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7


 それから数日。


 正武家はいつも通りの穏やかさで時間が過ぎていたのだけど、異変は夜中に起こった。



「起きろ、比和子」


 真夜中に強く玉彦に肩を揺すられて目を擦る。

 さっきまで玉彦の千夜一夜物語を聞いていて、ようやく眠りが深まりつつあった時だった。

 暗闇の中で玉彦が酷く真剣な表情で障子の外を睨み付けている。


「どうしたの?」


「何だ、この数は。異常だぞ」


「だから、何がよ」


「一斉に禍が沸いた。役目に出る」


 言うが早いか玉彦はお布団から飛び起きて身支度を始める。

 それと同時に襖の向こうから多門が声を掛けてきた。


「次代」


「わかっている。すぐに出る」


「承知しました」


 多門の気配が遠ざかって、ようやく私も起き上がり事態を把握する。

 澄彦さんや玉彦はこの五村で禍に関する異変があると『関知』と称する力を持っている。

 感知ではなく関知。

 何かがある、ではなく何がどうなっているのかまで知ることが出来る。


「私も行く!」


「ならば早く支度を」


 いつもなら駄目だというのに、この時の玉彦は猫の手も借りたいという風で、白い着物に着替えようとした私を制止て寝間着に羽織を肩に掛けさせた。


「肌蹴ない様にだけ気を付けろ」


 うん。こんな時にそんなことを心配する余裕はあるらしい。

 急ぐ玉彦の後を追って廊下を小走りして玄関へ向かおうとすると、手を引かれて離れへと方向を変えられる。


「どこ行くのよ」


「今さら表門を通ることはない。裏門から行くぞ」


「あっ、そっか」


 いつもは表門を通って石段前で車に拾ってもらってたけど、もうそんな必要はないんだ。

 引かれるがまま離れに入り、裏玄関へ到着すれば四人の稀人と澄彦さんが揃っていた。

 皆もうすっかり身支度を整えていて、私だけが場違いだ。


「範囲は鈴白一帯。数は今のところ五、いや六か。三手に分かれる」


 玉彦の指示で稀人が動き出し、澄彦さんはお屋敷から出ないらしく腕組みをして私たちを見送る。

 南天さんと須藤くん、豹馬くんと多門、玉彦と私。

 それぞれ車に乗って走り出す。

 山道を下る最中に玉彦がスマホを耳に当てる私を通して稀人たちに場所を告げる。

 そしてその二組に必ず最後に「対象を捕獲して正武家へと連れて来い」と指示を出した。

 意味も解らずに皆に伝えて玉彦を見れば、私にチラリと視線を投げて前を見た。


「頼みがある」


「う、うん!」


 お役目で玉彦からお願いされるなんて暴走するなくらいだけど。

 速度が上がる車のシートベルトを握る手に汗がにじむ。


「これから二人、捕縛せねばならない。出来るだけ穏便に済ませたいのだ」


「わかった」


 初めて玉彦に眼を必要とされた。

 中川さんの時はノーカウントだ。あれはお役目じゃないと言われたし。


 玉彦が運転する車は村の商店街の端っこの自転車屋さんの前で停止した。

 鈴白村の子供達の移動手段は大抵徒歩か自転車なので、それなりにお客さんがいつも訪れていたのを駄菓子屋に通いながら見ていた。


「ここ?」


「行くぞ」


 素早く運転席を離れた玉彦を追って、私も急ぐ。

 お店のシャッターを何度か叩き、反応が無いと判断した玉彦は、なんとお店の横のドアの窓を蹴り破って手を突っ込むと鍵を開けた。

 思いっきり不法侵入だ。

 いくら正武家の玉彦様でも後で怒られると思う……。


 暗闇の店内を抜けて、唸り声が聞こえる住居部分に入るとそこは阿鼻叫喚だった。

 泣き叫ぶ夫婦とテーブルの上で四つん這いになり二人を威嚇する小柄な女の子。

 室内は物が倒れ、散乱している。


「しょ、正武家様!」


 居間に現れた玉彦を見た自転車屋さんのご主人は奥さんを抱えてその後ろへと隠れた。

 その二人を追い駆けようと跳躍した女の子を玉彦は空中で抱き止めた。


「比和子」


「は、はい!」


 玉彦の腕から脱出しようともがく女の子の前に進んで顔を見て、私は息を飲んだ。


 人間の顔じゃない。

 目がこれでもかってくらいに釣り上がり、鼻の上には皺を作って、牙がある。

 それにすごく獣臭い。


「早くしろ」


「う、うん……」


 触れずに手を翳して眼に力を入れる。

 そうすれば意識はあるけれど身体だけ動きを止められる。

 神守の眼で中に入る一歩手前で留めれば良いのだ。

 女の子は玉彦に抱えられ身体を硬直させたので、くの字になったままの体勢で床に降ろされた。

 両親が駆け寄って女の子の名前を呼ぶけど、きっとその子は今違う者になってしまっている。


「芳乃、よしのっ!」


 泣き縋る奥さんではなく、呆然と腰を抜かした様子のご主人の肩に玉彦の手が置かれる。

 ハッとして玉彦を見上げたご主人は何も言えずに目を見開くだけだ。


「娘は暫し正武家で預かる。下知である」


「うっ……うわぁぁーー……」


 正武家からの下知にご主人は頭を抱え込みながら蹲った。

 澄彦さんもたまに私にこれは下知ですと宣言する。

 下知とは上の者から下の者への命令で、こと鈴白村で正武家からの下知は絶対に従わなければならないものだ。

 この状況で正武家の玉彦が現れたこと、娘を正武家で預かるということ。

 つまりは自分たちの娘がしきたりに関する何かを破ってしまったということであり、正武家の手を煩わせてしまったということである。

 もしそれがとんでもなく大事になってしまったら、村の人たちから後ろ指を指される事態になりかねない。

 世間が狭い田舎ならではの現象である。

 それ以前に娘が正武家にお世話にならなければならない不可思議なものに巻き込まれてしまったショックもあるだろう。



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