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「ぁ…、セイリオス…さん…?」
思い出した言葉を確かめるように彼の名を口にすると、金色の瞳が細められ口元が弧を描いた。
ふぉおおおお!
これって笑顔ですよね!?
一見すると嘲笑してるみたいだけど、瞳が優しい。嬉しくなって笑い返したら、セイリオスさんが驚いた顔で固まった。
その表情もご馳走さまです!
顔で怖がられるって言ってたから、彼に笑顔を向けられるのって少ないんだろうな。慣れないことに動揺しているのか、視線が定まらずに目元を朱に染めてるのが可愛くて、ついつい凝視してましたよ。
「んんっ!ゴホンッ!」
チャラ男がわざとらしく咳払いすると、セイリオスさんの顔が渋面を作った。
ぁ?なに私の萌え潰してくれてんの?
ちろりと目を向けて無言の抗議をする。一瞬ひきつった顔したチャラ男は、真面目な表情でセイリオスさんに話しかける。
「た、隊長、とりあえず街に戻りませんか?ここでは落ち着いて話も訊けませんし、ツクァちゃんの格好も…」
チャラ男のくせに正論を言うなんて。
でも、何のチュートリアルなく異世界トリップして、右も左も解らない私としても有難い申し出なので大人しくしておく。
服もないし、お金もないし、そもそも生活基盤すらない、となんだか気が滅入ってきた。
私、どうなるんだろう…。
「…っ、…サーヤ嬢」
俯く私に、セイリオスさんが労るように名前を呼んでくれた。「サーヤ嬢」だなんて、恥ずかしい呼ばれ方…。
もう一度名を呼ばれて顔をあげると、気遣うような金色の瞳と目が合う。
「セイリオスさ…ん…、私、どう」
「大丈夫だ。心配するな、俺がいる。何があっても、俺が守る。だから、泣くな…」
言葉を遮られること再び…。
泣くな、と言われて涙を拭ってくれたセイリオスさんの不器用な手付き、でも優しい。
いい人なんだろうな。
きっと見た目で損してるタイプだ。
彼の優しさに、いつの間にか泣いていたようで…。
まるで愛の囁きのような、とても甘い言葉もセイリオスさん言ってくれたよね?
隊長って役職からの責任感みたいなものだろうけど、この際それを利用してしまおうか…。
「本当に…?」
「ああ」
ゆっくりと頷くセイリオスさん。
私の胸に彼の優しさにつけこむ罪悪感がチクリ。
「私、得体の知れない人間、ですよ?」
「名前を知っている。それとも、偽名か…?」
「違います!」
偽名かと問われて、セイリオスさんに嘘はつかない、と強く否定する。
ああ、でも打算まみれな私を見ないでほしい。
「なら、セイリオスの名にかけて誓おう。サーヤ嬢、貴女を守ると」
名にかけてって、なんだか重い責任を背負わせたみたいなんですけど…。
後ろめたさにセイリオスさんの目を見れなくなって俯いていると、そっと私の手が掬い上げられる。されるがままにしていると、掌に柔らかいものが触れてきた。
ほぉあああああああっ!
くちっ!くちびるっ!?
それ!ちゅーですよね!?
掌だけどっ!ちゅーですよね!?
のぉおおおおおっ!
おっさん好きが禍して、彼氏いない歴=年齢の日本人女子にはハードル高いです!!
あ、意識が…。
掌にちゅーごときで思考も肉体も完全に停止した私は、気を失って寝かされていたようだ。
ちょっと離れたところで「女の子にいきなり何してるんだ」とか「順序があるだろう」とかチャラ男に怒られて、項垂れているセイリオスさんが見えた。王子様は私とセイリオスさんたちの間でオロオロしている。
凹むおっさんも可愛ゆす…。
末期ですね、私。
外套を落とさないように体を起こす。
起きた私に気が付いたセイリオスさんが「あ」と口を開き、ぎゅっと眉根を寄せた。顰めっ面にしか見えないが、"ごめんなさい"の表情だと思った。
突然で吃驚しただけで、怒ってはいないですよー。
「あ!気が付いた!?気分悪くないですか?」
「ええ、大丈夫です」
私の視界を遮るように王子様が勢い込んで訊いてくるのに、へらっと愛想笑いで返す。そのやり取りを見ていたチャラ男がセイリオスさんに何か言って、私の方へ走ってきた。
「ツクァちゃん大丈夫ー?隊長がいきなり失礼なことしてごめんねぇ?」
「ぁ、いえ、私こそ驚いちゃって…すみません」
チャラ男が話しかけてきたけど、セイリオスさんが焦った感じで「やめろ!」って言ってるよ。いいのかな?
ちらちらとセイリオスさんを気にしている私に、「ほっといていいよー」って、マイペースすぎるだろチャラ男…。
「あのね、ひとつ訊きたいんだけど…」
チャラ男のくせに真剣な顔して切り出してくるから、ちょっとだけ居ずまいを正して「はい」と答える。
「隊長、あっちのオッサンね。やっぱ怖いよね?」
「は…?」
問いかけながらも、ひとりで勝手に「やっぱ怖いよね、うんうん」って頷くチャラ男に私は絶句した。
意味がわからないですけど?
「隊長ね、女の子の扱いとか慣れてなくて、モテなくてさ、ちょっとけっこう乱暴なんだけど、あんなゴツくて顔も怖いしさ、オッサンだしさ…」
はぁ、何が言いたいんですか?
セイリオスさんを貶めたいんですか?
私も"おっさん"とか思ったけど、チャラ男よか万倍も(私的に)男前なんだから、チャラ男が"おっさん"呼ばわりしないでよ!
セイリオスさんは俯いて肩が震えてる。
泣かせたな!私の可愛いおっさん泣かせたな!
喧嘩売ってるなら買うよ!?
「いや、ほんと顔に疵痕あって残念な人なんだけど」
ーぷちんっ
「残念なのは、あなたです」
セイリオスさんが悪く言われてキレた私は、後先考えずにチャラ男に食って掛かっていた。
セイリオスさんのことを禄に知らない私だけど、でも、それでも、少しくらいは擁護してもいいはずだ。
「さっきから何なんですか?隊長って呼んでるってことは、セイリオスさんはあなたの上官ですよね?上官であるセイリオスさんのことを"おっさん"呼ばわりして、乱暴だとかモテないだとか、挙げ句に容姿を揶揄すようなことを言い連ねるなんて。そりゃぁ、強面の顔だし、体格も良すぎで、私だって最初は少し怖いと思いましたよ。でも、彼は人を気遣うことができて、得体の知れない私を保護してくれると言ってくれた、お人好しすぎるくらい優しい人なのに!それなのに、本人が気にしていることをあげつらって、初対面の人に悪い印象を与えるようなことを言うなんて!そんな常識の欠片すらもない、あなたの方が残念で、失礼な人じゃないですか!セイリオスさんは格好よくて素敵な人です!」
一気に捲し立てて、まだ何か言うなら受けて立つぞ、とチャラ男を睨み付けてやった。
チャラ男は吃驚した顔をして聞いていたが、私が言い終わるといきなり笑いだした。
「あはははははっ!ツクァちゃん最高!」
なっ!笑うところじゃない!
「たいちょー、格好よくて素敵な人ですって!よかったですねっ!」
ちょっ、そこ抜き出して言うの!?
やめて!恥ずかしい!
じゃなくて!馬鹿にしてるよね!?
チャラ男の言葉に、セイリオスさんは両手で顔を覆ってしまった。堪えていた涙が決壊したに違いない。
「チャラ男っ!ほんっと、あんた」
「うん、ごめんね。俺の言い方が悪かった。ごめんなさい!」
そういうと、チャラ男はガバリと音がしそうな速さで頭を下げていた。
は?何コイツ?何なの?
顔をあげたチャラ男は喜色満面の笑みを浮かべていた。
「隊長は見た目で誤解されて怖がられちゃうから、本当は違うんだって解ってほしかったんだけど、俺の言い方が悪くて嫌な思いさせたね。ツクァちゃんは、ちゃんと隊長のこと解ってくれてた。嬉しい、ありがとう」
チャラ男はセイリオスさんを貶めてたんじゃなくて、私に見た目で怖がらないでって言いたかってこと?
〜〜〜〜〜っ!
最初っからそう言ってよ!
私ひとりで息巻いて恥ずかしいじゃないか!!
セイリオスさんを見れば赤い顔してもじもじしてた。
いやぁ!まじ可愛ゆすっ!
ええいっ!この責任とってもらいますからね!
「セイリオスさん!得体の知れない私ですが、御厄介になってもいいですか!?」
「ぁぁ、ああ!もちろんだ!」
自分でも意味不明な責任転嫁でセイリオスさんに言えば、彼はへにゃりと笑って子どもっぽい返事をくれた。
くぅううううう!
悶え死ねる可愛いさっ!
言質とったからね!
日本に戻れるまで絶対に離れないからねっ!