのか――私は知らない。
たぶん。
カイはこれからも、話さないんだと思う。
***
そして――。
私、ユカは。
その後、カイと一緒に暮らすことになった。
最初は、セラ博士と暮らす話もあった。
二人から、
「好きな方を選びなさい」
と言われて――。
ものすごく迷った。
ほんっとうに迷った。
たぶん、人生で一番迷ったと思う。
だって、二人とも大好きだから。
散々迷った末に、私は――カイを選んだ。
理由?
それは――。
カイの生活ぶりが心配だったから。
……ということにしておこう。
今では、カイと私は法律上の親子だ。
ユカ・セイラン。
それが今の私の名前。
私は、この名前をとても気に入っている。
ただし。
カイはいつも《AI問題何でも屋》の仕事で忙しい。
放っておくと仕事ばっかりして、帰ってこない日もある。
だから私は、小さい頃からしょっちゅうセラ博士の家に泊まりに行っていた。
結局のところ――。
私は、二人に育ててもらったんだと思う。
カイがお父さん。
セラ博士がおばあちゃん。
……みたいな感じかな。
本人に「おばあちゃん」なんて言ったら、ちょっと嫌がられそうだけど。
それから、忘れちゃいけない。
ユナお姉ちゃんの相棒だったAIサポートロボ――ピコ。
今では、私の相棒だ。
たまに口げんかもする。
細かいことをいちいち指摘してくるから、時々うざいと思うこともある。
でも――。
私にとって、大切な親友。
何かと分析したがるカイ。
マイペースな私。
そして、論理的すぎるピコ。
サクラさんには、
「ずいぶん変わった家族ね」
なんて笑われた。
うん。
自分でもそう思う。
でも――。
毎日、楽しくにぎやかに暮らしている。
***
《大停止》から――十年。
世界は、ずいぶん元に戻った。
それでも。
完全に元通りになったわけじゃない。
シン統治システムの崩壊とともに、人類が長い時間をかけて積み上げてきた膨大なデータは砕けた。
無数の“ピース”となって。
世界中へ飛び散った。
今も人々は、その欠片を探している。
見つけて。
壊さないように回収して。
失われた世界を、少しずつつなぎ直している。
でも――それは簡単なことじゃない。
飛散したデータの残滓に触れた人間が、
《データシンドローム》
と呼ばれる奇妙な症状に侵されることがあるからだ。
だから今でも、世界のあちこちには回収されていないピースが眠っている。
失われた医療記録。
途切れた都市データ。
忘れ去られた研究成果。
そして――。
いったい何が記録されているのか、誰にも分からない欠片。
誰が最初に言い出したのかは知らない。
けれど、《大停止》以降のこの時代を、人々はこう呼ぶ。
《情報荒廃時代(Information Wasteland Era)》。
データが断片になった。
社会も断片になった。
過去も。
記憶も。
すべてが、無数の欠片になった。
そんな時代に――。
私は。
いや。
私たちは、生きている。
そして、そんなある日のこと。
ひょんなことから――。
私は旅に出ることになった。
どんな旅かって?
それは――。
今から話そうと思う。
私が世界中に散らばった欠片と出会い。
いろんな人と出会い。
そして――。
まだ自分でも知らなかった、
新たな欠片を見つけるまでの物語を。
《To be continued…》
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




