表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒のヴァルキュリアー裏切られた伯爵令嬢ブリュンヒルドの愛と復讐譚ーもうあなたはいらないわ  作者: 雛雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/21

第十九章 鎮魂の風

1 眠りの庭にて


 その夜は、かつてないほど静かだった。

 災厄の竜が倒れ、ミュルクヴィズ城の尖塔が崩れてから三日――。

 グズルーンの亡骸は城の裏手にある古い聖域へと運ばれた。

 祭司たちが浄衣を纏い、風の神に祈りを捧げる。

 けれど、ブリュンヒルドは列席せず、たった一人で墓前に立っていた。

 ――墓標にはグズルーンの名も爵位も刻まれていない。

 ただ「永遠の愛に生きた者」とだけ、ブリュンヒルドの手で記した。

 (あなたの愛は誰にも理解されなかった。けれど私は……忘れない)

 そっと彼女は花を置く。

 白銀の小さな草花――それはグズルーンが幼い頃に好んでいたという風の谷の花だった。

 背後から足音がする。

 シグルドだった。彼もまた、何も言わず花を手向ける。

 「この世で、彼女の孤独を終わらせてやれたのか……いまだにわからない」

 「彼女が微笑んだのなら、それでいい。私たちが赦されるかは、また別の話だけれど」

 ふたりの影が墓前に並ぶ。

 炎に焼かれた心の奥に、まだ癒えぬ痛みを抱えながら。



2 女王の命令


 数日後、王城に戻ったブリュンヒルドは静かに政務の席についた。

 竜の災厄の後始末、各地への連絡、民への安否確認――やるべきことは山積みだった。

 だがそのすべてを前にして、彼女の姿は揺るがない。

 まるで、何かを乗り越えた者のように。

 「この戦の混乱を利用し、北部では再び反乱の気配があるようです」

 老臣が告げると、彼女は頷いた。

 「ならば、私が行きます。自ら説き治めましょう。剣は使わずとも心は示せる」

 周囲がどよめいた。

 だが誰一人として反論はできなかった。ブリュンヒルドはもはやただの女騎士ではない――女王だった。



3 風の中の影


 反乱を抑え終えた夜。

 王城の中庭にシグルドが立っていた。手には一本の剣。

 「……戦いは終わったはずだけど?」

 声をかけたのはブリュンヒルド。

 「剣を振るうのは自分を戒めるためだ。何も守れなかった男が、せめて心を鍛えるしかないと思ってな」

 彼女は少しだけ微笑んだ。

 「その道はあなた自身が決めればいい。でも……一つだけ覚えておいて。私はあなたを罰しない。

 あなたを赦すのはあなただけの役目よ」

 その言葉にシグルドは目を伏せる。

 けれど、その目には少しだけ、光が戻っていた。



4 暁の誓い


東の空が淡く朱に染まり始める。

ふたりは並んで立っていた。

ただ今は女王と騎士でも、裏切り者と被害者でもない。

ただ――ひとりの女と男として。

「夜が明けるわ」

「……長い夜だった」

「ええ。でも、もう終わり。新しい朝が来る」

ふたりの影が朝の光に伸びてひとつに重なる。

そこに言葉は要らなかった。

過去を悔い、痛みを知った者たちだけが持つ、静かな確信があった。

そして、そっと。

ブリュンヒルドがその肩に額を預ける。

シグルドは何も言わず、そっとその肩に触れた。

それは口づけよりも深く、誓いよりも静かな、ふたりの愛のかたちだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ