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 大山寺の駐車場に停めてある車は残されたままだった。

 そしてそのキーは瀬人さんが持っていた。


 私たちは、再び大山寺の玄関へと戻り策を練る。

 取り合えず車があるということは、瀬人さんは遠くへは行っていないのだろう。

 でも桐箱を持ってどこへ行く必要があったのか。

 単純な私は瀬人さんが桐箱の何かに操られて姿を眩ましたのかと思ったけれど、それを聞いた蘇芳さんと多門は残念そうに私を見てから溜息を吐いた。


 多門は無言で右手を払うとそれまで姿を見せなかった黒駒が足元に現れる。

 そして再び腕を振ると黒駒は身を翻して駆けて行く。


「昨日アイツを覚えさせたからすぐに見つけるよ。で、アイツ何なの?」


 遠く小さくなった黒駒を目で追っていた蘇芳さんがこちらへ視線を戻すと、観念して空を仰いだ。


「瀬人はこの大山寺の……」


「息子ですか?」


「……違う。ここはもう廃寺になったと教えただろう。瀬人はこの大山を二つ超えた山向こうの寺の跡取りだ」


「あ、そういうことかよ……」


 蘇芳さんの説明に全てを悟った多門に、わかったよな? という視線を向けられて私は首を捻った。

 瀬人さんが近所のお寺の息子だからってどうして桐箱を持って居なくなるのよ。

 乗り遅れる私を置いて蘇芳さんは話を続ける。


「まさかとは思ったが、こうも判り易く事を起こすとはアイツもまだまだ未熟だ。兎に角追うぞ。先ほどのアレは足止め出来るほどのモノなのか」


「出来るも何も正武家当主お墨付きの式神だよ」


「……澄彦め。何でもかんでも手を出しやがって」


 呆れた蘇芳さんはゆっくりと黒駒が去った方向へと歩き出す。

 私はその後を追って、並んだ多門に囁いた。


「どうして瀬人さんは居なくなったの?」


「……都会ならいざ知らず、こういう辺境の寺には顕著に少子化の波の影響が出てるってことだろ」


「跡取り問題?」


「それもあるけど、寺に必要なものってそれだけじゃないでしょ」


「経営のお金?」


「ぶっちゃければそう。それって主に檀家から入ってくるだろ。鈴白とか五村は正武家の影響のお陰で廃れることはない。やりようによっては村から町、市にまで発展させることが出来るほどだけど五村の土地を掘り返したくないからそうしてるだけだし」


 五村の土地には何が眠っているのか解らない。

 土地開発なんてしようものなら、とんでもない禍が掘り起こされてしまうかも知れなかった。


 そして多門が言う正武家の影響というのはそのことと、村民の人口のことだ。

 大体鈴白村の人口は五千人以下で、その他の村も同じ感じだ。

 五村を合わせれば二万五千人以下。

 これを上回らない様に五村の意志が調整しているのではないかと私は思う。

 発展して栄えないようにし、以前警察関係者が言っていたようにわざと『古き良き田舎』であろうとしている。

 そうして五村特有の特異性を維持させている。

 ちなみに普通『市』になるには五万人以上の人口が必要で、その他にもいくつか条件がある。

 市町村合併は特殊で人口三万人以上であれば『市』になれるけど、これにもいくつかの条件を満たさなくてはならない。

 私が知らない何年も前にそうした市町村合併が行われたけれど、合併するメリットが五村には無かった。

 だって市町村合併で自治体が当てにしている政府の補助金は五村には必要なかったから。

 五村の土地は大抵正武家の名義になっていて、彼らがインフラを整えている。

 玉彦の曽御祖父さんに当たる水彦に至っては、独断で勝手に陣を張る為の道路を作ってしまっている位なのだ。

 困りごとがあれば正武家に相談さえすれば何とかなってしまうのだった。


 でもこういう普通の田舎ではそうはいかない。

 どうしたって人口の流出は止められないし、年々人口も少なくなっているのだろう。

 そこまで考えてようやく私にも理解が及んだ。


「お寺同士が檀家さんの取り合いをしてるの?」


「そういうことだね。表立っては出来ないけど、こうやって廃寺になっちゃったら檀家は他へ行くしか無いだろ。しかも近くに同じ宗派の寺があるなら、そこに引き継がれてもおかしくはないよね」


「てゆうことは……」


 瀬人さんの実家であるお寺は大山寺を廃寺にさせようとしていたってことだ。

 桐箱に収められた掛け軸を使って。

 でも掛け軸はとても古いものだったし、そんな時代からそんなことをとは考えにくい。

 すると先を歩いていた蘇芳さんがポツリと呟く。


「中央の箱の中身を入れ替えたのだろう」


「え?」


「大方大山寺の歴代住職の墓の画か写真を入れたのだろう」


「お墓ですか? 建物ではなく?」


「寺そのものに手を掛ければすぐに私が気が付く。が、歴代住職の墓に仕掛ければ遠回しになるので私では思い至らなかった」


「うーん……」


「要するにあれだよ、比和子ちゃん。歴代住職の墓に入ると掛け軸の何かが死しても尚住職たちを苦しめるんだ。で、先代の住職たちは自分たちの子孫にそんな思いはして欲しくないと思うでしょ?」


「うん」


「だから歴代住職たちは廃寺になったとしても子孫を護ろうとしたんだよ。廃寺になったのは先祖の意思。だから蘇芳は気付けなかった」


「あ、そういうことね……」


 すとんと腑に落ちた私は、真実を知ってどんよりとする。

 禍が何かをしているのだとばかり思っていたけど、それを利用して人間が、しかもお坊さんがそういう事を企んだことが悲しかった。

 そんな私の様子を汲み取った蘇芳さんは、何故か朗らかに微笑む。


「我らは聖人君子ではない。故に修行をしておる。どいつもこいつもまだまだ悟りを開けるレベルではないということよ」



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