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第十八章 霧と焰のはざまで

1 沈黙の城内


崩れたミュルクヴィズ城の回廊に霧が立ちこめていた。

瓦礫の山がいくつも積み重なり、儀式陣の残骸からはまだ微かな熱が立ち昇っている。

「……グズルーンの遺体は」

「礼をもって葬る。竜の力が抜けたことで、ようやく人として還ってきたのだから」

ブリュンヒルドは静かに答える。

その手には、グズルーンに授けた銀のルーンが握られていた。

今はただの冷たい石になっているが、彼女にとっては別れの証だった。

「もう、何も……残ってないのかもしれないな」

シグルドの言葉に、ブリュンヒルドは答えず、視線だけを彼に向ける。

その沈黙の重みが、二人の間の距離を静かに測っていた。



2 揺れる焰


「なぜ来たの?」

炎の残る城の一隅で、ブリュンヒルドがぽつりと問いかけた。

「……君を助けたかった」

「それだけなら、誰でもできる」

「違う。君の隣に……いたかった。それだけだ」

ブリュンヒルドは瞳を閉じた。

その言葉が今になってどれほど空虚かを彼も理解しているのだろうか。

「グズルーンと関係を持った理由……訊かないのか?」

「訊かないわ」

「……なぜ」

「私が知っても彼女は戻らない。あなたが何を想い、何を失ったか、それだけが今の価値よ」

しばらくの沈黙のあと、シグルドは声を落とした。

「哀れみだった。あのとき……彼女の愛に応えきれない自分が情けなかった。だからつい、心に嘘をついた。君を裏切ってまで」

ブリュンヒルドは睫毛を伏せ、深く息をついた。

「私に言い訳をしてるの?」

「いいや……これは、ただの懺悔だ。赦してくれなんて言えない。ただ、君にだけは本当のことを伝えたかった」

ブリュンヒルドの頬を風が撫でる。冷たい空気が涙の代わりに彼女の頬を滑っていった。



3 霧の向こうへ


「あなたはこれから、どうするの?」

「君が命じれば、どこへでも行く」

「命じる? 私はそんな女王じゃない」

「……だからこそ、君の傍にいたいと願ってしまう」

視線がぶつかる。どちらも傷ついているのに、どこかで救いを求めていることだけは、互いにわかっていた。

「今はまだ信じられない」

「……わかってる」

「でも、これで終わったとは思わないで。私の傷はそんなに浅くないわ」

「君の痛みを軽く見るつもりはない。ただ……君を見失いたくなかった」

沈黙のあと、ブリュンヒルドはひとつだけ問いを投げた。

「あなたにとって、私とは何?」

その言葉にシグルドはすぐに答えられなかった。

けれど真っ直ぐな目で彼女を見て、ようやく言葉を絞り出す。

「……誰にも代わりになれない存在、そして取り戻したいと願う、たった一人の女王だ」

ブリュンヒルドは頷きもせず、ただ視線を外して歩き出した。

その背に、炎に焼かれた心の揺らぎが微かに見える。

――霧が晴れるには、まだ時間がかかる。

だが、ふたりの歩みは確かに、同じ地を踏み始めていた。


シグルドよ……うーん

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