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微妙な雰囲気の中、朝風呂を終えた玉彦が顔を出した。
一応お役目の朝だからお膳を用意していたのだけど、彼は自分のお箸を取り出してテーブルに座る。
なのでその前に須藤くんが食事を並べ始める。
私も自分の分を用意して三人でいただく。
豹馬くんはお屋敷へ来る前に御門森で食べて来ていたので、椅子の背を逆にして腕を乗せ、昨晩録画しておいた例の番組を観ている。
またあの赤い画面かとうんざりして観てみれば、なんと普通に観られる。
リアルタイムの波長で赤くなっていただけで、録画したものだと影響はないらしい。
動く小町が観たい私とは裏腹に、豹馬くんは問題の場面まで早送りしてしまう。
後でゆっくり観よう……。
そして確かにあまりにもはっきりと人型の何かが数体、割れた窓ガラスの暗闇の向こうから部屋へと侵入して、カメラが倒れ、映像が横になる。
音声だけはしっかりしていて、悲鳴というか本気の絶叫が響く。
それから暗転して本日のダイジェストとテロップが流れて唐突に終わる。
「完全に放送事故じゃねーか」
豹馬くんは呆れて椅子を直すと冷蔵庫を物色する。
昨晩音声だけ聞いていたけど、あまりのリアルさに私はお箸が止まってしまう。
ヤラセだと言われれた方がしっくりくる。
でも、と思って玉彦を窺うとリモコンを持って朝のニュースに切り替えている。
彼が視えて現場にいたマダム蝶子には手に負えないと言い切ったことから本物なわけで。
「お役目、受けるのか。玉様」
「さて。役目ならば受けねばなるまいが、あちらの出方次第だな。正武家は鈴白五村が第一である。そこを騒がせるような事だけは避けねばならぬ」
「だよなー。面倒な種類の奴らだもんなー」
二人の会話を何気なく聞いていた私は耳を疑った。
玉彦の言い方だと場合によってはお役目を断ると言っているようなものだ。
そうなったら小町はどうなっちゃうのよ。
「そんなの、困るよ! 小町がいるんだよ!?」
「小町だけならば別件で受ける。必ず」
「だったら他の人だって!」
「奥方さまー。あぁいう奴らって何でも撮影したがるんだよ。万が一五村が心霊スポットとか言われて変な奴らが興味本位で押しかけて来たら、五村で眠りにつくものが目覚めるかもしれないだろ」
豹馬くんの指摘に、そういうことかと納得する。
番組には次回もあるし、完結編を放送したいだろうからどういう解決をしたのか撮影の必要がある。
でも正武家では撮影お断り。
押し問答が必至だろうけど、背に腹は代えられないから為るように為るんだろうけど。
納得した私を横目に、口元に笑みを浮かべた玉彦は満足そうに頷く。
そしてふと視線を窓の外に向けた。
今日は朝から晴れていて洗濯日和だ。
目を細めた玉彦は朝餉を半分残して席を立つ。
「どうしたの?」
「五村に何かが入り込んだようだ。須藤。多門から連絡は」
「時間通りに到着予定だそうです」
「そうか。中々に厄介なものを引き連れてきたようだ。豹馬、南天を呼び出せ。宗祐も出られるなら来いと伝えろ」
「承知」
「支度をする。さっさと終わらせて午後は半休だ」
本当に那奈ってば玉彦に何をどこまで吹き込んだんだか。
後で聞いておかないとその内ボーナスがどうのと言いかねない。
豹馬くんを従えて消えた玉彦の背中を見送り、私は残った須藤くんと片付けをする。
玉彦の様子だともう五村に小町たちが入ったようだし、須藤くんだって色々とお役目の準備があるはずだったので。
「今回は香本さん呼ばれるの?」
「うん、多分ね。惣領の間に玉彦様と神守だけじゃバランス悪いでしょ」
「え、それって見た目の話?」
泡に包まれるお皿を落としそうになった。
お役目に見た目が必要なはずはないはずだ。
「見た目というか惣領の間の配置バランスね。澄彦様はあまり拘らないけど、玉彦様は歪なのを嫌がるんだよ。気が付かなかった?」
須藤くんは不思議そうに私を覗き込む。
当主の間でのお役目は、当主の左右に次代の玉彦と神守の私が座る。
所謂トライアングルが出来上がって、その中心に訪問客が収まる。
惣領の間でのお役目は、正面に玉彦が座する。
基本的に彼はお役目に私を呼びたがらないので、点が一つ。
その正面に訪問客が座ることとなる。
気にしたことはなかったけど、言われてみれば私が参加する惣領の間でのお役目には香本さんが私の正面に居ることが多い。というか、絶対に居る。
それはただ単に私がまだ頼り無いから本殿の巫女も呼ばれているのだと思っていたのだけど。
「几帳面なのね……」
「うーん、どうなんだろうね。外に出られる時は稀人と二人でも気にならないみたいだし、その拘りがよく理解できないんだよなー」
二人で首を捻りながら片付けを終えて、私は部屋へと戻った。
朝にお風呂は入ったので、そのまま着替えて離れの惣領の間へ入るとまだ誰も来ていない。
とりあえずいつもの場所に座ってみても落ち着かないので、待合室である控の間に顔を出して見たものの、捌きの松梅コンビはおろか那奈さえいない。
控の間を離れて戻ろうとすると、裏玄関の方から声がしたので向かうことにした。
本当はこんなにうろちょろするべきではないのだけど、小町の安否が心配で落ち着かない。
裏玄関は裏門を通って来た人たちが使用する玄関で、正直表門の玄関よりも立派だ。
恐る恐る玄関の衝立の陰から外を確認すると、玄関の扉は開かれたままで裏門の門扉まで人影はない。
裏門の門扉の向こうに見慣れた大きな黒いバイクが停まっていて、多門が帰って来たことだけがわかった。
清藤の一件以来、多門の移動手段はバイクになっている。
彼曰く車よりもバイクの方が黒駒に指示を出しやすいのだそうだ。




