episode1
「だから、忘れ物を届けにきたんです!」
警視庁の正門の前で少女が大きな声を上げた。
「警視庁職員以外の方は外来者用の通行証を配布されますので、お持ちのデバイスにダウンロードしなければならない決まりがあります。それを確認できないあなたをこの中へ入れることはできません」
ハリボテのロボット数台が両手を前につきだして、ついには枝真を取り囲んでいた。
「それじゃあ、せめてこれを私の代わりに彼に届けてください。きっと困ってると思うので」
「彼というのは、あなたの配偶者の事ですか? ご家族であるのならば、まずは身分証のご提示をお願いします」
「配偶……っ? えっ、えっと、一緒に暮らしてるし、好きとは言われたけど……けっ結婚とか、まだそこまではっ。それに身分証は今ちょっと手元になくて」
ロボット相手に自分でも何を言っているんだろうと思うが、ここは未来の世界。
そう、ネオトウキョウにやってきてから今日で2日。枝真は、ふと、アークが墜落した時の事を思い出していた。
***
少女が目覚めた時には、既にベッドの上に横たわっていたのだ。
「ここは……っ」
ややかすれ気味の声で枝真が呟く。
手に触れる温かい感覚に視線を送れば、ベッド横の椅子に腰かけた旭日が枝真の手を握りしめ、布団に突っ伏したまま寝息を立てている。
状況が理解できずに、痛む頭を押さえ枝真がゆっくりと体を起こす。辺りを見回して、ここが病院だという事にやっと気がついた。
院内はだいぶくたびれているようで、壁や機材がやたら古びているように思えた。
4人部屋の作りになってはいるが、患者はどうやら枝真だけのようだ。
「お前さん、起きたのか」
突然聞こえてきた声に枝真はハッとなり視線を向ける。そこには、小柄な白髪頭の老人が立っていた。老人は、白衣に袖を通し、レンズが片方だけの眼鏡・モノクルを指でかけ直しながら何か言いたげな目を向けてくる。
「えっと……どちら様でしょうか?」
「それはこちらの台詞じゃ。お前さんは誰なんじゃ」
質問をしたのに、逆に問い返されて枝真は困ってしまった。
少女が何も答えずに黙っていると「まあ、良い」と老人は面倒そうに言った。
「見たところ、お前さんは自分を証明するものを持っていないようだし。何か訳有りなんじゃろう?」
「……あ、えっと」
老人に問われ、枝真は小さく頷くと旭日を見つめる。老人もそれにつられて旭日を見る。
「旭日とは古いつきあいでな。青い顔をして気を失ったお前さんをここまで連れてきたときは驚いた。自分は腹から大量に出血してるというのに」
「……そうだったんですか」
落ち着きのない様子で枝真が視線を泳がせていると、老人は「別にとってくったりはせんよ」と呟いた。
「ちなみにここは、廃病院を改良して作ったわしの隠れ家じゃ。普段はここで壊れた警視庁の備品を直しておる」
「備品……。機械のお医者さん……みたいな感じですか?」
「まあ、そんなところじゃ。お前さんも疲れたじゃろ、もう少し寝ていなさい」
「ありがとうございます……」
「礼儀正しい人間は老若男女問わず好感が持てる。ゆっくりしていけ」
老人は豪快に笑うと、後ろ手を振って室内を後にした。
ちょっと気難しそうな人だけど、悪い人ではなさそうだと枝真は思う。そして、旭日を起こさないようにベッドからすり抜けると老人の後を追った。
***
「あの」
枝真が老人の後を追って、先ほどの部屋と両隣の部屋で足を踏み入れた。
老人は、少し驚いた表情で少女の顔をまじまじと見つめた。
「寝ていろと言ったのに」
「ちょっと聞きたいことがあって……っ」
枝真の言葉に老人は頷くと、少女を室内へ招き入れた。




