第二十一話 苦渋の決断(ジークフリート視点)
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今回は希望がありましたので、ジークフリート視点です。
それでは、どうぞ!
数ヵ月ぶりに会った親友は、特大の爆弾をこの城に……いや、俺にもたらした。今回の俺の片翼が、そいつの片翼でもあるなどと言うのだ。つまりは両翼。どう考えても緊急事態だ。
急いで彼女の専属侍女達を呼び出し、両翼の件を説明したところ、俺に一番長く仕えてくれている侍女、メアリーが倒れ、リリとララも蒼白になった。無理もない、俺だって、大罪を犯したくなどない。できることなら、片翼に振り向いてもらいたい。
親友であり悪友でもある奴、ハミルトンには、片翼との面会を許可した。どうやら、少しばかり期待をしていたようだが、それはすぐに裏切られたらしい。そして……。
「…………ダメだ、集中できないっ」
片翼は、魔族にとっての心の拠り所。殺伐とした環境に居れば居るほど、片翼を求める心は強くなる。執務をしていた俺は、顔を上げ、一旦休憩を入れることにする。
「会いたい……」
ホゥと息を吐き、心の底から求める者をまぶたの裏に思い浮かべる。黒髪に黒い瞳を持った幼い少女。ユーカという名前の愛しい少女。
今までの片翼以上に心が彼女を求めるのは、いったいどうしたことだろう? これまでは、一週間に一度会えれば満足だったのに、一週間ももたない。会えないという事実が心を酷く締め付け、何も手につかない。
「昨日の今日だが、仕方ない。会いに行こう」
本当なら、必要以上に接触して彼女を怯えさせたくなどない。特に、昨日ハミルトンと会ったばかりであろう彼女は、今頃、ハミルトンがつけた鎖に怯えていることだろう。
俺が片翼からの罵倒を聞きたくないのと同様に、ハミルトンは片翼が逃げ出すことを何よりも嫌っている。自殺防止用の鎖を使うからということで使用を許可したものの、何も知らない片翼にとってはいきなり閉じ込められたも同然だ。昨夜、彼女は錯乱していたらしいし、今も同じだと考えて当然だった。しかし、片翼と離れ続けることは魔族にとって拷問のようなものだ。どこかで妥協せざるを得ない。
「メアリー」
「はい」
「今日の朝食後、彼女に会いに行く」
「っ、承知致しました」
メアリーは、専属侍女の中でも最も片翼の心情に寄り添ってくれる。俺と同じ魔族であるメアリーは、その力の弱さから、角が小さすぎてほとんど見えない。そのため、俺の片翼には人間のようにしか見えないらしい。同じ人間だからということで、心を許してくれやすいらしい。
「俺も、角が小さければ、あるいは……」
魔王である以上、角は誰よりも大きなものとなるのだが、この角さえなければと嘆く気持ちは抑えられない。ただ、魔族にとって、角は力の源。ただでさえ暴れる片翼を安全に保護するためには、今の権力を手放すわけにもいかなかった。
しばらくして、やはり執務が手につかないことを実感した俺は、あの片翼の少女の元へと向かう。きっと、怯えられるか、憎しみの目で見られるか、そのどちらかだろう。
緊張しながら扉を開けて中に入ると、彼女はベッドの上に腰かけていて、すぐに視線が交ざり合う。
(っ、可愛い、な)
愛しい少女を前に、顔が崩れそうになった俺は、いつも以上に表情筋を働かせて顔を固める。
(ダメだ。愛しい者を見るような目をしてはっ。それでいったい、どれだけの片翼が恐怖で泣き叫び、自分を傷つけてきたと思ってるんだっ)
愛しさを表に出すことはできない。魔族を恨んでいる彼女達は、自分に向けられるその感情に気づくと、必ず恐怖にかられる。そして、俺を追い詰めるために自分を傷つけることが有効だと分かるや否や、どんな手を使ってでもそれを実行してくる。できる限り、自殺などをされないように配慮したこの空間でも、舌を噛みきられればどうにもならない。食事に一切手をつけず、餓死されてしまえばどうにもならない。それほどに、俺が迎える片翼達の魔族への恨みは深い。
(やはり、怯えられるか……だが、なぜだろう? ここまで見つめ返してくれる片翼は今まで居なかったぞ?)
震えながら、涙目になりながら見つめ返してくれる片翼に、俺はだんだんと心が暴走を始めるのを感じる。
(側に行っても良いだろうか? 抱き締めても良いだろうか?)
考えながら、すでに体の方は動き始めてしまう。心は、どうしてもこの甘い香りをもたらす片翼を、腕に閉じ込めたいと訴えていた。
いつの間にか目の前に居た片翼の少女、涙をこぼす寸前で、それでも俺を見つめていてくれる。
(っ、なんてっ、可愛いんだっ!)
心の大暴走である。
堪らず、ギュッと抱き締めて、彼女の華奢な体を腕に閉じ込める。しかし……。
「っ。……?」
突然、俺にもたれかかるようにして力を抜いた片翼に、一瞬、歓喜の声を上げそうになるものの、すぐに異常に気づく。
「そう、か……気絶させてしまったか」
考えてみれば当たり前だ。憎くて恐ろしいと思っている相手から抱き締められて、平常心でいられるわけがない。一瞬でも喜びかけた自分を殴りたい気分だった。
意気消沈しながら、彼女をベッドに横たえ、しばらく一緒に居た俺は、もう自分の中で荒れ狂っていた衝動が収まってきているのを確認してその場を後にする。これからは、また執務が待っているのだ。
「はぁっ」
「ご主人?」
執務室で、片翼の少女の様子をララから聞いた俺は、思わずため息を吐いてしまう。どうやらあの少女はまだ気絶したままらしい。
「負担をかけることは、本意ではないんだ」
ついつい愚痴のようなことを言ってしまった俺に、冷徹な侍女はふいに考え込む。
「……そういえば、ユーカお嬢様は、猫に変化されたハミルトン様をたいそう気に入っておられました」
「!?」
ガッ。
思わぬ言葉に勢い良く立ち上がると、膝を机にぶつけて少し痛い思いをする。しかし、今はそんなことどうでも良い。
「詳しく話してくれっ」
彼女に負担をかけずに会いに行けるのなら、その方がずっと良い。例え、ジークフリートとしてアプローチできないのだとしても。
「承知致しました」
そうして話されたのは、ハミルトンとユーカの羨ましすぎる邂逅。片翼から触れられるということが、俺にとってどれだけ羨ましいことなのか、もしかしたらララは分かっていないのかもしれない。
「……俺は、狼になら上手に変化できる」
「……狼は小動物として可愛がられるかどうか、分かりません」
「いや、多分無理だろう。彼女は最初会った時、フォレストウルフに追われていた。下手に近寄れば、また怯えさせてしまう」
「でしたら、ご主人様も猫に変化されては?」
当然の帰結ながら、そう言われ、俺はグッと言葉を詰まらせる。そう、初めから猫に変化してしまえば良いのだ。しかし……。
「俺は、猫への変化が苦手だ」
「……できないわけではないのですよね?」
「あぁ」
できないわけじゃない。確かにそうだ。しかし、過去に一度、猫に変化した際、さんざんからかわれた記憶がある身としては、あまり変化したいとも思わない。
「……あまり、上手な変化でなくとも、彼女は俺に触れてくれるだろうか?」
「分かりませんが……では、ユーカお嬢様のために保険もかけておきましょう」
そうして、俺の猫としての訪問が決定した。
次回はきっと、突っ込みどころが満載になりそうな予感?
それでは、また!