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第1話 最悪の離婚

「ミレイナ。君とは、もう終わりにしようと思う」


夜会のざわめきの中、その言葉は驚くほどはっきりと聞こえた。


大理石の広間。

豪華なシャンデリア。

華やかな音楽。


貴族たちが笑顔で談笑するその場で、ミレイナは夫から離婚を告げられていた。


「……終わり、とは?」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


目の前に立つのは、夫のローデン。

結婚して十年。

かつては誠実で優しい人だと思っていた男だ。


ローデンは小さくため息をついた。


「そのままの意味だ。離婚しよう」


まるで面倒な仕事の話でもするような、冷たい声だった。


周囲の会話が、少しずつ静かになっていく。

誰かがこちらを見ている。


夜会の中央で夫婦が言い争っているのだ。

当然だろう。


「突然、どうして……?」


ミレイナはやっとのことで言葉を絞り出した。


その問いに、ローデンは軽く肩をすくめる。


「理由は簡単だ。君は役に立たない」


その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。


「……役に、立たない?」


「そうだ」


ローデンはあっさりとうなずく。


「君は何もしていないじゃないか」


何もしていない。


その言葉が、何度も頭の中で反響する。


ミレイナはこの十年間、ずっと彼を支えてきた。


屋敷の管理。

使用人の教育。

社交界の付き合い。

領地からの報告書の整理。


彼が仕事に集中できるよう、すべて整えてきた。


だがローデンは、まるでそれを見ていないかのようだった。


「それに」


ローデンはちらりと後ろを振り返る。


そこには、若い女性が立っていた。


淡いピンクのドレス。

長い金髪。

華やかな笑顔。


まだ二十歳にも満たないような令嬢だった。


「……紹介しておこう」


ローデンが言う。


「彼女はリシェル嬢。私の新しい婚約者だ」


会場がざわめいた。


ミレイナは言葉を失う。


「……婚約者?」


「そうだ」


ローデンは当然のように言った。


「私は彼女と結婚する」


リシェルは恥ずかしそうに微笑んでいる。


「ミレイナ様、申し訳ありません」


そう言いながら、その目には罪悪感などほとんど見えなかった。


周囲から小さな声が聞こえる。


「噂は本当だったのね」

「奥様は地味だったものね」


胸の奥が冷えていく。


十年の結婚生活が、たった数分で終わろうとしていた。


「……私は」


ミレイナはゆっくり口を開いた。


「どうすればいいのですか?」


ローデンは即答した。


「家を出てくれ」


あまりにも簡単な答えだった。


「財産は?」


「ない」


「住む場所は?」


「それは君が考えることだ」


ローデンは不機嫌そうに言う。


「そもそも君は、結婚してから何もしていないんだからな」


何もしていない。


またその言葉だ。


ミレイナの胸の奥で、何かが崩れていく。


「……そうですか」


自分でも驚くほど、静かな声が出た。


怒りも、涙も出ない。


ただ、ひどく疲れていた。


「分かりました」


ミレイナは小さく頭を下げる。


「離婚を受け入れます」


ローデンは少し驚いたようだった。


「ずいぶんあっさりしているな」


「そうでしょうか」


ミレイナは微笑んだ。


それは自分でも不思議なほど、穏やかな笑顔だった。


「十年もあれば、色々と考える時間はありますから」


本当は。


もうずっと前から、気づいていたのかもしれない。


この結婚が、終わりに近づいていることに。


「では」


ミレイナは背筋を伸ばす。


「明日、屋敷を出ます」


ローデンは軽くうなずいた。


「それがいい」


それだけだった。


十年の結婚の終わりは、あまりにもあっけなかった。


ミレイナは静かに広間を後にする。


夜風が、冷たかった。


だが不思議なことに、胸の奥は少し軽かった。


――これで終わりだ。


もう誰かの妻として生きる必要はない。


これからどうするのか。


まだ何も決まっていない。


けれど。


ミレイナは夜空を見上げる。


星が、静かに瞬いていた。


「……やり直しましょうか」


その小さなつぶやきは、誰にも聞こえなかった。


だがその瞬間。


彼女の新しい人生が、静かに始まろうとしていた。

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