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10


 多門が帰って来たとなると小町たちも一緒に居るはずで、私は慌てて離れの惣領の間へと戻る。

 けれどやっぱりそこには誰も居なかった。


 仕方ないのでそこに座り大人しく待っていると、控の間から足音が聞こえて顔を出したのは那奈だった。


「比和子様。裏門の駐車場へと玉彦様がお呼びです。……って、あれ何なのよ!? 気持ち悪くて近寄りたくないんだけど!」


「えっ……。何か変なの居るの?」


 那奈に駆け寄ると彼女はうえっと吐く真似をする。

 彼女は正武家の離れの業務を担っているけど、至って普通の人間だ。

 視えないし、感じない。

 けれど彼女もまた鈴白村の人間なので、希来里ちゃんたちの様に子供の頃正武家に関わる出来事を経験していたらしく、不可思議なことについては信じている。


「居るってゆうか、ワゴン車から降りてきた人たち皆虚ろなんだよ。普通に会話出来てんの二人だけ」


「そ、そうなんだ……。とにかく呼ばれてるなら行かなきゃだよね……」


 大方まともに会話できるのは御札を持っていた小町と、一応霊能者のマダム蝶子なんだろう。

 嫌な予感しかしないまま那奈と裏門の門扉を通る。

 そして私の目に飛び込んできたのは体育座りをして顔を塞ぐ小町だった。

 その姿はテレビで観たままの格好で、右手にはくしゃくしゃになってしまった御札を握り締めていた。


「小町!」


 稀人衆が虚ろな関係者数人を駐車場のアスファルトに座らせている中、私は全速力で小町に向かって走る。

 私の声を聞いた小町は顔を上げると、泣き疲れていた顔に再び涙を流す。

 強気な小町がここまでなるだなんて余程怖い目に遭ったに違いなかった。


「小町、小町!」


「うっ……ひわ……」


 座ったままの小町を抱きしめると、彼女は私に縋り付いて嗚咽を漏らした。


「無事で良かったっ……! もうあんた仕事選びなさいよ……」


「うっうっ……。死ぬかと思った。でも玉様の御札が」


「うんうん……。もう大丈夫だよ。ここに来れば玉彦が何とかしてくれるから」


「怖かっ……た……うっぅぅ……」


 震えている小町の頭を撫でながら辺りを見ると、被害を受けている虚ろな関係者は十人ほど。

 腕組みをした玉彦と話をしていた多門の後ろに居るのは、マダム蝶子。

 昨晩画像が観られなくて、今朝その姿を観た彼はマダム蝶子と言いつつ、長身で細身の小奇麗なホストのようだった。

 ただし話し方はオネエさんだ。

 茶髪に黒縁眼鏡。黙っていれば寄ってくる女の子も多いだろう。

 年は南天さんくらい。


 小町を抱きしめて様子を見ているけど、なんだかやっぱり予想通り揉めている。

 虚ろな関係者たちは話す気力もないみたいで豹馬くんと須藤くんに介抱されていて、玉彦と南天さんは撮影隊の偉そうな人と話をしている。

 そこを何とか、とか、どうしてもって聞こえてくるけど正武家が折れることはないと思う。

 撮影費を弾みますとかも言ってるけど、お金じゃ正武家は動かないだろう。


 一向に進まない事態に痺れを切らした玉彦はお役目着の白い着物で腕を組みながら、こちらへと歩み寄る。


「小町だけでも中へ入れ。ここに座り込んでいても良くはならぬ」


「うん……。小町、立てる? 誰かに抱っこしてもらう?」


「一人で大丈夫……」


 ふらつく小町を支えて離れの裏玄関に向かう。

 余程怖い思いをしたのか右手の御札をずっと握り締めている。

 玄関の上がりに座らせて土塗れになった足を拭ってあげていると、小町の顔色が段々と良くなってきたことに気が付いた。

 さっきは顔面蒼白だったけど。


「なんか、楽になってきた……」


「あぁ、うん。正武家のお屋敷は悪いものとか入り込めない様になってるから」


「そう、なんだ……」


 小町は足を投げ出して、隣から顔を覗き込んでいた私に凭れ掛かる。


「ほんと玉様様様だわ」


 手にしていた御札を目の高さまで掲げた小町は力なく笑った。

 御札はもう真っ黒になっていて玉彦が書いたはずの筆字は読めないほどになっていた。


 それにしても、と思って小町のから御札を貰う。

 私が中一の時に貰った御札は小さな九児の力だけで黒く煤けていたし、高二の時の鬼の敷石に封じとして貼られた御札は一人の隠の力で黒くなっていた。

 そして現在の玉彦の御札はお屋敷をぐるりと囲う黒塀の守りが出来るまでになっている。

 大学生の時の玉彦が書いたこの御札は、今回の人型のモノ数体を抑え込んでいる。

 そう考えると玉彦が成長していることがわかった。

 一体玉彦に宿るお力はどれくらいまで成長するのだろうか。

 なんとなくだけど、もう澄彦さんを上回っているような気がする。


 二人で御札を眺めて、ふと呟く。


「小町、前にも玉彦から御札貰ったんでしょ」


「……うん。玉様言っちゃったの?」


「聞き出した」


「そっか……」


「この御札、一枚いくらか知ってる?」


「……十万くらい?」


「最低でも百だと思う……」


「……玉様ってさ。浮世離れし過ぎだよね……お金に無頓着だし」


「うん」


「あの時もあんな目に遭ったのに、びた一文も受け取ってくれないんだもん。比和子の親友だからってさ」


「そうなんだ……」


「結局は比和を基準で物事考えてるよね、あの人。ちょっと、羨ましい」


「どこがよ」


「……守も、小町を基準に考えてくれてたら良かったのに」


「え?」


 思いがけない名前が出たので隣の小町を見れば唇を噛み締めていた。


「小町は別にこの仕事がしたかった訳じゃないんだー。でも守はしっかり夢があったじゃん」


「……うん」


 守くんは小さい頃から学校の先生になりたいって夢があって、この春その夢を叶えていた。

 彼は小さい頃から教えるのが上手で、私は数えきれないくらいお世話になっていた。

 スパルタ教育の玉彦とは雲泥の差である。



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