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廃村になったお寺の名は、大山寺と言った。
蘇芳さんの説明によると、大山という山の麓にあるからという何とも簡単な命名である。
大山寺は昨年廃寺になったけれど、建物は取り壊されることなくひっそりと佇んでいて、門を抜けると人がいないのになぜか雑草もなく手入れがされていた。
ただ、鍵を開けた瀬人さんに続き寺内に入ると薄らと埃があり、室内は掃除されていなかった。
客室と思われる部屋に通されて障子を開けて空気の入れ替えをし、軽く箒で畳を掃いたあと、そこに桐箱を並べて、私と多門は蘇芳さんと瀬人さんと対する様に座った。
「さて神守の者。如何致す」
ゆるりと座る蘇芳さんに見据えられて、私は桐箱に目を落とす。
「視ます。……多門。よろしくね」
よろしくね。
この言葉には色んな意味が含まれていた。
不測の事態にはフォローを、私が中に入ってしまった場合は私の身体を。
そして本当に万が一の時には、残される玉彦のことを。
以前玉彦は言っていた。
正武家の男は拠りどころを定めてお役目に臨むって。
あの時はまだ深く考えていなかったけれど、いくら正武家のお力があったとしてもお役目には危険が付きものだ。
顛末記にはお役目で命を落としてしまった当主も少なからず存在している。
お役目に臨む。それは命を賭す覚悟を持たなくてはいけない。
だから正武家の彼らはいつも万全の計画を立てて、穴が無いかを繰り返し確認する。
行き当たりばったりに見えるけど、決してそうではなかった。
ただ瞬時にそれらを弾き出して行動するからそう見えているだけだった。
そして私の場合は、行き当たりばったりなことが多い。
出たとこ勝負ばかりだ。
それでもこうして生きているってことは、運がいいのか守られているのかのどちらかだ。
今回もそう。
経験が少ないから瞬時に計画を立てることが出来ない。
でも澄彦さんは私に続投で頑張れと言ってくれたので、きっと私でもどうにか出来るとの判断なのだろう。
居住まいを正して深く深呼吸をする。
廃寺になって一年程経過しているにも係わらず、私の肺に微かにお線香の香りが取り込まれた。
胸に手を当てて懐の紫の御札を確認してから、私は静かに眼に力を込めた。
じわりじわりと二つの桐箱から濃い緑色の液体が滲みだす。
それは畳に傾斜が無いにも係わらずに、まるで意思を持っているかのようにうねうねと細く伸びて紆余曲折しながら部屋の外へと出て行く。
私はそのゆっくりとした動きに合わせて立ち上がって追い掛ける。
埃が積もる回廊を抜けて、御本尊が在ったと思われる本堂を通り越して、法堂、僧堂。
そして最後にお手洗い。
そこで緑色の液体は私の予想外の動きを見せて、今まで床を這っていたのに壁を伝い出した。
「嘘でしょ……」
それはお手洗いの窓の隙間に浸食して視界から消えてしまった。
慌てて窓枠に手を掛けて地面を見てもそれはなく、ゆっくりと壁を垂れ下がって進んでいる。
私はすぐにお手洗いを飛び出して、白足袋のまま回廊から飛び降りて追い駆ける。
眼を離してしまったからまだそこに在るのかどうか不安だったけど、お手洗いの窓下に到着すると緑の液体はようやく地面に着地したところだった。
ほっと安心して後ろを振り返ると多門と蘇芳さんと目が合う。
あれ……。瀬人さんが居ない。
そう思ってすぐに、流石に桐箱を放置して四人ともあの場を離れる訳にはいかなかったと思い到る。
私だったら一人で残されるのは嫌だなと思いつつ、再び探偵のように後を追うと林を抜けたその先にある私の身長と同じくらいの石碑の前でそれは動きを止めて、石碑に纏わりつくように覆い出す。
数分その様子を見ていたけれど、もうそこから動く気配は無かった。
「とりあえず桐箱から流れ出た何かはここで止まってます」
私は眼の力を抜いて、瞼に指先を当てる。
時間が長かったせいでかなりの熱を持ち始めていた。
蘇芳さんが腕組みをして石碑を眺めている間、多門は私の隣に立ち心配気にしている。
「大丈夫だよ」
「本当に? 今日はもうこれ以上は視ない方が良いんじゃない?」
「事と次第に依るわね」
これから何かが起きるならば、視なければならない。
それは多門も解っているはずだった。
どうやら正武家由来の過保護が彼の身にも付いてきているようだ。
少しだけ眩暈がして多門に寄りかかり、改めて辺りを見渡す。
蘇芳さんと対峙している緑塗れになってしまった石碑の他に、同じようなものが多数あることに気が付く。
一定の間隔で並び立ち、私たちは端の方の石碑前にいる。
反対側の石碑は比較的新しいらしく、石面が黒ずんでいたり苔むしたりしていない。
一体何の石碑かと考えていたら、ようやく振り返った蘇芳さんが微妙な顔をしている。
「これは大山寺の歴代住職の墓だ」
「お墓、ですか」
「左様。墓と言ってもここに遺骨がある訳ではない。が、昔の住職たちの墓には納められている」
「意味がよく……」
「いつ頃からなのか定かではないが、自分の家の墓に遺骨を納めるようになる以前はこうした墓に住職たちは遺骨を納めた」
「そうなんですか……」
家族と共に遺骨を納めるのが当たり前だと思っていたけれど、こうしたお坊さんたちは一般の人間とはまた違った供養方法があるのだろうか。
それにしてもなぜ桐箱からここへと誘われたのか。
謎は深まるばかりだ。
もしかしてこの石碑の下に三幅目の掛け軸が隠されているとか……。
「一旦戻るとしよう」
蘇芳さんは身を翻すとさっさと歩きだす。
何か思うところがあったようで足早だ。
私も多門もすぐにその後ろを追って、先ほどの部屋の前までやって来るとそこで待って居るはずの瀬人さんの姿が桐箱と共に消えていたのだった。




